5-26 波瀾ノ章 十三
「皇女様?」
行尊はちらりと雷鳥へ目をやる。
雷鳥・・・・この娘のことか?
「はやく、殺してしまって!!」
椿が叫ぶと、僦馬党の子分たち、滅創衆の者たちが行尊を取り囲む。
・・・・むやみに叩きのめすこともできない!
この、香のかおりに操られているだけだ。
となれば、狙いは・・・・。
行尊は椿の持つ香炉に目をやる。
・・・・あれを壊せば、傀儡も解ける!
・・・・はず!!
行尊は持っていた錫杖を地面に着きさすと、その上に飛び乗り、そこから一気に前へ跳び上がる。
「ふぎゃっ!?」
目の前にいた資孝の顔を踏みつけると、さらに高く跳ぶ。
そのまま、椿のところへ!
手に持った香炉を!
その時。
がしっ!
跳びあがった行尊の足首を掴まれた。
「え?」
べしん!!
勢いを失った行尊の体はる地面へ叩きつけられる。
「くうっ!?雷巌殿か!?」
行尊の足首を掴んだのは雷巌。
そのまま行尊の体を持ち上げる。
「うおおおっ!?」
そして、また地面に叩きつける。
ずんっ!!
「ぐはっ!?」
そしてまた持ち上げ、何度も地面に叩きつける。
「ぐあっ!!」
さらに雷巌は行尊を片手で持ち上げると、頭の上でぶんぶんと振り回し、先ほどまで雷巌が縛り付けられていた御神木めがけて放り投げた。
べきぃっ!!
「ぐはああっ!!」
行尊は木の幹に叩きつけられ、地面に落ちる。
・・・・さすが雷巌殿。すごい力だ。
不老不死の体、どれだけ打ち付けられても、血も出ない。痛みだけが体に増えていく。
右手に石を掴み、何とか痛みに耐えて立ち上がる。
その瞬間。
ざんっ!!
背後から斬られた。
・・・・まさか・・・・後ろに・・・・・・熊丸?
行尊はゆっくりと前に、二歩・三歩とよろける。
「とどめを刺しなさいっ!!」
椿が香炉を高く掲げて叫ぶ。
・・・・今だ!!
行尊は右手に隠し持った石を思い切り投げつける。
かしゃああんっ!!
「きゃああっ!!」
行尊の投げた石は香炉に当たり、香炉は椿の手を離れ地面に転がった。
操られていた者たちが、バタバタと地面に倒れる。
「こ、香炉が!!」
慌てて香炉に手を伸ばす椿。
「もうよい、椿っ!!」
椿の伸ばした手の先に、雷鳥が立つ。
・・・・雷鳥・・・・。
「皇女様!なぜ、なぜ邪魔を!?」
「椿、もうよい。あの僧侶が言っておるように、幻丈も斎尾も死んだ。あの僧侶は嘘を言っておらん」
「ですが!それでは、わたしたちは何のために!!」
「わたしたちがやるべきことは他にある。もうここはよい。引くぞ」
「それでは、それではなぜ!わたしは母様を手にかけたのかわかりません!!」
「椿!!」
熊丸の声だ。
「熊丸・・・・」
椿が熊丸の方を見ながら立ち上がる。
「なぜ、なぜ!お頭を殺したっ!!」
「・・・・・・」
「お頭は、おまえがいなくなってからずっと、神仏にお前の無事を祈っていた!おまえが僦馬党に戻ってきても胸を張れるよう、賊まがいのことをやめるようにいつもおれたちに言っていた!ずっと、ずっとお前のことを気にかけていたのに!!」
「・・・・・はぁ」
椿は深く息を吐く。
「それが間違いだよ!どうしてわからないのかっ!?」
「何っ!?」
「あの女の間違いは二つ!ひとつは、わたしを産んだこと!もうひとつは、わたしを殺さなかったこと!!呪われた幻丈の血を、この世に残すことはあってはいけないのに!!」
「椿っ!!」
熊丸の刀を握る手に力が入る。
・・・・まずい!!
行尊の体が動いた。
「その刀で、わたしを斬ってみるがいい!!おまえに斬れるものなら!!」
椿が嘲笑うように叫んだ。
熊丸が刀を振り上げて椿に迫る。
行尊がその間に入り込もうとした、まさにその刹那。
行尊の脇を椿がすり抜けた。熊丸の前に出る。
「椿ぃっ!!」
雷鳥の叫びが聞こえる。
・・・・しまった!最初から・・・・斬られるつもりだった?
ざんっ!!
熊丸の振り下ろした刀は、椿の方から腹までを切り裂いた。
ゆっくりと、椿は血を噴き出しながら、くるくると舞うように倒れ込む。
ずしゃっ・・・・・。
「つ、椿ぃぃぃぃぃぃっ!!」
雷鳥の悲痛な叫びが境内に響いた。
行尊が椿の体を支えて抱え込む。
「椿・・・・お主・・・・どうして?」
「う・・・・ごふっ・・・・・う・・・・・・」
口から血を吐き出すと、椿の体から徐々に力が抜けていった。
・・・・・・。
「椿・・・・すまなんだ・・・・。こんなことになるとは・・・・・」
雷鳥の涙が頬を伝って地面に落ちる。
「お頭、椿!ふたりだけで逝かせはしない!おれも、一緒に!!」
熊丸が不意に声に出した。
「いけないっ!!」
行尊は熊丸に手を伸ばした。
「お頭、椿!最後まで守ってやれなかった!!すまない!!」
だが、熊丸は刀の刃を自分の首筋に当て、一気に引き抜いた。
それは何が起きたか理解する間もない、一瞬の出来事だった。
「・・・・・・幻丈・・・・・・死してまで、まだ罪深いことを・・・・」
行尊の心に暗いものが広がる。
自身が死なないからこそ、人の死は心に重くのしかかる。
この命を、少しでも分け与えることが出来たなら、どれほど楽だろう。




