186 花舞ノ章 八十九
「瑞奈様、これ!白結丸様が着てって貸してくれました!」
ちょっと不満そうに言う蓮華。
「ふふふ、ありがとう」
にっこりと笑う瑞奈。
「皆様、わたし、今から装束を身に着けますので、絶対にこっちを見てはいけませんよ!!」
と大きな声で言う瑞奈。
「・・・・・・はい」
しおながもちだけが小声で答えた。
「狐白丸、皆がこちらを見ないように見張っていてくださいね」
「おん!!」
「では、わたしもあっちに行ってましょうか?」
「いえ、蓮華殿、ここにいてください」
蓮華の手を掴む瑞奈。
「あ、はい。着物のお手伝いをしましょうか?」
「いえ、そうではありません・・・・・」
瑞奈の目が、蓮華を見つめる。
吸い込まれそうな目・・・・。
蓮華のあこがれる、瑞奈の美しい目。そこに、自分が写っている。
「瑞奈様・・・・」
「わたしね、蓮華殿がいなくなって、とっても心配で、寂しくて。でも、自分に戦う力がないことが本当に悔しかった。それで、体を壊して、情けなくて・・・・」
「・・・・・」
「でも、蓮華殿と話していたこと、いろいろ思い出して。霊力を使い切れば体調が戻るとか、御霊石に触れていれば、重たいものが動かせるとか・・・・。だから、こうして無事に蓮華殿に会うことが出来た。本当にうれしいのです」
「・・・・瑞奈様、わたしも、こうしてもう一度お話で来て、こんなに嬉しいことはありません。瑞奈様のこと、すごく大好きなんです」
蓮華が言うと、瑞奈はふふっと笑った。
「わたし、またおかしなこと言ってしまいました?」
ちょっと頬を赤くする蓮華。
「いえ。言おうとしたことを、先に言われてしまいました」
「?」
きょとんとした顔で瑞奈を見る蓮華。
「蓮華殿が想い人と再会できたのは、本当にわたしもうれしいのです。蓮華殿のうれしいことは、わたしにとってもうれしいことです。でも、・・・・こんなに大好きなのに、・・・・・このままあの方に蓮華殿を返してしまうのは、・・・・わたし、ちょっと悔しいです」
瑞奈は少し頬を赤く染める。唇を噛む。
「瑞奈様。わたし・・・・」
「だからね!」
蓮華の言葉を切る。
「蓮華殿の”初めて”をひとつだけわたしのものにしようと思います。そうすれば、蓮華殿の中にいつまでもわたしが残るから・・・・」
瑞奈は蓮華の頬に手をあてて、蓮華の唇と自分の唇を重ねた。
驚いて目を大きく開けた蓮華は、次第にゆっくりと目を閉じた。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
そしてゆっくりと唇を離す。
「ありがとう。蓮華殿」
そう言って微笑む。
「・・・・・・」
・・・・・・今、何があったんだろう?
蓮華の中にいろいろなものが駆け巡る。
ゆっくりと、恥ずかしさが込み上げて、顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
瑞奈の顔が見れなくて下を向く。
「あ・・・・・あ・・・・・・・・あー・・・・・・」
言葉にならない。
「二人だけの秘密です」
そう言う瑞奈をちょっとだけ見上げる。
にこっと微笑む瑞奈。
「・・・・ずるい。綺麗な人は何しても許される。ずるい」
声にならないくらい小さな声で蓮華がつぶやいた。
「だ、だけど!!」
「は、はい?」
「瑞奈様、酔っていらっしゃいますね!!もう、これだから!!わたしだからいいようなものの、殿方だったら大変なことになってますよ!もう、裸でそんなこと、もう!もうっ!!」
・・・・耳まで真っ赤!顔が熱い!何が何だかわからない!!
