5-41 流転ノ章 十二
・・・・先ほど、文成の声がしたような気がしたが・・・・。
文堅は宇治川の方の空を見上げる。
いつも、文堅の後ろばかりついてきていた弟。無口で自分の意志を持たない男。
それが、昭基を連れて来てから少し変わった気がした。
自分が育てる。そう思っているように感じた。
実際に、昭基に稽古をつけている姿は、文堅の知る文成のどの記憶にもない、文成の楽しそうなやりがいあることを見つけた顔に見えた。
・・・・。
何も、考えまい。今は、おのれの前にいる敵を倒すことのみ!
文堅の白縫は太刀を抜いて構える。
目の前の橋の上に、恐ろしいほどの勢いでこちらへ渡ってくる戦御体がいる。
兵たちが火矢を番え放つがこれをことごとく斬り落とし、橋に燃え移った火の勢いよりも早く、こちら岸へ近づいてくる。
「・・・・凄まじい腕だな。わが、相手に不足なし・・・・」
敵の戦御体は事も無げに橋を渡り切ると、文堅の白縫の前で止まり、太刀を構えた。
「さぞかし名のある武士とお見受けする!我が名は古越文堅、木曽冠者が忠実なる家臣がひとり!いざ、勝負していただこう!」
・・・・。
・・・・。
・・・・なんだ?
なにゆえ、名乗らぬのだ?
◇
伊佐の杜若は唐橋に火がまわるより先に橋を渡り切った。
・・・・ここまでは、思い通り。
そして、宿儀殿の言った通り。
目の前の白縫と対峙する。
杜若を目の前にして引く様子はない。それだけ腕に自信のある敵か。
「さぞかし名のある武士とお見受けする!我が名は古越文堅、木曽冠者の忠実なる家臣がひとり!いざ、勝負していただこう!」
相手が名乗りを上げた。
・・・・はぁ。やはり、名乗りを上げるか。
伊佐はわからないように背後の気配を探る。
味方の白縫はまだ川を渡ってきていない。
今しかないのか。
すうっと、息を深く吸い込む。
「我が名は緋家当主浄基が娘・伊佐!故ありて伊豆霞家の臣としてここにある!命惜しくなければ我が戦御体・杜若の相手をせよ!」
杜若は低く構えた。
◇
・・・・女。
しかも、緋家当主の娘だと!?
どういうことだ!?
なぜ、緋家の姫が伊豆の味方をしている?
・・・・いや、今はどうでもいい。
やるべきは、敵を一体でも減らすことだ。
「いざ、勝負!!」
文堅の白縫は杜若へ向けて地面を蹴った。
◇
・・・・伊佐殿が、緋家の娘!?
義陽は燃える橋の下を、白縫で走り抜けてきた。
やはり伊佐がひとりで先走ることが心配でならなかったからだ。
誰よりも早く橋の下に隠れ、他の味方の白縫たちが渡河を始めるよりも先に川へ入った。義陽が川を中ほどまで進んだ時に、伊佐の杜若が橋の上を渡っていく音が聞こえた。
そして、急いで岸へたどり着いたとき・・・・。
敵の名乗りが聞こえ、その後しばらくして伊佐の声が聞こえた。
「我が名は緋家当主浄基が娘・伊佐!ゆえありて伊豆霞家の臣としてここにある!」
・・・・淡影殿は、知っているのか?
それよりも、この事が宗近殿に知られでもしたら・・・・・・。
◇
ぎいんっ!!
杜若の一撃を文堅の白縫がはじき返す。
杜若はよろめいて数歩後ろへ下がると、体勢を立て直す。
・・・・速さではかなわないが、力ではこちらが上!
文堅はニヤリとした。
・・・・勝機はありそうだ。
敵の戦御体が川の流れに足をとられながらこちらへ渡ってくるのが見える。
五体・・・・いや、六体か。
あの数に囲まれたら、さすがに太刀打ちできない。
あいつらがこちらへ来る前に・・・・。
「勝負をつけさせてもらう!!」
文堅の白縫は地面を蹴ると杜若へ向けて太刀を突き出した。
それを見越したように杜若はするりと躱す。
・・・・打ってこい!!
文堅は心の中で叫ぶ。
だが杜若はそのまま少し離れたところで太刀を構え直す。
・・・・くそっ。
組合わなければ、こちらの利点を生かせない。
敵はそれをわかっているのか。わざと力比べを避けている。それとも、味方の戦御体がここへたどり着くのを待っているのか?」
「来なければこちらから捕らえるのみ!!」
文堅の白縫が前に出る。
◇
・・・・やはり簡単には倒せないか。
だが、この敵は倒しておかなければならない。このあとここへ義陽たちがたどり着く。
同じ戦御体、白縫同士なら武の腕のある者が勝つ。
・・・・汐永殿は、本来なら戦場に立つ方ではないのだから。
それに、どうしてもあの子たちには汐永殿が必要・・・・。
・・・・あなたには、ずっとあの子たちの母親でいていただきたい!!
あれは、どういう意味だったのかしら・・・・?
・・・・はっ!?
目の前に白縫が迫る。
ぎいんっ!!
文堅の白縫が振り下ろした太刀を、なんとか受け止める。
・・・・しまった!考え事を!
白縫の振り下ろした太刀をまともに受けてしまった。
ぎりぎりと削れ合う太刀の刃同士が、時折火花を散らす。
「力比べならこちらに分がある!避けずに受けて立ったことは誉めてやろう!!」
文堅が高らかに言う。
「くっ・・・・」
徐々に押し込まれる。
相手の刃が杜若の眼前に迫る。
・・・・やはり、力では、かなわない!
「このまま、押し込むっ!!」
文堅が叫んだ。
きいいんっ!!
その瞬間、文堅の白縫の太刀は跳ね上げられた。
「何っ!?」
驚きながら、後ろへ下がる。
そこには、一体の白縫が太刀を持って立っている。
・・・・敵の白縫!いつの間にこちら岸へ!?
◇
「伊佐殿、約束通り、助けに参りました!」
「・・・・汐永殿!?いつの間に!?」
伊佐も驚きの声を上げた。




