187 花舞ノ章 九十
「そういば、淡影殿はどうしてあそこに?」
「ああ、御前様に言われたんだ」
義陽が聞くと、風結の中から淡影が答える。鼻の頭を掻く風結。
「ああ・・・・・姉上が・・・・」
義陽はそれだけで想像がつく。
「暗くなる前に帰ってくると言った義陽が、まだ帰ってきません!何かあったに違いないのです!あなた、探しに行きなさい!」
と言ったのだろう。
淡影殿、姉上にまでこき使われて可哀そうに。
「あの場所は、ミカナがすぐに見つけてくれた」
「すごいですね。なんとも使い勝手の良い娘ですね」
「それ、本人に言わないでくれよ?機嫌を損ねるからな」
『聞こえとる』
「うわっ!」
風結の中にいるときは、ミカナの声は淡影にしか聞こえない。
「どうしました?」
「いや、ミカナが起きてた」
『あんな大騒ぎしておったら寝られるものも寝られんわ』
「ああ、そりゃあそうだ」
『おれの装束をあの娘に貸してしまうから、おれは出られんようになったのじゃ!おれは裸でも構わんが』
「すまない、まだ起きてこないと思ったから・・・・」
『淡影がおれを裸にして一晩中連れまわしたことにしてやろう。嶺巴や伊佐にも自慢してやる』
「それはご勘弁を・・・・」
何かわからないが淡影殿が謝っている。
「淡影殿、男前なのにいつも女に泣かされてばかりおるな」
もしゃもしゃが義陽に言う。
「・・・・聞こえますよ」
義陽は人差し指を口に当てた。
義陽ともしゃもしゃ、淡影の三人は先に関ノ府へ戻ってきていた。
瑞奈たち三人は御体車を取りに戻って行った。
「どうしても紫雲を運びたいのです!」
と蓮華が譲らなかったからだ。
「とりあえず、瑞奈殿が宗近殿に会えるように整えねばなりませんね」
「木曽宗影の使いだって?」
義陽ともしゃもしゃは馬に揺られながら関ノ府の町へ入る。
「そうらしいですね。木曽は葦野原で緋家に敗れてから虫の息と聞いていますが・・・・」
「おおい、義陽殿!虫の話はやめてくれ!」
もしゃもしゃは頭を掻きむしる。
「別に虫の話をしているわけでは・・・・・」
「虫と言うでない!頭からあの羽音が離れんのだ!」
「・・・・・虫」
「やめいっ!」
「虫」
「義陽殿っ!!」
「冗談です。どのみち朝廷から木曽討伐の勅旨が来ていますから、関ノ府が完成した今、討伐軍が出るのは時間の問題です」
「・・・・そうなると、総大将はやはり侍所別当のおれが・・・・」
「おそらく淡影殿でしょうね」
「えー!!」
「あの人の強さは別格ですから」
そう言って風結を見上げる。
風結は頭の後ろに手を当てて、へこへこ頭を下げながら歩いていた。
・・・・まだ謝ってる。
「はい、ごめんなさいは!?」
「・・・・ごめんなさい」
何というか、明日は我が身。
関ノ府の武政殿へ着いた途端、入り口で藤月が待ち構えていた。
「義陽、暗くなる前には帰ると言っていたではありませんか!?昨夜は子供たちが泣いて大変だったのですよ!!結局、わたしも眠れなくて、朝まで義陽を待っていたのですからね!」
「はい、ごめんなさい」
「ごめんなさい以外に言うことないの!」
「ごめんなさい」
「謝ればいいと思って!」
「姉上がごめんなさいと言えと・・・・。あまり怒るとお腹の子に障りますよ」
「義陽のせいで怒っているのですよっ!!」
こうなると何を言っても無駄だ。
・・・・父上や母上でもおれに小言を言うことは最近全くないが、姉上はいつまでもおれの保護者らしい。
「まあまあ、御前殿。義陽殿も子供ではないのだし・・・・」
ぎろっ!?
「そういうわけで、義陽殿!またあとで会おう!」
もしゃもしゃが姉上の睨み一喝で戦線離脱した。
「と、ともかく、おれは宗近殿に話したいことがあるのです。姉上の小言は後で聞きますよ」
「ねぇ、天狗殿。あの腐れ坊主はどうしたのですか?」
峠道を歩きながら瑞奈が聞く。
狐白丸が大きくなって御体車の綱を咥えて牽いている。すれ違う旅人がぎょっとした顔でこちらを見ては足早に逃げて行く。
「わからん。頂においてきてしもうたからな。死なない坊主じゃから、生きてはおるじゃろう」
「・・・・逃げたな、あの腐れ坊主」
瑞奈が眉間にしわを寄せる。
「この先にいるのではないか?」
「やめてください」
・・・・・どうしよう!?瑞奈様の顔が見られない。
ちらっとでも顔を向けると、どっどっどっと鼓動が高鳴って、言葉が何も出てこない。
顔が真っ赤になるのがわかる。
「蓮華殿、風邪ですか?」
瑞奈が悪戯っぽく蓮華の俯いた顔を覗き込む。
「い、いえ!そ、そ、そ、そ、そんな!」
「顔、赤いです」
「ももももももももと元々、赤い顔ですっ!」
「熱はないようですが、ちょっと熱いですね」
瑞奈が額をくっつける。
・・・・ち、近いっ!!
蓮華の視界いっぱいに瑞奈の顔が広がる。その目が蓮華を見つめたままで・・・・ゆっくりと閉じる。
・・・・く、来るっ!
思わず、ぎゅっと目を閉じる。
唇を尖らせる。
「ふふっ!」
瑞奈は微笑むと、蓮華の唇に人差し指でちょん、と触れた。
「あ・・・・ああっ!瑞奈様っ!!本当にずるい!」
悔しがる蓮華。
鷹根峠の山頂。
白い花が咲き乱れる場所。
遠くの岩肌がすべて緑で覆われる、野鳥たちの楽園。
街道を通る人たちが、険しい峠道を越えて、心を癒す場所。
「綺麗っ!!」
蓮華が思わず大きな声で言った。
「はい、すごく綺麗!!」
瑞奈が両手を広げて白い花と戯れる。
「おん!おん!」
狐白丸が瑞奈のまわりを飛び跳ねる。
蓮華はその瑞奈の姿に見惚れる。
まるで、天女様・・・・。
「蓮華殿も!」
瑞奈が蓮華の手を引いて走り出す。
そしてふたりは草原に仰向けになって空を見上げる。
真っ青な空。ただよう薄い雲。土の匂い。風にそよぐ草が肌をくすぐる。
ふたりはそのまま手を強く握る。
旅がもうすぐ終わる。
この峠を降りたら、・・・・。
でも、この瞬間に心を満たすのは達成感。
ふたりは顔を見合わせ、大きな声で笑った。
幸せとは、一瞬のこんな刻のことなのかな、と瑞奈は思った。
「お前たち、ずっと仲は良かったが・・・・なんというか、その、今までとは何か・・・・まあ、仲良いな・・・・」
天狗がぼそっと呟いた。
その数か月後。
蓮華の目の前の瑞奈は、薄暗い牢の中にいた。
あの夜、宴の夜。
瑞奈が舞を披露していた。
それだけのはずだったのに。
「瑞奈様、どうして・・・・・・」
・・・・・・・・。
長い沈黙の後、瑞奈はゆっくりと顔を上げて、その可憐な唇を少しだけ開いた。
「わたしは・・・・・」




