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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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40 風結ノ章 四十

富士江屋敷の中は大騒ぎだった。

荷物をまとめて逃げ出す者、慌てふためいてただただうろうろする者。

「物の怪が!」

「大殿の呪いの妖が出た!!」

そんな叫び声があちこちから聞こえ、夜中の町に響き渡っていた。

・・・もう、どのみち、ここにはいられない。

あの妖ども、この街ごと消し去ってくれる!そしてそのまま都へ上り、緋家を滅亡に追い込む!

土蜘蛛は、今までのどんな御体とも違うのだ。そのために時間と資財をなげうった。

成正が御造所に入って行くと、朽平はこのような事態でも御霊石を削る作業を続けていた。

「・・・若殿、いかがなされた?外が騒がしいようだが」

朽平は成正をちらと見て、手を止めずに聞いた。

成正はそれに答えず、土蜘蛛の頭の部分、観音像にかけられた梯子を上り始めた。

「お、おい!土蜘蛛はまだ・・・・」

「今、これを使えねばこの御体に何の意味もない!もう、これ以上の時は待てぬ!」

「や、やめろっ!!こいつはまだ、完成していないっ!!今動かせば、本来の力の半分も出せぬぞ!」

朽平は慌てて成正の装束を掴んで土蜘蛛から引き下ろそうとする。

「離せ!今でなければならん!これだけお前に時をやったではないか!お前なぞに任せていたら、土蜘蛛はいつまでも完成せぬのだ!」

「つ、土蜘蛛はおれのものだ!勝手に・・・」

「やかましい!」

朽平は成正に蹴飛ばされ、地面に転がる。

「駄目だ!土蜘蛛は・・・やめろ!!」

朽平の叫びは虚しく、先が見えないほど広い御造所の虚空に木霊した。だが、その木霊はすぐに土蜘蛛が動き出す音にかき消された。






「というわけさ。わかったかい、白結丸!」

「・・・・」

「わかってないね!?」

蒼刃と風結、その後から英醐が富士江屋敷に向かっている。

「と、ともかく、荊火とその妖の女と繋がりがあって、その女を倒したいってことだろ?」

「まあ、そんなところ!あたしも正直に言うと、よくわからないのさ!」

『白い霧というのが気になるのぅ。老江山の時の妖だろうか?』

風結の中にいるミカナの言葉は白結丸にしか聞こえない。

「・・・そうかもしれんな。あの後もおれたちを追ってきていたみたいだから・・・」

丹波の里でも白い霧とともに、妃寐は現れた。

その後も、おれたちを追ってきていたのだろう。

「だが、その荊火と因縁のある妖の女も気になる。果たして刃が通る相手なのかどうか・・・」

『ともあれ、行くしかあるまい。後ろから奴等もついてくることであるから・・・』

「・・・・ううむ」

少し苦い顔で白結丸は後ろを振り返る。

風結の後ろに嶺巴の蒼刃、宿儀の英醐。その後ろに紅羽の彩芽、伊佐の杜若、時千代の金冠が続く。

「なんで緋家の姫たちも一緒なんだ?」

『おれに聞くでない。いつの間にか後ろからついてきおった』


「あ、あれは!白結丸様!!」

「伊佐姉様、杜若がくねくねしています!」

たまたまだった。あの激しい破壊音の元を確かめようと御体を走らせていた時、向こうから走って来る三体の御体が見えた。それは、あの霞の末子の風結と、破廉恥女の蒼刃。

これは幸運なのか不運の始まりなのか。

形だけでも何かせねばと追いかけてきた、霞の末子が向こうから来てくれたのだ。

とりあえず面目は立った!

あとは・・・・。

「おい、霞の末子!何故(なにゆえ)、こんなところで何をしている!?」

紅羽が彩芽を白結丸の風結の隣に並べてくる。

「教えると邪魔するから言わぬ!」

「言わぬと邪魔する!」

「なら言う!この先に妖がいる!」

「なんと!?」

「妖が何かよからぬことを企んでいるらしい!おれたちはそれを阻むために向かっている!」

「・・・そのような世迷言、簡単に信じるとでも・・・」

「妖とは!これは大変!姉様、わたしたちも加勢しましょう!そうしましょう!決まりました!ありがとうございます!」

紅羽の言葉の途中で伊佐が遮る。

「いや、伊佐、そうではな・・・」

「さすが姉様!物分かりが良くて!!は、白結丸・・・様・・・私たちもお供いたします!」

「あ、ああ伊佐。くれぐれも無理はするな。相手は人ですらない!お前たちにこれ以上傷をつけたくないからな!」

・・・ああああああ!白結丸様が、わたしのことを心配してくださるぅ~!!

