5-34 流転ノ章 七
「こちらです」
白髪交じりの神職が、社の本堂の本尊の下の引き戸を開けて取り出した箱。
それは瑞奈が思っていたよりも小さく、紐で十字に縛られた、きれいな新しい木でつくられた箱だった。
神職が大事そうに縛ってある紐をほどく。
「これが、そうなのですか・・・・」
瑞奈がぼそりと漏らすと、墨羽が怪訝そうな顔をする。
「奥方、二度目なのですよね?」
「・・・・は、はい・・・・ごほっごほっ・・・・」
・・・・この母親、近くで見るとすごい美人。それに、わたしと同じくらいの歳。まだ若いのに・・・・。こんな小さな子を置いて先立つなんて、本当にかわいそう。
墨羽がうっすら目に涙を浮かべる。
・・・・この娘、何で泣いてるのかしら?
瑞奈はそう思いながら、茂威の背中に隠れる。
「ご、ごほっ、ごほっ・・・・」
「なかがみたいのだ!!」
山吹が急かすように言う。
「では、蓋を開けますね・・・・」
神職が箱の蓋に手をかけた時だった。
「神職!!」
ひとりの男が本堂へどかどかと走ってきた。
「な、何です!?」
神職が言うと、男は切れた息を整えながら言った。
「み、港に、戦御体です!三種の神器をよこせと叫んでいるので、神職へお伝えに参りました!!」
「ええっ!!」
墨羽と寅正は咄嗟に立ち上がる。
・・・・戦御体!?
瑞奈は茂威の顔を見る。茂威は知りません、といった風に首を横に振る。物陰に隠れている惟正と元康の方を見る。二人も同じように首を横に振る。
山吹は何が起きたのかわからないようにきょとんとしている。
「すみません!そういうことなので、神器はまた・・・・」
・・・・あ。
神職は明けかけた蓋を閉じ、紐を結び直した。
「では、わたしたちは戦御体で港へ!」
「おう!ついて来い、小娘!!」
「わたしはあなたの家臣ではないと言っているでしょう!?」
そう言って墨羽と寅正は本堂を足早に出て行った。
・・・・・・これは、どういうことかしら?
◇
その数刻前。
「思ったより順調に港へ着きましたね」
行尊は雷巌に言うと、雷巌はふんふんと頷く。
行尊たちの乗った船は順調に風を受けて吹原の港へたどり着いた。
「では、ここからですが、もう一度確認しておきますよ」
行尊は朽平と娜縞皇女の方に向き直り、顔を寄せるようにして皆を近くに集めた。
「まず、娜縞殿は戦御体で港に降りて、大声で「三種の神器を出せ!」と叫んでください。そうすると、役人は一大事と思い、三種の神器を隠すためにへ走り出します。それを我々が追いかけて、場所を探り出します」
「それをお前たちが奪って来るのだな」
「はい。娜縞殿は我々が見えなくなったら、すぐに戦御体で逃げてください。戦えば勝ち目はありません」
「そうだな。わたし自身、戦御体を動かす方は初めてだからな」
娜縞が頷く。
「はい。で、雷巌殿と朽平殿も、決して無理はしないように。役人が集まってきたら、ともかく逃げてください。ただ・・・・」
行尊は一層声をひそめた。
「おそらく伊豆の軍は木曽を破り、京へ上がります。その後、ここ吹原へ攻め込むでしょう。それまでに三種の神器を見つけないと、吹原は戦に巻き込まれます」
ふんふん。雷巌が頷く。
◇
「三種の神器をよこせぇっ!!」
娜縞が大声で叫ぶ。
ずうん、ずうん!!
役人たちが集まっていそうなところを狙って、戦御体・雷鳥を歩かせる。
「戦御体だっ!!」
「敵だーっ!武士所へ知らせろーっ!!」
あちこちで声が上がる。
騒ぎの中を走り出す役人が・・・・いち、に、さん・・・・よん!
「四人か・・・・どれが当たりだろうか?」
西へ向かったひとりは朽平が追いかけていく。
北へ走り出す男には雷巌が。
・・・ならば、あとの二人のどちらか。
「悩んでいると見失う!!」
行尊は走り出す。
走りながら娜縞へ手を挙げて合図を送る。
どすんどすんどすんどすん・・・・!!
雷鳥が逃げ出す足音が聞こえる。その音がだんだんと遠くなる。
・・・・ちゃんと逃げきってくださいね!
◇
行尊が追ってきた男が走り込んだのは、吹原の町のほぼ中央に鎮座する大きな社。
役人らしき男はその本堂へ駆けこむ。
行尊は少し離れた物陰で様子を窺う。
すると、先ほどの男と大柄な男、小柄な娘が走って本堂から出てきた。
皆腰に刀を差している。
・・・・役人か?
ここにいた役人が、知らせを受けてここを離れていったということは、ここははずれでしょうか?
そおっと、物陰から出ると、本堂へ向かう。
扉をくぐり、中を窺う。
大きな釈迦如来がこちらを見降ろしている。
いちおう、手を合わせる。
そして、ゆっくりと中へ入り、辺りを窺う。
・・・・・・。
静かだ。
いや、何か・・・・聞こえる。
「んーっ!!んーっ!!」
人の声?
奥の柱の方だ。
足音を忍ばせながら、柱へ近づく。
柱の裏に、何か動いている影が見える。
「んーっ!!んー、んーっ!!」
ゆっくりと近づいて、柱の影を覗き込む。
「んっ!!んーっ!!」
神職らしき着物の男が、柱に縄でぐるぐる巻きにされている。
「ご神職か!?」
行尊は驚いて神職の男の口に噛まされている縄を解く。
「は、はあ、はあっ!!」
柱に縛られたまま、肩で息をする神職。
「何があったのです!?」
行尊が聞くと、神職は顔を真っ青にして叫んだ。
「三種の神器が!!三種の神器が盗まれたのですっ!!」
「三種の神器が・・・・盗まれた!?」
・・・・何者かに先を越された!?
「なんてことだ・・・・どっちへ逃げたのです!?」
「裏口から逃げて行きました!!」
行尊はそれを聞くなり裏口へ向けて走り出す。
「ほ、ほどいてくだされ!わたしも賊を追いかけねばーっ!!病で死にかけの母親が箱を持って走って逃げましたーっ!!」
背後で神職の心の叫びが聞こえた。




