185 花舞ノ章 八十八
風結の太刀の刃が御霊石に触れた瞬間だった。
「えっ!?」
淡影は何かを感じて咄嗟に振り下ろす太刀を止めた。
そのまま後ろへ飛んで、距離を取る。
「義陽殿、淡影殿が来てくれたのだ・・・・おれはもう腕が上がらん・・・・」
「おれも、もう限界です・・・・」
もしゃもしゃと義陽の腕が悲鳴をあげ始めた時、まわりにいた死体たちがバタバタと力を失って倒れ始めた。
「・・・・・・淡影殿、やったのか!?」
義陽が風結の方を見上げる。
「白結丸様っ!!」
蓮華が叫ぶ。
淡影には何が起きているのか、わからなくて立ち尽くしていた。そもそもこれが何なのかわからない。
「御霊石の中に・・・・人がいるのか?」
ぼんやりと緑色に光る石の中に、うっすらと人影が見える。眠るように石の中に漂っている。
「これは・・・・・」
淡影がつぶやいた時だった。
御霊石の光が増し、あたりを昼より明るく照らした。
「うっ!?」
淡影が目を覆う。
「なに!?」
蓮華、天狗、義陽ともしゃもしゃ、直視できない強い光にあたりが包まれた。
・・・・以前、蓮華殿が教えてくれたのです。御霊石に触れると、重たいものが持ち上がるって。だから、持ち上げてみますね。
鉄でできた巨大な甕。
ずずずず・・・・・・。
ゆっくりと動き始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと、・・・・まばゆい光の中、巨大な甕が宙に浮く。
ぼこっ!
変な音がして、甕の横にくぼみができる。
ぼこっ!ぼこつ!!
まるで、強い力で叩きのめしたように、鉄の甕がへこみ、中の青い溶液があたりに飛び散る。
「みな、離れろ!」
天狗が叫んだ。
全員が、眩しい光に目を覆いながら、後ずさりする。
ばううううううんんんん・・・・・・!!!
ぼこぼこにへこんだ甕は、まるで紙を引き裂くように割れた。
割れた甕の中から、青い溶液が雪崩のようにあふれ出す。
そしてその溶液とともに、甕の中にあった巨大な脳がでろり、と姿を現した。
何千本とも見えるような管がいたるところに繋がれている。
・・・・・・・。
ぼうううん!!
そして一瞬の静寂の後、その脳は内側からはじけるように飛び散った。
「・・・・なにが、起きた?」
淡影がうっすらと目を開ける。
直視できなかった光が、ゆっくりと収まっていく。
「・・・・・あれは・・・・荼枳尼天か・・・?」
狐に跨った、人影。
光を放ちながら、ゆっくりと降りてくる。
狐はあたりを飛び回り、長い布を見つけて咥えると、ゆっくりと蓮華たちの前に降りてきた。
人影は狐の背中から滑り落ちるように床に座り込むと、狐はその体を咥えた布で覆った。
「瑞奈様ーっ!!」
蓮華が駆け寄る。
「蓮華殿・・・・無事ですか?」
「はい!無事ですっ!」
瑞奈の体を抱き締める。
「よかった・・・・」
「よかったです・・・・瑞奈様・・・・・」
「瑞奈、無事か・・・・・」
天狗面の下から、涙が流れ落ちる。
「はい、天狗殿。傷もありません。毒を打たれましたが・・・・」
「毒を!?」
「はい。少しだけ手足が痺れている気がしますが、わたし、狐白丸の血を吸ったおかげで毒に強くなっているみたいです」
「・・・・そうか。あの時の・・・・」
大百足に噛まれた狐白丸の毒を吸いだした時のことだ。
「・・・・もともと神獣は毒に強いようだからな」
「はな、大丈夫ですか?」
「・・・・・誰ですか、あなたたち?」
「え?」
義陽ともしゃもしゃは顔を見合わせる。
「あの、話し方が変わりましたか?」
義陽たちの知っている瑞奈は幼い子供のようだった。だが今、目の前でこちらを見ているのは幼い少女の目ではない。
「ええと・・・・わたし、子どもになっていた時のことは覚えておりませんので・・・・」
「だが、子どもになっていたことは覚えておるのか?」
もしゃもしゃが言う。
・・・・髭ぼうぼうの冴えない顔のくせに、鋭いところを突いてくる。
「はい、知りません!しおながもちもさくら煮ごろごろも覚えていないのですっ!」
・・・・嘘だ。恥ずかしいところはちゃんと覚えている。覚えていないふりをして忘れたい。
「だが・・・・」
「もう、わたし、何も身に着けておりませんで、殿方はあっちを向いていてください!!」
瑞奈が布切れを体に押し当てる。
「ぐるるるる・・・・・」
狐白丸が二人を睨んで低い唸り声をあげる。
「あ、すみません・・・・・」
天狗としおながもちとさくら煮ごろごろが済まなさそうに背中を向ける。
「ええと、何も見ていないので・・・・・」
「当たり前です!」
「瑞奈様、ちょっと待っていて下さいね!白結丸様から、着物を剥ぎ取ってきます!」
「は?あの、ちょっと!」
蓮華は行ってしまった。
「天狗!それにお蓮!!どうしてこんなところに!?」
風結から降りた淡影は二人を見て声を上げた。
「まさか、白結丸に救われるとはのう。わしも老いたなぁ」
頭を掻く天狗。
「・・・・・白結丸様・・・・」
「ん?」
・・・・・・。一瞬の沈黙の後、にこっとする蓮華。
その笑顔は、鬼よりも怖いことを淡影は身をもって知っている。
「あ!」
「『どうしてこんなところに!?』じゃないでしょうっ!!あんたがわたしたちを置いて行ったからこっちから来たんでしょうがっ!!」
ぎりぎりぎりぎりぎりっ!!
「いてててててっ!ほっぺ、つねらないでぇっ!!」
・・・・・あれが、蓮華殿の想い人ね。確かに色男。だけど、蓮華殿にかかると、色男も形無しね。
瑞奈は二人を見つめると、ちょっとだけ笑みを浮かべた。
・・・・でも、妬けちゃうな。
「あ、これ・・・・。あの娘に着せてやって・・・・」
淡影が差し出したのは、女物の装束。
「・・・・・どうして白結丸様が女物を?」
蓮華の姿勢が波のように引いていく。
「おれが着るんじゃない!ミカナのものだから、少し小さいかもしれないが・・・・」
「・・・・・・・ミカナ?」
蓮華の顔が一気に険しくなる。
「あ、ああ。あの、それについては後で詳しく話す」
「・・・・・・そう。で、そのミカナ様の衣裳を、白結丸様が・・・・」
「あ、えーっと、はい」
「で、そのミカナ様は今、何も着ていらっしゃらないのですね?」
「あ、はい。そうなりますね・・・・」
「あ、と、で、ゆーーーーーーっくり、聞こうじゃありませんか?」
「・・・・・・はい」




