5-43 流転ノ章 十四
「おお、ふたりとも!無事か!?」
「宿儀殿!!」
義陽の白縫は、左手に伊佐を乗せて、右手で杜若を引っ張っている。
そこへ、宿儀の英醐が川に沿って走ってきた。
「・・・・無事というわけでもなさそうだ」
「宿儀殿の読みは的中していた。感謝します」
伊佐が頭を下げる。
「・・・・だが、もう少し早く来てくれていれば杜若を傷つけずに済んだかもしれないのにっ!」
伊佐が避難の声を上げる。
「すまない。だが、おれも宗影殿を追ってここまで来たのだ」
悪びれない宿儀。
「ああ、この川の向こう岸に皆秀殿たちが来ている。そこまで杜若を運び、ふたりは休んでいてくれていい」
「すまない。そうさせてもらいますよ」
義陽が言うと、伊佐は首を振った。
「そういうわけにはいかない!戦が終わるまでは気を抜いては・・・・」
伊佐の言葉を英醐は手で押さえる。
「もう敵は残っているのは宗影殿と数名の側近のみ。もう勝ち戦だ。後は淡影殿に任せればよい」
「しかし・・・・まだ宗影殿が残っているのでしょう?」
「あの方は我々が束になっても敵わない気がする。現に、おれは宗影殿らしき戦御体を追ってきたのだが、あまりの速さに見失ってしまった。もう一体の白縫も、白縫とは思えない速さで走っていた」
「ならば尚更・・・・」
「伊佐殿」
義陽が声をかける。
「これはもう我々の出る幕ではないです。淡影殿が決着をつけなければ。これは霞家の戦なのですから」
「汐永殿・・・・そうですね・・・・」
「川に入ります。落ちないようにしがみついていてください」
「はい・・・・」
義陽の白縫は今渡ってきた勢多川を引き返していく。
「ああ、そう言えば!!」
宿儀が声をかけてくる。
「はい!?」
「淡影殿を見ていないか!?」
・・・・・・。
「総大将、いないのですかー!?」
「ずっと見当たらない!!行方不明!!暗中模索!!」
「ええっ・・・・・・」
◇
「恒影!!」
「宗影殿っ!?」
勢多の唐橋から北へ少し行ったところ、近江湖のほとり、打ち出の浜。
伊豆霞軍に押された木曽軍は少しづつ後退し、ここに集まっていた。
「よかった、ここで会えるとはな!」
「宗影殿、御前殿、ご無事で何より!」
鹿嶺王と澄玲の白縫、そして恒影の白縫が集まる。
「しかし、味方はここに集まった数騎のみ。これよりいかがなされますか?」
「恒影、澄玲を連れて北国へ逃れてくれ」
「宗影殿!?」
「殿っ!!まだそのようなことを!!」
「霞宗影は最期まで女に守られていたとなれば、後世までの笑い草だ。それに、澄玲にはやってもらいたいことがある」
「わたしは・・・・!!」
「澄玲、頼む。子供たちの行く末を見守ってくれ」
「・・・・・・」
「清葉と墨羽、そして狛丸。清葉は今、中宮として吹原にいる。墨羽はその清葉を守るために緋家に従軍していいる。そして狛丸は伊豆にいる。子らのことをお前に託したい」
「そんなことは、ご自身でなさい!!わたしもついて行きますゆえ!」
「そういうわけにはいかんのだ。おれはそもそも、本当なら大堰川の戦で死んだ者。ここまで生きて、都から緋家を追い出すまでのことをやってのけた。ここからは弟たちの番だ」
「宗影殿、最初からそのつもりで?」
恒影が言うと、宗影はふっと笑った。
「そこまでおれは人が出来ていない」
「だが、澄玲、ここで散るより辛い役目だ。お前にしか頼めない」
「殿・・・・・・」
「もう・・・・お会いできませんか?」
「おれたちは幾度となく、こういう苦難を越えてきたではないか。きっと、今日のこともその中の一つ。おれの髭が白くなった時に、今日のことをゆっくり想い出して話そう」
「では、・・・・・・木曽でお待ちしています!!約束いたしましたからね!!」
澄玲の白縫は北へ向かってつかつかと歩き出した。
「恒影、後は頼む。こうでも言わんと、あいつは言うことを聞かない」
「わたしは、宗影殿とここへ残ります」
「それでは、澄玲が・・・・」
「宗影殿、わたしは宗影殿と同じです。ここで散る覚悟で参りました。もう、長年連れ添った仲間ももうなく、ここで逃げれば、生きていても思い出すたびに辛くなります。なぜ、あの時、宗影殿と一緒に散らなかったのかと。そうすれば、あいつらと同じ場所に行けただろうに、と」
「・・・・恒影」
「わたしは武士です。澄玲御前殿とは違います。ここぞという死に場所を見つけたのに、いくら宗影殿と言えど、その邪魔はさせません」
「・・・・わかった」
◇
・・・・どうしていつも、あの人はこうなのだろう?
長年連れ添ってきて、わからないとでも思っているのだろうか?
自分がここで死ぬつもりでいることくらい。
自分が死ねば、伊豆がここで止まるとでも思っているのだろうか。
娘たちが・・・・助かるとでも・・・・。
でも・・・・。
その時。
白縫をとぼとぼと歩かせる澄玲の前に、一体の戦御体と数人の騎兵があらわれた。
「待ちなさい!木曽の霞家の家臣の者とお見受けする!我が名は武蔵の国の住人、千浦家の跡取りにして関ノ府の検非違使の尉を受け持つ、千浦和門と申す者!訳あって近江湖のほとりを北から南へ攻めよとの命に従い、はるばる奥近江の山を越えてここまで参った時に、おぬしの白縫を見つけたことにより、わが白縫を走らせ・・・・」
「うるさいっ!!」
澄玲の白縫は一瞬のうちに千浦和門の白縫を小脇に抱える。
「え!?」
ぼきっ!!
「ふごっ!?」
和門の白縫は海老反りのように曲がり、和門も泡を吹いて気を失った。
「雑兵めっ!!まだやるかっ!?」
澄玲の白縫が腰の刀を抜く。
「ひ、ひえぇっ!!」
「にげろぉっ!!戦御体にはかなわん!!」
敵兵たちは一目散に逃げだした。
・・・・殿、こんなお別れなど、ありえません!!
澄玲の目から、涙がひとつまたひとつ溢れた。
嗚咽を堪えながら、ひとり涙を流した。
・・・・やはり、このままお別れは間違っている。
澄玲は、白縫を振り向かせた。




