5-47 流転ノ章 十八
「若、この”突き”は諸刃の剣。当たれば必ず敵は倒れます。ですが、外れれば大きな隙を産む。それは敵にとって最大の好機となります」
・・・・汀源馬がそう言っていた。
おれと凪舟が源馬にしごかれているのを、千子がにこにこしながら見ていた。その傍らに宗近を身籠ったばかりの璃玖殿がいて、父上が忙しそうに走り回っていた。
いつから、何が狂い始めたのか。
本当なら、淡影。お前もあの中にいたはずなのに。
風結が同じ構えをする。
浄基につけられた傷を隠すために、天狗の面で顔を隠した源馬。その源馬が、淡影にも同じことを教えたに違いない。
すべての条件は同じだ。
さあ淡影、おれを越えてみせろ。
◇
「白結丸!言っておくが、この”突き”は使うでないぞ!」
「なんだよ、使っちゃいけないものを教えるのはおかしいだろ?」
「じゃが、知っておかねばならん!この”突き”は諸刃の剣!当たれば必殺じゃが、外せば大きな隙が生まれる。そこを突かれれば命はない」
・・・・そんなことを言っていた。
天狗が言っていたのはこのことなのだろう。
全ての守りを捨て、一瞬の突きにすべてを注ぎ込む。
兄上の構えを見ていればわかる。隙だらけだ。
だが、迂闊に動けばあの切っ先が飛んでくる。
・・・・それはお互いに同じ。
・・・・・・。
沈黙があたりを支配する。
ぱちぱちと爆ぜる音を立てていた炎でさえ、この時はその息を潜めているようだった。
◇
「どうしたのじゃ!二人とも動かなくなったのじゃ!」
ミカナが心配そうに言うと、嶺巴がミカナを押さえる。
「動かないんじゃないよ。動けないんだ。二人とも、きっかけを待っているんだよ」
義陽と伊佐も、固唾を飲んで見守る。
・・・・決着をつけるつもりなんだ。
義陽にも、それはひしひしと伝わってきた。
◇
「宗影殿・・・・」
恒影はただただ茫然と立ち尽くしていた。
少しでも宗影の役に立とうと思ってここに残ったが、それはあまりにも思い上がりだったことを痛感した。
手を出せるはずなどない。
ふたりの戦いに、割って入る隙など微塵もなかった。
それは、隣にいる宿儀とて同じだろう。
だからあの男は、見届けろ、そう言ったのだ。
・・・・次の一撃で雌雄が決まる。
それだけはわかる。
◇
「間に合ったか?」
そこへ、天狗の声がした。紫雲の肩に乗ったまま、辺りを見渡した。
「わかりません。ですが、ふたりとも、まだ戦っているようです」
蓮華が紫雲の中から言う。
紫雲の指さす先に、鹿嶺王と風結が向き合っている。
「・・・・あの構えは・・・・」
天狗が声を漏らす。
「いかん、いかんぞっ!!」
「蓮華!?天狗殿!?」
嶺巴が声を上げた。
「嶺巴!皆、ここにいましたか!」
紫雲の足元に嶺巴とミカナ、伊佐と義陽の姿が見えた。
「あのままではいかん!!二人を止めねばっ!!」
天狗が叫んだ。
「そうじゃ!いかんぞ!!差し違えるつもりなのか!?」
ミカナが悲痛な声で叫んだ。
◇
鹿嶺王と風結。
切っ先を相手に向け太刀を水平に構えたまま、身じろぎもせずに睨み合う。
ふぅ・・・・ふぅ・・・・・。
淡影の息が徐々に荒くなる。
霊力が・・・・・・。
これで決めなければ・・・・動けなくなる。
◇
宗影の頬を汗が伝って落ちる。
霊力が切れてきているのは淡影だけではない。
ただでさえ霊力を多く使う鹿嶺王を、ここまで手こずらせたのは淡影が初めてだ。
墨羽と戦った時は”鱗”がいた。その無尽蔵の霊力によって助けられた。それは事実だ。
だが、その鱗も消えていなくなった。
今は宗影と淡影、ふたりだけの戦いだ。
・・・・負けるわけにはいかない。
◇
恒影たちが放った火矢から橋へ燃え移った炎は風に乗って飛び、森の木々に跳び移ると葉や枝を燃やし続けている。鳥や獣たちはとうに逃げ出し、辺りには人以外の生き物の気配はない。
ぱちぱちと爆ぜる音が時折響き、ぶすぶすと燻る音も聞こえてくる。
その炎は森の中に聳え立つひときわ大きな大木にも燃え移り、その幹を蝕んでいた。
木のうろの中から、黒い煙が立ち上り、炎は大木の内側へと入り込んだ。
そして、その瞬間は突如訪れた。
ばんっ!!
その大木が大きく爆ぜた。
その音は大きく響き、森の中に木霊した。
◇
「うおおおおおおおっ!!」
宗影が咆哮した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
淡影も叫ぶ。
風結と鹿嶺王。
二つの戦御体がその音を合図に同時に地を蹴った。
その切っ先を相手に突き立てるためだけに。
だんっ!!
前へ踏み込む。
だが、その瞬間、その刃の間に影がよぎった。
・・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
しゅううう・・・・・・・。
炎に温められた風が吹き抜ける。
その場にいた誰もが息をするのも忘れた。
ミカナ、嶺巴、伊佐、義陽。
そして恒影と宿儀。
そこで何が起きたのか。
二つの戦御体の太刀。
その切っ先は、触れ合う少し手前で止まっていた。
風結と鹿嶺王、二体は決死の一撃を自らの意志で動きを止めた。
なぜなら、その切っ先と切っ先の間。
あと一歩踏み出せば刃が交わるだろうという隙間に・・・・・。
狐白丸に跨る瑞奈がいた。
ゆっくりと顔を上げる瑞奈。
瑞奈は二つの太刀の先端を、両手で止めるように腕を開き、手のひらを向けている。
両側の太刀の切っ先は、あとほんの少し踏み込めば瑞奈の手のひらを貫いていただろう。
そして瑞奈は鹿嶺王と風結を交互に見据えた。
「・・・・瑞奈殿?」
淡影が呻く。
「瑞奈!どうしてお前が!?」
宗影が叫ぶ。
瑞奈はゆっくりと息を吸い込み、両腕を大きく広げたまま顔を上げた。
「双方に告ぐ!帝の血を引く者の名をもって命ずる!!直ちに刃を引き、わたしに従い、頭を下げなさい!もう一度告ぐ!双方、刃を収めよ!!」
「瑞奈・・・・」
宗影が愕然として言葉を失う。
「憎みあっているのはあなたたちではないでしょう!!なのに、何故に殺し合うのですか!!」
くっと顔を上げる瑞奈。
「わたしは、白拍子の命を捨ててあなたたちを止めます!!」
そう言うと、懐から短刀を取り出し鞘から抜いた。
そして長い黒髪を掴む。
・・・・さようなら、母上!!
大きく息を吸うと、短刀で髪をざっくり切った。
「瑞奈様っ!?」
蓮華が叫ぶ。
その黒髪を左手に握り、鹿嶺王、風結の双方に見せる。
「抜いた刃が収められないなら、この髪を切ったことで心を鎮めていただきたい!わたしが、舞を舞う白拍子であるための、命といえる髪です!!」
瑞奈の肩までになった不揃いのばらばらの髪が、炎に揺れる森の中の熱い風に揺れた。
「それでも刃が収められぬというのなら、この太刀の切っ先でわたしごと貫くがいい!!」
瑞奈の目から、大粒の涙が溢れた。




