5-40 流転ノ章 十一
「もう勝負はついた!わかるだろう!?」
嶺巴が声を上げる。
朱獄はゆらりと立ち上がったまま、足を引きずるように一歩、一歩と前に出る。右腕はかろうじて太刀を掴んではいるものの、朱獄が足を一歩前に出すたびに、ぶらぶらと揺れる。
「もう、腕が使えないのだろう!?あたしが何故、繰り座を外したかわからないのかい!?あんたが死ぬ事が惜しいと思ったからさ!こんなに少しの間で、あんたはとても強くなった!ちゃんと修練していけば、もっと強い武士になれる!」
「ふっ、ふふふ・・・・」
嶺巴の言葉に、不敵な笑みを浮かべる昭基。
朱獄の右胸の辺りを刺された。その刃は昭基の右肩を切り裂いていた。血が止まらない。痛みが鼓動と同じ感覚でずんずんと全身に響く。
「我が名は緋昭基!緋家当主、緋孝基の三郎である!」
「はぁっ!?」
「なんだとっ!?」
嶺巴と長綱は驚きの声を上げる。
「おれは死ぬ定めにあったところを、宗影殿に救われた!このままおれを生かせばおれは緋家に戻り、おまえたち伊豆霞の脅威となる!」
ずん、ずんと足音を立てて朱獄は蒼刃と獅剛へ迫る。
「おれは、宗影殿の下で武を教えられた!師であるこの文成殿、澄玲殿に、強く・・・・してもらった・・・・・・」
目の前が翳んできた。
血が止まらない。
意識が遠のく。
「もう・・・・駄目か・・・・・・」
是基兄者、知基兄者、そして敦王・・・・。
皆の顔が浮かぶ。
父上・・・・いつも不機嫌そうだった。
すまない、皆・・・・。やはり、おれは帰れなかった・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
目の前が暗くなった。
何も見えない。
楽しかった・・・・。
兄弟たちと一緒にいても、木曽の人たちの中にいても。
おれは、兄者たちのように強くなれただろうか?
・・・・・・。
「死ぬなぁっ!!」
嶺巴は叫んだ。
倒れ込む朱獄を蒼刃が受け止める。
べきっ!
繰り座の蓋をこじ開ける。
そこには、年端のいかない少年が血塗れで収まっていた。
嶺巴も蒼刃から飛び出て少年のところへ跳び移る。
「おいっ!!おいっ!!」
昭基の体を抱き起す。
「あんた、緋家の子なんだろ!?天下を取った一族の子が何でこんなところで死ぬんだよ!?おかしいじゃないか!!」
昭基の顔から少しづつ血の気が失せていく。
体が冷たくなる。
「何で立ち上がったりしたんだよ!!あのままあたしたちをやり過ごせば、御霊石のおかげで傷が広がらずに済んだかもしれないのに!」
嶺巴の目から涙が流れてきた。
「こんな子供まで、手にかけちまった・・・・。なんだよ、どうしてこんな子供まで戦わせるんだよっ!!」
「嶺巴殿。まだ戦の最中だ。泣いている場合ではないぞ」
長綱が獅剛を出て嶺巴に声をかける。
「わかってる・・・・わかってるけど・・・・」
「あとでこのふたりを並べて埋めて弔おう。だが、まだ敵はいる。待ってはくれんぞ」
・・・・・・。
「・・・・そうだね。あんたの言う通りだ」
嶺巴は立ち上がると、昭基の亡骸を朱獄の中へそっと戻した。
「まだやることがあるね。悔しいけど、長綱、あんたの言う通りだよ」
◇
「宗影様!宇治川の南、宇治橋付近から敵がなだれ込んできています!」
・・・・。
「そうか。では、全軍に伝えよ!我々は北上し、勢多の恒影と合流する!」
「承知!」
・・・・文成と、昭基が。
「殿・・・・」
「澄玲、淡影がおれと同じなら、後ろで大人しくしている大将ではない。必ず前に出てくる。それに、おれは淡影以外に討たれはしない。心配するな」
「・・・・まるで淡影殿に討たれるような物言いですね?」
「上げ足をとるな。言葉のあやだ」
「そういうことにしておきます」
宗影はふっと笑うと、鹿嶺王に乗り込む。
澄玲も白縫の繰り座に滑り込んだ。
「では、近江湖、大津まで引く!恒影へ早馬を走らせよ!勢多で会おうとな!!」
◇
「汐永殿にお知らせいたします!」
伝令が義陽と伊佐のところへ息を切らせながら走ってきた。
「申してください」
「はっ!今朝早く、宇治川にて矢合わせがあり、戦が始まりました!南側、宇治橋から敵を追い、敵本隊はこちらの勢多へ北上中とのことです!」
「そうですか!わかりました!」
義陽が言うと、伝令は懐から書状を取り出した。
「それと、これを伊佐殿にと、宿儀殿からあずかってまいりました!」
「ほう・・・・宿儀殿から?」
義陽が受け取り、それを伊佐に渡す。
「では、御免!」
そう言って伝令は下がっていった。
「・・・・・・」
「宿儀殿は何と?」
「宇治橋の床板が全部外されていたそうです。職人たちが夜のうちに直したそうです」
「夜のうちに?橋の床板を?」
「はい。で、もし、この瀬田橋の床板も外されていたなら良いが、そのままであれば罠であるから注意せよ、と・・・・」
「・・・・ということは・・・・」
義陽は目の前にかかっている勢多の唐橋へ目をやった。
橋の道は向こう岸へ続いている。
「罠ですね」
「そのようです。恐らく、こちらの戦御体が橋を渡り始めた時に、火を放つなどするつもりでしょう」
「では、渡河した方が・・・・」
「そうですね。白縫は全て川を渡ってください」
「え?伊佐殿は?」
「杜若の足なら、火がまわる前に向こう岸へ渡れます。そうすれば、敵も対応しきれないでしょう」
「ええと・・・・それはだめです。危険です。孤立してしまいます」
「わたしは大丈夫。無理はしません。ですが、汐永殿、あなたはもともと戦をする方ではないでしょう?子供たちのためにも、自分の手柄よりも自らの命を守っていただきたいのです」
・・・・・・。
「それは、伊佐殿とて同じです!」
義陽は伊佐の目を見つめた。伊佐は義陽の真剣な目に少し驚いた目で義陽を見る。
「竹丸も狛丸も、母親を知らずに育ってきました!ですが、伊佐殿がいてくれたおかげで、母親が何たるかをわかってくれています!」
義陽は深く息を吸う。
「あなたには、ずっとあの子たちの母親でいていただきたい!!」
「・・・・・・あの、それは・・・・?」
「関ノ府に戻ったら、ちゃんとお話しいたします!ですので、無理はしないでいただきたい!!」
「・・・・はぁ」
「そして、伊佐殿にはおれが敵を次から次へとやっつける姿を見ていただきたい!!」
「・・・・・・ええと、それは必要ないですけど」
「いいえ!!見ていただきたい!!」
「そんな姿見なくても、大丈夫というか・・・・」
「・・・・?」
「ともかく、わたしが先に橋を渡ります。もし、危ないと思うのでしたら、わたしを助けに来ていただけますか?」
「当たり前です!命に代えても、伊佐殿をお守りいたします!!」
「はい、それでいきましょう」
「はい!!」
伊佐が優しく微笑む。
・・・・なんだ?
上手く丸め込まれたような気がするぞ?




