5-05 影狼ノ章 五
「ほら、喰え」
大根を切っただけのものをざるに乗せて、文成は昭基の前に差し出した。
昭基は嫌そうな顔をすると、そっぽを向く。
昭基は来迎院へ連れてこられてからまったく人と話そうとしない。
暴れる様子こそないものの、いつも顔を顰めていた。
「喰わねぇと、おれが喰う」
文成がそう言って大根に手を伸ばそうとしたので、昭基は慌てて手を伸ばす。
ざるごと抱え込むと、ぼりぼりと齧った。
「げほっ!げほっ!か、辛いっ!」
「慌てて喰うな。もったいねぇ」
文成はそう言うと昭基の前にどっかりと座り込んだ。
「おめぇ、いくつだ?」
「・・・・・・」
「言いたくねぇか?」
「・・・・・・」
「ならいいが、もうすぐ宗影様がここへ来る。そんときゃあ、ちゃんと話せ」
「・・・・」
昭基は眉間にしわを寄せて辛い大根を口に押し込んだ。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
文成と昭基は向かい合っているが、言葉を交わすことがない。
無言のまま、時間が過ぎる。
その時、障子が開いて宗影と恒影のふたりが入ってきた。
「昭基、機嫌はどうだ?」
宗影がそう声をかける。
その時初めて、昭基は息が出来たような気がした。
「・・・・・」
「まあ、何も言いたくないならそれでいい。では、黙っておれの話を聞け」
文成は場所を開けて横へずれる。その昭基の正面に宗影が腰を下ろす。
「おまえの父上に、おまえと引き換えに和議を申し入れた。だが、あっさりと断られた」
「・・・・・」
「正直に言おう。そうなると、われらとしてはおまえを生かしてここに置いておく理由はなくなった」
「!」
昭基は下を向いたまま、体がビクッと震えたのが自分でもわかった。
「よって、おまえの首を落とし、吹原の孝基の元へ届ける」
昭基の頬を汗が流れる。
「・・・・好きに、しろ」
絞り出すように、昭基が言った。
不意にどん!という音が隣で聞こえた。
文成が床を拳で殴った音だ。
「・・・・だが、な」
宗影が続けた。
「もうすぐ伊豆の軍勢がこちらへ攻めてくる。まずはおれたち、木曽を討つつもりだ。そして、吹原。緋家を討伐する。要するに、いずれ緋家は伊豆と戦うことになる。わかるか?遅かれ早かれ、緋家は伊豆と戦うことになる」
・・・・?
「・・・・それが、どうした?」
昭基は掠れた小さな声で言った。
「そこでだ。おまえにはおれたちと共に伊豆と戦ってもらう」
「は?」
何を言っているのだろう?
敵と一緒に戦えというのか?
「で、出来るわけないだろう?敵と一緒に戦えというのか!?」
「考えろ。敵の敵は味方だ。おまえが吹原にいたとしても、いずれ戦う相手だ」
「それでも、おまえたちを味方とは思わん!!」
「おれもそう思っていた。おまえの首を斬った方が、孝基にとって苦しいのではないかと思ったからだ。だが、そこの文成が、どうしてもおまえを殺すことに反対したのだ」
「え?」
宗影が文成の坊主頭を見る。昭基もその視線の先を追う。
文成は膝をついて頭を下げたままだ。
「文成は強情に何かを言うことなどない男だ。それが、おまえのこととなるとどうしてもむきになってな。おれも根気で負けた。そこでだ、おまえがおれたちの仲間として敵と戦うなら命までは取らんと約束した」
「・・・・・・」
「お前も武士なら土壇で首を落とされるより、戦場で死にたいだろう?」
昭基はがっくりと力が抜けるのを感じた。
選ぶことなど許されていない。
当たり前だ。おれは捕まってここにいるのだから。
「おまえのことは全て文成に任せる。おまえの乗っていた戦御体・・・・朱獄だったか?あそこから運んで、御体匠に直させた」
「・・・・最初から、そのつもりだったのか?」
昭基が絞り出すように言う。
「ああ。まあな」
宗影は立ちあがりながら、昭基を見下ろした。
「ただ、色は白く塗らせてもらった」
◇
「本当に大丈夫ですか?」
昭基の部屋を出た後、恒影は心配そうな顔で宗影に言った。
「まあ、文成を信じるしかないな。それに今の我らにとって、御体繰り手は喉から手が出るほど欲しい。伊豆が来るまでに、文成があの子をどこまで育てられるか、だな」
「・・・・はい」
そう言いながらも、恒影の顔から心配は消えなかった。
◇
次の日から、昭基は文成に無理やり剣の稽古をさせられた。
それは、何の説明もない。
ただただ昭基が文成に飛び掛かってはじき返されて地面に転がる。それの繰り返しだった。
「今日も怪我したのですか?」
澄玲が昭基を見てため息をつく。
「何をしたらこうも毎日傷だらけになるのでしょうね」
昭基の膝の血の滲む擦り傷を濡れた布で拭く。
「痛っ!」
「もう、痛いに決まっていますよ。傷なのですから・・・・」
「おれは、悔しい」
「はい?」
「どうして、おれはこんな目にあっているのか・・・・。兄者たちと同じように、戦に出て、手柄を立てて、喜んで欲しかったのに・・・・」
「それには、せめて文成に勝てるように強くならなくてはいけませんね」
「あいつ、何も言わないでぶつかってくるだけなんだ・・・・」
「・・・・それではわからないでしょうね」
「どうしていいか・・・・」
昭基の目から涙が溢れ出た。頬を伝う。
「悔しいのですね?」
昭基は袖で涙を拭いながら頷く。
「わかりました。明日から、わたしが指南してあげましょう」
澄玲が昭基の目をまっすぐ見て言った。