「お前たちに何かあれば千子姉上が悲しむ。って、聞いてるか?」

「紅羽姉様、また伊佐姉様が杜若をくねくねさせています!」


『相変わらず、おちゃらけた姉弟じゃな・・・』

ミカナの声は呆れ気味だった。


「・・・何か、様子がおかしいね」

富士江屋敷は半壊していた。

『何か、異様な気配がするぞ。白結丸、用心せよ』

「ああ、びりびりと感じる。ひとつは妃寐だ。もう一つは・・・」

風結で崩れた屋敷の壁を越えて中へ入る。

そこには荊火の鎖で縛られた妃寐、もう一人女がいる。

「やっと来たか、白結丸」

妃寐はこちらを見ると、湿った声で言う。

「妃寐・・・」

「待っておった。こいつらは引き留めておいたので、お主が始末せよ」

妃寐はさらっと言うと、体に巻き付いていた荊火の鎖がちぎれてばらばらと落ちた。

「なんだと!?」

夜和が顔を顰める。

「よいか、梦卯比売よ。先に言ったとおりだ。野兎ごときが虎には勝てぬ。妾が手を下すことはできぬが、我が(しもべ)に討たれるがよい」

「妃寐!!」

夜和の叫びも虚しく、妃寐はすっと霧になって消えた。

「・・・ええと、何が起きてるんだ?」

『わからんが、あの女を退治せよと言うことではないのか?』

「別に、妃寐の言うことを聞く義理もないんだが・・・」

『こちらとしてはそうなんじゃが、あの女は許してくれそうにないぞ?』

夜和はこちらを睨んでいる。

白い着物の白い肌の女は、長い黒髪を逆立てるほど振り乱して、怒りの形相でこちらを睨んでいる。

「お前が麒麟の子か・・・・」

「?」

「とはいえ、たかが人の子!神たる我が前には塵も同然!」

夜和が目を見開いて声を荒げる。

「・・・なんの話だ?」

『みりんがどうとか言ったな?・・・来るぞ!気をつけよ!』

風結は太刀を抜いて構える。

夜和が右手を風結に向ける。

「白結丸!」

遅れて蒼刃たちが駆け込んでくる。

「みな、気を付けろっ!!」

次の瞬間。

見えない衝撃が、場の空気をもろとも叩きつける。

「吹き飛べ!!」

蒼刃と彩芽たち御体がまとめて宙を舞う。

「うわぁっ!?」

「ひえっ!!」

「今着いたばかりなのに!?」

叫び声が響き、地面に叩きつけられる音に変わる。

「嶺巴!伊佐!!紅羽!時千代!」

『白結丸よ!あいつの力は防げる!だが、荊火に気をつけよ!』

「承知!」

悔しい顔の夜和。

「あの御霊石さえなければ・・・。それと、あいつは風を使う・・・私では相性が悪すぎる!!」

荊火がぐいっと前に出て、腕の鎖を伸ばす。

風結は伸びてくる鎖を掴むと、ぐいっと引き寄せる。

「荊火!どうした!」

『白結丸!荊火からあの女の妖気を感じる!操られておる!』

「・・・何とかなるか、ミカナ!?」

『やってみるが、少しの間荊火の動きを止めなくてはならん!』

「わかった、やってみよう!」

風結は右腕に掴んだ鎖で荊火を引き寄せる。

荊火はそのまま風結の腕に鎖を巻きつけつつ、風結の周りをくるくると回り続ける。

「か、絡まってきたぞ!?」

『引きちぎれ!』

「でえい!」

鎖は金属音の悲鳴をあげ、ばらばらに弾け飛んだ。

荊火はそのまま地面に落ちて、立ち上がると風結の顔めがけて鎖を伸ばす。

風結は首を横に倒してその鎖をよける。

『加減すると勝ち目はない!すばしっこさでは相手が上じゃ!』

「承知!壊す気で行く!」

風結は太刀を抜き、伸びてくる鎖を片っ端から叩き落す。

叩き落した鎖を片足でぐいと踏みつける。

荊火はその鎖に引っ張られて地面に落ちる。

「!?」

「よし、抑えた!」

『いいぞ、白結丸!そのまま逃がすな!』

ミカナが霊力を走らせる。その力が荊火に吸い込まれていく。

「させるか!!」

夜和が右手を風結に向ける。

「ええい!!」

嶺巴の蒼刃が夜和に向けて太刀を振るう。

「邪魔するな!!」

