0-40 栄耀ノ章 三
常秀は夜の都を徘徊していた。
あの時、頭領と女将が話していることをこっそり聞いてしまったことから、何かが狂い始めた。
邪魔だった慶秀を追い出せたところまでは良かった。
あいつには、自分にない才能がある。
あれだけ天賦の才を持っているのに、努力を努力と思わない。
どんなに羨んでも、あいつは追いつける場所にいない。
ただひとつ、自分の作った欄間を師が選んでくれたことだけが常秀の自慢だった。
あいつに勝てた、ただひとつの瞬間だった。
「慶秀、無事に帰ってくるのかい?」
重蔵の妻、きみが言った。
「わからん。おれに聞くな」
重蔵が答える。
「だけど、楠流を継げるなら慶秀だって言ってたじゃないか。それを海へ追い出しちまうなんて」
「追い出したんじゃねぇ!あいつが行くと言ったんだ!」
「でもねぇ、心配だよ。あたしたちにとっちゃあ子供も同然じゃないか」
「あいつは・・・なにか、もっと広いところに行かにゃいけねぇんだ」
「・・・・なんだい、それ?」
呆れた顔のきみだったが、重蔵はそれ以上答えなかった。
「でも、あの時の欄間は慶秀のが一番出来が良かったのに、どうして常秀のにしたんだい?」
「・・・・良すぎたんだよ」
「良いなら、いいじゃないか」
「慶秀の欄間は宮にでも納めるべきものだ。名もないような山寺に納めちゃあ、あの細工がもったいねぇ」
「ふうん。なら、慶秀にそう言ってやりゃぁ良いのに。あの子、ずっと悩んでたよ」
「いい気になったら成長しねぇからだよ!余計なことばかり言うな!」
・・・・いい気になったら成長しない?
常秀はたまたま、襖の向こうで会話を聞いてしまった。
・・・慶秀の欄間はもったいない。おれの彫った欄間は、名もない山寺にちょうどいいということか?
何を信じてよいのかわからなくなった。
心がすさんでいくのが、自分でもわかった。
ある時どうにも耐えられなくなり、重蔵の元を飛び出した。
もう、木を彫ることもないだろう。そう思っていた。
あの日、雨の夜。
暗闇の中を泥をはねながら走る慶秀の横顔を見るまでは。
信じられなかった。
あいつ、生きて唐から戻ってきたのか?
どうせ、行くあても帰るところもない。
そう思って後をつけた。
後をつけると、慶秀が何か落としていく。
何かが書いてある紙のようだ。
拾ってみたが、暗くてわからない。
布袋が破れているのに気が付いていないようだ。
次々と落としていく紙を、何気なく拾い集めた。
雨で濡れているが、墨が滲まないように急いで懐に押し込める。
そして、慶秀を羅城門あたりで見失った。
次の日、常秀は拾った紙を並べて驚愕した。
「慶秀は、これを作っているのか?」
唐の技なのだろうか・・・・。これが作れるなら・・・・もう一度、職人としてやっていけるかもしれない・・・・。
六原で、これ以上ないほどの贅沢な暮らしができるじゃないか!