「もうお酒はだめですっ!!」
・・・・・・。
すこし呆気にとられた顔をした瑞奈は、すぐに真顔を取り戻してにっこり微笑んだ。
「ふふふ。わたしがおかしなことをしそうなときは、蓮華殿が止めてくださいね」
「あ、あ、あ、あたりめぇですっ!!絶対にめぇを離しませぇんからねっ!」
「あの・・・・・・」
瑞奈が装束を身に着け、「これ、ちんちくりん」とつぶやいた時だった。
貝元康が皆に口を開いた。
「元康様」
「そういえば、お主おったのぅ」
「誰?」
口々に言う。
「天狗様、蓮華様、瑞奈様・・・・何か忘れていませんか?」
「・・・・・・ええと、まず、考えよう。ここはどこじゃ?」
辺りには白い花が咲き乱れている。眺めはいい。朝日が昇ってきている。とっても清々しい、高原の朝。
「わし、なぜこんなところにおるんじゃっけ?」
惟正は頭をひねる。
「うーん・・・・思い出せん。元康!元康!」
返事はない。
「またあいつ、主のわしを置いて、旨いものでも食っておるな!あとで折檻じゃ!」
斎尾は腹の傷から血をぽたぽたと落としながら、杖をついて蔵から逃げ出した。
「早く、早くわしの脳を取り出さなければ、血が流れ過ぎて失ってしまう・・・・。わしの記憶、詰め込んだ素晴らしい遺産が・・・・。わしが死ぬわけにはいかん。この素晴らしい財産の数々が・・・・」
能見がつけた傷は思うより深い。流れ出る血が止まらない。
「早く・・・・早く・・・・」
足を引き摺るように歩く。
「おやぁ、こんなところでお会いするとは!」
軽い声が聞こえた。
声の方を見る。
「い・・・・斎尾!?」
「おや、あなたにその名前で呼ばれるとは、滑稽ですね。あなたのおかげで、わたしは斎尾を名乗ることが出来ないというのに」
そう言うと、行尊はニタリ顔の目をきらりと光らせる。
「でしょう?・・・わが師、幻丈殿!」
「お、お主・・・・なぜ生きて・・・・はっ!もしや!!」
「そうですよ。あなたは天与の才をお持ちだ。わたしはこの通り、不老不死として蘇りました」
「そ、そうか!!わしはやはり、命を創ることを成したのか!すばらしい!」
「はい。そして、あなたが造ったわたしの『最強の体』は、あなたが造った『最強の毒』にも打ち勝ちました」
「ああ、わが弟子、斎尾!わしの脳を、どこかへ移せ!この体はもう駄目じゃ!わしはこのままでは死んでしまう!この素晴らしい知識、命さえ生み出せるこの才能を、失うわけにはいかん!そしてお主がいれば、『永遠の王』を創り出せる!」
行尊たる斎尾の、錫杖を持つ手に力が入る。
「そうですかぁ。残念ですねぇ。まず、あなたがそもそも、わたしを殺して滅創衆を乗っ取ろうとしたのがいけないのです。能見はわたしを見て、それに気づきました。あなたが斎尾でないことに。そして、相棒の桑谷が幻丈として殺されたということに。破導でないあなたの言うことを聞いて、たくさんの命を奪ってきたことに。そしてあなたを止めるべく、乗り込んでいったのです。わたしの毒が抜けるのが少し遅かったのが悔やまれます。能見を止められませんでした」
「そんなことはどうでもいい!わしの脳を!」
「大切なことなのですよ。わたしが、あなたに、とどめを刺す理由を話しているのですから」
「なにっ!?わしの命などどうでもいい!この脳に詰め込まれたすべてを残すのじゃ!」
「残念です。最後までわかっていただけないとは・・・・」
行尊は手に持った錫杖の鞘を抜く。そして仕込み杖の刃をきらりと光らせると、次の瞬間に一閃した。
幻丈の首がごとり、と落ちる。
血を噴きだして、ゆっくりと体が倒れた。
幻丈の顔には悔しさや恐怖はなく、焦りしか浮かんでいなかった。
「あ・・・・・この体の殺し方、聞くの忘れてました・・・・。嫌ですね、わたしとしたことが・・・・。怒りで我を見失うとは・・・・修行が足りません・・・・・」




