5-23 波瀾ノ章 十
「残念だが、そうはいかねぇ!」
雷巌の縄を切るのに手間取っていると、後ろから声がした。
「熊丸・・・・」
行尊が顔を歪ませる。
「うちのお頭は甘すぎる。だが、おれはそうはいかねぇ」
腰の刀をすらりと抜く。
行尊は雷巌の縄を諦め、錫杖を構える。
「行尊と言ったか・・・・。おまえだけは許せねぇんだ!」
熊丸が一気に前へ跳ぶ。
きぃん!!
ぎりぎりぎり・・・・。
熊丸が振り下ろした刀を錫杖で受け止める。
「わたしが何か、気に入らないことをしたということですかっ!?」
「ふざけるなっ!!」
熊丸が刃先を離して後ろへ跳ぶ。
「おまえが幻丈の弟子だということが気に入らんのだ!!」
「それは、まったく同感ですよ!!」
熊丸が再び斬りかかってくる。
きん!
きん!!きぃん!!・・・・・。
熊丸は立て続けに激しく打ち込んでくる。
かろうじてそれを受ける行尊。
・・・・昼間よりも動きが速い。本気ですね。
「その幻丈の弟子が、・・・・こともあろうに!!」
一瞬熊丸の手が止まった。
その瞬間に行尊は後ろへ跳んで間合いを取る。
「・・・・こともあろうに?」
「お頭に・・・・色目を使いやがって!!」
「・・・・は?」
・・・・ええと・・・・・。
「あなたのような美しいお方に巡り合うためですよ」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃないか。よく見るといい男だね、坊さんにしとくのはもったいないよ」
「ああ、あなたのためでしたらすぐにでも還俗いたしますよ」
・・・・あのことかな?
「あのう、わたしにとって、麗人との挨拶のようなものなのですが・・・・」
「おれが許せないのは、幻丈の弟子が、お頭にそんなことを言ったってことだ!」
熊丸は深く息を吸った。
「おまえ、幻丈がお頭に何をしたかわかっているのかっ!?」
・・・・そうか。深く考えていなかった。
少し考えたらわかることだ。
幻丈は色恋などに興味などないはず。女に興味があるとすれば、それは体で人を作ることが出来る・・・・子を産めるということだけだ。
椿が榊御前の娘ということは・・・・それは幻丈が何かしらの《《方法》》で、榊御前に子種を産みつけたということ。
それは、わたしが”うらやましい”と思って良いような《《方法》》ではなかったということか。
「・・・・わたしはやはり、腐れ生臭坊主ですね」
行尊はつぶやく。
「それなのに、お頭は甘すぎる。荷を奪っても、人の命を奪うことを良しとしない。己の身を守る以外では、敵も殺すなと言われているんだ!・・・・あんなに、辛い目にあったのに・・・・!」
・・・・・・。
そうか。わたしが幻丈の弟子と言った時に走った殺気はそのためだったのか。
椿は望んで生まれた子ではなかった。
だが、榊御前は子を産み、育てた。
滅創衆・・・・雷鳥には、霊力を持つ幻丈(斎尾)の子が必要だったのかもしれない。それで、椿を連れ去った。
僦馬党が滅創衆を恨むのも当然ということか。
「・・・・わかりました」
行尊はその場に足を組んで座り込む。錫杖を傍らに置き、両手で印を結び、続けて胸の前で手を合わせる。
「わたしの首を落としなさい」
「・・・・・・」
「わが師のしたこと、榊御前にとっても、僦馬党の者にとってもとても辛いことであったのでしょう。わたしとしても師のことは許せません。できるならもう一度、この手で殺したい」
ゆっくり目を閉じる。
「あなたにできるなら、わたしの首を差し上げます」
・・・・・。
ゆっくりと熊丸が近づいてくる。
目を閉じていてもわかる。いや、閉じているからこそ強く感じる。
すごい殺気だ。
本気で殺そうとしている。
ふんっ!!ふん、ふんっ!!
雷巌の激しい息が聞こえる。
・・・・雷巌殿を生かしておいたのはわたしをおびき出すため。そして、本当に殺したかったのは暴れた雷巌殿でもあの男でもなく、わたしだった。
ならば・・・・。
目の前に熊丸が立った。
ゆっくりと刀を振り上げる。
ふんっ!!ふんっ!!
雷巌が暴れる。巨大な御神木がミシミシと音を立てる。
「覚悟!!」
熊丸の咆哮が境内に響いた。
「やめなっ!!熊丸っ!!」
榊御前の声だ。
「兄ぃ!!何を勝手なことしてんですかっ!!」
資孝や他の子分たちもわらわらと出てくる。
「熊丸、あんたの気持ちはうれしいけど、あたしたちが人殺しばかりしていたらもう運び屋には戻れなくなっちまうよ!あたしはね、僦馬頭を元の運び屋に戻したいんだ!大手を振ってあんたたちが街道を歩けるように!こんな糧もない山奥に隠れ住むこともなくて、もっと明るいところを堂々と歩けるようにしたいんだよ!山賊になんかなりたくないんだ!!」
「だが、お頭!おれは・・・・幻丈が許せない!そして、椿を連れて行った滅創衆も!!」
「落ち着きな!そこの僧侶は幻丈でも滅創衆でもないよ!」
・・・・・・う、うう。幻丈ではないが、滅創衆だ。いや、だった。
「・・・・あのう」
とても間の抜けた声がその場に響いた。
行尊は目を開ける。
あの男だ。
その後ろには何人かの人影・・・・。
さっきまで野良仕事をしていたような格好の老若男女。十人ほど。いや、それ以上か。
行尊はこんな光景を、たしかに鷹根峠で見た。
あの時の光景が脳裏をよぎった。
そして、ずうん、ずうん・・・・という地面を響かせる足音。
こちらへ近づいてくる。
「・・・・戦御体っ!」
その巨大な黒い影は月を背にして行尊たちの前に立ちはだかった。
そして、女の声がその戦御体の中から響いた。
「ここに、行尊という僧侶が逃げ込んでいると聞いた!渡してもらおう!」




