5-22 波瀾ノ章 九
「お頭!蔵の扉が破られましたっ!!」
資孝が傷だらけの顔で走ってきた。相当雷巌に殴られたのだろう。
「なんだって!?」
榊御前が立ち上がる。
「まずい!ここの食べ物がすべてなくなる!」
行尊は立ち上がると、本堂を飛び出す。
「まったく、あんたらが来てからいい迷惑だよ!!」
榊御前が行尊に続く。
「面目ない!!」
蔵の入り口には人だかりができている。
「すまない、入れてくれ・・・・」
行尊が人をかき分けて中へ入る。
くちゃ、はぐはぐ・・・・。
「ああ、こんなに食い散らかして・・・・」
雷巌はまた我を失っているようだ。
「やはり馬の枯れ草では腹持ちしなかったのですね・・・・」
そう言って行尊は胸の前で指を二本立てて印を結ぶと、ふうと息を吐き出した。
「雷巌殿、御免っ!!」
そう言って雷巌の頭目掛けて思い切り錫杖を振り下ろす。
ごいぃぃぃぃん!!
・・・・・・。
雷巌はゆっくりと立ち上がる。
そして、振り向いて行尊の方を見る。
頭が割れ、額を血が流れている。
そしてその目は怒りに血走っている。
・・・・普通なら死んでいるくらい叩きのめしたつもりですが・・・・。
「さすが雷巌殿、と言っている余裕もなさそうですね」
錫杖をもう一度構える。
次の瞬間。
ばたああん!!
雷巌の巨体は床に倒れた。濛々と埃が舞う。
「・・・・・・危なかった」
額の汗を拭う行尊。
「ああ、あたしたちの糧が・・・・」
榊御前が惨状を見て嘆くように声を上げる。
「こんな山の上じゃ糧を得るだけでも大変な苦労なんだよ!とっととそいつを連れて出て行っておくれ!!」
・・・・ああ、怒らせてしまった。
「はい。ですがその前に・・・・」
・・・・あ、あの男がいない。本堂に置いてきてしまった!
「く、熊丸は!?」
行尊が言うと、榊御前は怒り顔のまま首を横に振る。
「しまったっ!!」
行尊が走り出す。
◇
・・・・・・似ている女。
その女が連れている娘。
目が合って・・・・・・。
「うう、頭が・・・・」
男は頭を抱え込む。
思い出せそうで出てこない。記憶は出てこようとしているのに、何かがそれに蓋をしているような感覚。
「・・・・お頭は甘いのだ。素性の分からぬ奴など、斬ってしまえばいいものを・・・・」
そう言うと、腰から刀を抜く。
そして男の首辺りに刃先を突き付けた。
・・・・あの時も、こうだった。
刀を突きつけられて・・・・必死に逃げて・・・・何日も、何日も。
そして鳥を見つけて・・・・空腹に勝てず、思わず飛び出してしまった。
それをあの娘に見つかって・・・・・・。
目が、怪しく・・・・。それと、匂い・・・・甘い、香の匂い・・・・。
「用はない!もう死ねっ!!」
「待てーっ!!」
ぎいんっ!!
熊丸の振り下ろした刀を、行尊の鉄の錫杖が受け止める。
「あ、危ない・・・・」
「またお前か!?邪魔するならおまえも斬る!!」
「待ちなさい!この男は雷鳥・・・・椿殿につながる何かを知っている!殺してはなりません!」
「知ったことか!!」
きいん!!
きんっ!!
熊丸が立て続けに振り下ろす刀を行尊が錫杖で受け止める。
・・・・まずいな。剣術では勝てない。
この男を連れて逃げるか?
その場合、雷巌殿は・・・・。
ま、いいか。
「御免!!」
行尊は男の襟首をつかむと、本堂の外へ飛び出す。
「ま、まてっ!!」
熊丸が追いかけてくる。
今はこの男の覚えだけが頼り!殺させるわけにはいかない!!
「おい!熊丸!!むやみに殺すんじゃないよ!」
遠くで榊御前の声がした。
熊丸が足を止めて、悔しそうな顔でこちらを睨みつける。
・・・・だが、このままどこかに身を隠した方がよさそうだ。
男の顔を見ると、目を大きく開いてわなわなと震えている。
行尊は男を肩に担ぎ上げると、森の中に入っていった。
◇
「・・・・とはいえ、このまま見殺しにはできませんよね」
その夜、行尊と男はそっと僦馬党の隠れ家に戻ってきた。
「・・・・あのう・・・・」
「ああ、あなたはあの木の陰あたりに隠れていてください。決して動かぬように」
「はい・・・・」
返事をすると、男は一番大きな木の陰に身をひそめた。
「さて、雷巌殿は・・・・」
山の高い場所だからか雲も少なく、月明かりで明るい。
足音を忍ばせながら、本堂の裏手に回り込む。
本堂の縁の廊下で、僦馬党の男たちが背を合わせて寝ている。
ふん!・・・・ふん!!
・・・・どこかで、雷巌殿の声・・・・ではないが、荒い息が聞こえる。
行尊たちが閉じ込められていたお堂の格子戸は壊れたままだ。
ここでもない。
ふん!・・・・ふうん!!
・・・・こっちか。
本堂の表に回る。
本堂の前には広い境内があり、大きな御神木がそびえ立っている。
そのあたりから声が・・・・。
ふんっ!!ふんっ!!
御神木の根元あたり、不自然な盛り上がりがある。
・・・・あれか。
そっと近づく。
大人五人ほどで手を伸ばしてやっと抱えられそうな大木。
その幹に、縄しか見えないほどぐるぐる巻きに、大きな何かが巻き付けられている。
「・・・・雷巌殿か?」
ふん、ふん!
「ええと、まともな雷巌殿でよいですか?」
ふん、ふん!!
・・・・信じるしかないでしょうね。
行尊は懐から取り出した短刀で、雷巌を縛っているぐるぐる巻きの縄を切り始めた。
ぶはっ!!
はらりと縄が落ちて、雷巌の顔があらわになる。
「生きていますか?というより、よく殺されませんでしたね」
ふんふん。
「もう、我を失うのは勘弁してくださいよ」
ふん・・・・ふん・・・・。
「反省はしているようですね」
そう言いながら、残りの縄も切る。
「ともかく、もう逃げましょう。手がかりは手に入れましたから」




