5-35 流転ノ章 八
「すみませんでした、娜縞殿!賊に三種の神器を奪われ、逃げられてしまいました!」
行尊と娜縞皇女は吹原から南東へ行った海辺に来ていた。
あらかじめ、落ち合う場所として決めていたところである。
「仕方あるまい。しかし、わたしたちより先に三種の神器を狙っておった輩がいるとは・・・・」
「それが、”明日にも死ぬと言われている母親”と、”屈強な父親”、”鎧姿の小さな娘”というおかしな賊らしいのです。これを手掛かりにすれば、探せば見つかるかもしれません」
「確かに、おかしなやつらだな。しかし、それにしても三種の神器を盗んでどうするつもりであろうな?」
「・・・・そうですね」
三種の神器は皇室にあるからこそ意味がある。
民草が持っていても本物だとは思ってもらえないだろうし、古い鏡や錆びた剣がそれほどの価値があるとは・・・・。
「おーい!!」
不意に、声がした。
こちらへ走ってくる人影。
「朽平殿!」
行尊が声を上げる。
「やりましたよっ!!」
朽平はうれしそうな顔で、小さな箱を両手で掲げた。
「「え?」」
行尊と娜縞皇女は同時に声を上げた。
「はぁ、はぁ、三種の神器、手に入れました!!」
朽平は両腕で大事そうに木の箱を抱えている。
わりと新しい木で作られていて、紐で十字に縛られている。
「・・・・どういうことでしょう?」
行尊が首をひねる。
「と、ともかく開けてみようではないか!」
娜縞皇女が朽平のもつ箱に手を伸ばそうとした時だった。
「ふーん!ふーーーーんっ!!」
大柄な人影がこちらへ来るのが見えた。
「・・・・雷巌殿!?」
こちらへ走ってくる雷巌の腕の中には、朽平が持ってきたのとまったく同じ箱があった。
◇
「戦はもう始まっているかもしれません!わたしは狐白丸で先に京へ行きます!あなたたちは船に戻ってください!」
瑞奈が狐白丸に跨り、箱を両腕で大事そうに抱える。
言うが早いか、狐白丸と瑞奈はあっという間に高く跳んで見えなくなった。
「ちちうえ!やまぶきもあれにのりたい!」
「山吹、ちゃんと真っ当に生きている人というのは、あんな訳のわからないものに乗らないのだよ」
「でも、のりたい!」
山吹はずり落ちてくる兜を押さえながら地団駄を踏んだ。
「では、今度母上に頼んでみなさい」
「わかった!」
「・・・・瑞奈殿を完全に母上にしおって・・・・」
惟正がじとっと悔し気に呟く。
「ふん!所詮は子供じゃな!わしは死んでもあんな狐に乗りたくはないのじゃがな!」
「その前に噛みつかれますからね」
元康がさらっと言った。
◇
「と、ともかく開けてみようではないか!!」
もう一度、さっきと同じことを娜縞皇女が言う。
朽平と雷巌は、それぞれが持ってきた箱を同時に開ける。
そこには、真新しい短剣、小さな手鏡、勾玉っぽい石が入っていた。
「・・・・両方とも偽物だ」
娜縞皇女が落胆した様子で言う。
「「「はぁ」」」
全員がため息をついて肩を落とす。
「してやられましたね」
行尊もため息をつく。
「では、わたしが賊に盗まれたものが本物でしょうか。それとも・・・・」
◇
「知基様!お知らせいたします!」
吹原の緋家の屋敷。知基の部屋。
役人がひとり、知基のところへ走ってきて頭を下げる。
「どうした?」
「はい!ただいま知らせが入りまして・・・・」
役人が頭を下げたまま言う。
「《《四つの”三種の神器”のうち、三っつ》》が賊に奪われました!」
「・・・・そうか。ならば新しいものを用意して、同じように届けさせよ」
「はっ!・・・・賊の方は追いますか?」
「いらん。勝手にさせておけ」
「承知!」
役人はもう一度頭を下げて部屋から出て行った。
「いよいよ、伊豆霞が出てきたか・・・・」
名も忘れたが、あの二人組。無事に伊豆の霞宗近のところへ着いたようだ。
・・・・しかし、こんなにうまく騙されてくれるとは・・・・・・。
◇
「瑞奈様ーっ!!」
内裏の朱雀門の前で蓮華と天狗が待っている。
瑞奈は狐白丸が地面に降り立つと同時に自らも地面に降り、内裏の中へ走り込む。
「おいで!」
蓮華が狐白丸に両腕を差し出すと、狐白丸は小さくなって蓮華の腕の中に飛び込む。
「我らも行くぞ、蓮華!」
「はい!」
瑞奈を追って二人も内裏の中へ走り出す。
◇
「上皇様。この通り、三種の神器を持って参りました」
瑞奈が桐高の前に箱を差し出す。
桐高は少し怪訝そうな表情をした後、その真新しい木箱をじっと見つめる。
「お主、中は見たのか?」
「いえ。見ておりません」
桐高は箱の紐を解いて、蓋を開けた。
小さな剣、手鏡、小石。
それらが無造作に木くずの中に埋められていた。
「・・・・これは?」
瑞奈が身を乗り出す。
「見てわかるだろう、偽物だ」
「・・・・・・ええっ!?」
「緋家にやられたようだな」
桐高は心なしか、残念な気持ちになっていた。それが自分でも何の感情かわからない。
「紀基亡き今なら、おまえに帝の座を与えても良いと思っていたが・・・・残念だ」
「・・・・・・そんな・・・・・・」
瑞奈の体から力が抜けて、両手を床につく。
「戦は今朝から宇治川で始まったと聞く。もう手遅れだ。諦めてここで事の顛末を見守れ」
瑞奈の中に、桐高のその言葉が重くのしかかった。
”帝になれば、戦を止められる”、そう思っていた。帝という、この世で唯一の存在になれば、すべてを変えられると思っていた。
だが、帝になれば、ここで戦が終わるのを待つしか出来ないのだ。
その現実が瑞奈の前に影を落とした。
・・・・だが、何より・・・・わたしは帝になることすらできない。
「・・・・・・」
「瑞奈様・・・・」
蓮華が瑞奈の肩に手を置く。
天狗がどん、と拳を床に打ち付けた。
狐白丸がゆっくりと瑞奈のそばに近づき、瑞奈の顔を見上げる。
涙が溢れてきた。
悔しい。
・・・・やはり、わたしには戦を止められない。
もう、打つ手が・・・・ない。
ぽとり、と涙の粒が床に落ちる。
ぺろっ。
狐白丸が瑞奈の頬を舐めた。
「・・・・狐白丸・・・・」
狐白丸は庭へ出ると、体を大きく膨らませた。
「・・・・乗れというの?」
「あおおおん!!」
「でも、もう・・・・」
「おんっ!!おんっ!!」
「狐白丸・・・・」
・・・・何も出来ない。行けばきっと、辛いだけだ。
自分の無力を、さらに思い知らされる。
・・・・だけど!
でも、ここで誰かが死んでいくのをただ待っているなんて・・・・わたしには出来ない!!
「わたし、行きます!宇治川へ!」
そう言うと、瑞奈は狐白丸へ飛び乗った。
「わたしも!」
蓮華が立ち上がって走り出す。
「仕方ない!宗影も淡影もわしの教え子じゃ!わしも行かねばな!」
天狗もそう言って立ち上がった。




