5-20 波瀾ノ章 七
「わたしの師は、幻丈という僧侶です。長く緋家に仕えていました」
行尊はため息をつくように話し始めた。
「幻丈の弟子っ!?」
榊御前が顔を引きつらせて声を上げる。
それと同時に熊丸が刀を抜き、行尊の首元に当てた。
「・・・・・・落ち着いてください。話はこれからです」
行尊は静かに言う。
「その様子ですとご存じでしょうが、その幻丈はありとあらゆる学業に天賦の才を持っており、若くして医術や占術、ひいては妖術にまでその才を発揮していました。そしてわが師は滅創衆の破導、斎尾の名を騙り、各地を回って人の命を使った験しとして、この世にはない命を生み出そうとしてきたのです。わたしはその後を追い、あってはならないものをひとつひとつ消してきました。いうなれば、わが師の後始末をして旅をしてきたのです」
「・・・・・・」
「そして幻丈は鷹根峠でわたしがとどめを刺しました。・・・・あれが、本物であれば、ですが」
「まことか?」
榊御前は行尊を見下ろす。
「はい。偽りなく」
行尊はいつものニタリ顔で榊御前を見上げる。
「さて、では伺います。僦馬党と幻丈にはどのような関係がおありですか?」
「・・・・あの子の・・・・椿の、父親だよ」
◇
榊御前はそれ以上詳しくは話してはくれなかった。
行尊は本堂を出て、雷巌のところへ向かう。
・・・・なかなかに重いことを聞いてしまいましたね。
まさか師がこんなところで子を作っていたとは。
時期としては、幻丈が斎尾になる前。それよりも前かもしれない。幻丈が言浄という名だった頃かもしれない。
ということは、わたしを筑波に置いて姿を消してすぐ、こんなところで女にうつつを抜かし、子供まで作っていた!?しかも、あんな麗人!若いころはもっと美しかったろう!
・・・・・・悔しい!!
とはいえ、瑞奈殿に言い寄るわたしも同じか。
師のことは責められない・・・・。
・・・・とは思いたくないな。悔しいから。
「で、雷巌殿、いつまで馬と枯れ草を取り合っているのですか?」
「ふーっ!!」
「ぶるぶるぶるっ!!ひぃーん!!」
◇
ふん、ふん。
雷巌が頷く。
「で、結局ここにいる方たちは雷鳥の居場所を知りませんでした」
ふんふん。
「それはそうですよね。わかっていたら娘を取り戻しに行くでしょうから」
ふんふん。
「雷鳥と一緒にいた娘の名前が”椿”らしい、とわかっただけでも収穫がありました」
ふんふん。
「幻丈の後始末はずっとこんな旅でしたからね。手がかりもなく、ただただ怪奇な話があれば、そこへ行って妖を退治する。わたしは慣れていますよ」
ふんふん。
「出来れば椿という娘をここへ連れ帰ってあげたいのですが、あの娘、鷹根峠で見た時は雷鳥と一緒にいるのを嫌がっている風でもありませんでしたからねぇ。むしろ、雷鳥の手をひいてあげているというか・・・・」
ふん・・・・・。
「わたしは人の顔は一度見たら覚えてしまう方なのです。あの娘、確かに榊御前の面影がありました。よく思い出してみると、確かに美しい顔立ちだった・・・・・・」
「?」
「・・・・師のことを父上と呼ぶべきでしょうか?」
「・・・・・・」
ふるふる。雷巌が首を横に振る。
「じょ、冗談ですよ。わたしは瑞奈殿だけですからっ」
「・・・・・・」
じとっとした目で行尊を見る雷巌。
「それはそうと、いつまでもここにいても仕方ありません。野宿はできればしたくありませんので、明日にはここを出ましょう」
ふんふん。雷巌が頷いた。
◇
その翌日の朝だった。
「お頭!!お頭!!」
資孝が本堂の前で叫ぶ。
「・・・・今度はなんだ」
熊丸が本堂の格子戸をあけて顔を出す。
「また怪しい奴を連れてきました!!」
「またか・・・・」
資孝が持つ綱の先に、職人らしい格好のみすぼらしい男がつながれている。
髪はぼうぼうと伸び、髭はびっしりと生えて顔を覆っている。
「なんだか汚らしい男だねぇ」
榊御前が本堂の奥から言った。
「どうします?こいつ」
資孝が言うと、熊丸が顎を裏手の方へ動かす。
「へい!あいつらと一緒に閉じ込めておきやす!」
◇
「おまえたち、新入りが来たぞ!」
そう言って、資孝はみすぼらしい男をお堂の中に放り込んだ。
どん、と音を立てて男が床に転がる。
「それと、もう壊すんじゃねぇぞ!馬の干し草ならくれてやるからよ!!」
資孝は少しおっかない顔で雷巌を見て言うと、壊れかけた格子戸を閉めて閂をかけた。
「・・・・まったく、あんな格子戸など無駄だというのに」
ふんふん。
「で、あなたは誰ですか?」
放り込まれた男に声をかける。
「わたしは行尊。ただの旅の腐れ生臭坊主です。こちらは相棒の雷巌」
「・・・・・・」
男は伸び放題の前髪をかき分けて行尊を見る。
・・・・薄汚いが、それほど歳をとっているようではない。
といっても、顔は髭と髪で隠れていてほとんどわからないが。
「・・・・どうしました?」
行尊が不思議そうに男を覗き込む。
「・・・・・・おれは・・・・・・」
「はい」
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
「誰だろうか?」
「ええと・・・・知りませんよ。それを聞いているのですが・・・・」