夜和は右手の力を蒼刃に向けて放つ。

蒼刃はまたも吹き飛ばされる。

「ひっ!」

「嶺巴!!」

「あと少しじゃ!(こら)えろ、白結丸!」

夜和が再び右手を風結に向ける。

「くるぞ、ミカナ!」

『なんとか耐えるのじゃ!!』

ミカナが荊火に力を使っている間は、風結を夜和の力から守れない。

このままあの力を食らうと荊火ともども吹き飛ばされる。

「ミカナ、”枷”を外せ!」

『何!?』

「来る!それしかない!」

『わかった!』

次の瞬間、夜和の右手から力が放たれる。

だがその力は空を跳び、風結のいたあたりを通り過ぎていった。

「なんだと!?」

風結は荊火を抱えたまま高く跳び、月を背に夜和に影を落とした。

「跳ぶ?いや、飛ぶのか?あれは・・・?」

夜和は見上げたまま動けない。

人の背丈三倍もある御体が、まるで月に届くかのような高さまで跳びあがる光景は夜和をもってしても夢かと思わせた。

『終わった!』

「おれ・・・を、あいつに・・・なげろ!!」

「・・・行け!荊火!」

風結は空中から荊火を夜和めがけて投げつける。

「夜和!!もう・・・終わ・・りだ!!」

あれは荊火の声だっただろうか。

風結が地に着く音で、声はかき消された。

荊火はそのまま夜和の体を捉える。

その勢いは地面をえぐりながら砂埃を濛々(もうもう)とあげた。

「やったか?」

『いや、まだじゃ!!油断するな!』

砂の舞う中、ゆっくりと影が立ち上がる。

「うえっ!?」

その夜和の姿は、全身の皮膚が失われていた。

露な眼球と、むき出しの白い歯。全身に筋が走り血管が浮き出ている。

その姿は夜の月明かりに浮かび上がり、この世のものとは思えない程不気味であった。

そして巻き付いたままの荊火の鎖。

「も・・・う・・・終わりだ・・・・夜・・・和・・・・」

「お前の不死を解いてやる。望み通り、死を与えてやろう。我が力、返してもらう!」

夜和の目が赤く光る。

その光を浴びた荊火の体から力が抜けてがっくりとうなだれる。

「荊火!」

『・・・命が・・・消えた』

「あの女、荊火を殺したのか!」

夜和はニヤリと笑う。

「わたしは神。直接に人の命を奪うことはできぬ。こいつに与えていた不死の力を返してもらっただけのことだ!」

「妖めっ!!」

風結が太刀を振り上げて、夜和めがけて振り下ろす。

ざしゅっ!!

風結の太刀は地面を大きくえぐった。

そしてそこに夜和の姿はなかった。

「・・・消えた!?」

『気配がない・・・逃げられたようじゃ』

「くそっ!」

風結の足元にぐったりと横たわる荊火。

「・・・結局、荊火は・・・何だったんだろう?人として生きたかったのか?それとも強く・・・強くなりたかったのか?小御体になってまで、強い力が欲しかったのだろうか?それとも・・・」

『白結丸、人には人それぞれの生き方がある。その選べる生き方の数は生まれ持ったものによって違う。荊火がどうだったかわからぬが。荊火はこの姿になってまで生き続けることより死ぬことを選んだ。それだけじゃ』

「ミカナ・・・」

ミカナの言葉はいつも心の真ん中にずんと響く。悩んだり苦しい思いをしたときに、その言葉は冷たいように感じるがちゃんと道を示してくれる。おれとミカナが”風”の力で通じているものがあるなら、こんなに心強い仲間はいない。白結丸はミカナに尊敬ともいえる思いを持っていた。

「荊火・・・・!?」

嶺巴の蒼刃が戻ってきた。嶺巴は蒼刃から駆け降り、荊火のそばへ走った。

声を出そうとして、喉が詰まる。

嶺巴は一度、唇を強く噛みしめた。

「嶺巴・・・。荊火は死を望んでいた。すまないが、どうすることもできなかった」

「・・・・」

嶺巴は荊火の亡骸を見つめたまま、しばらく動かなかった。

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