184 花舞ノ章 八十七
「ぐはぁぁぁっ!!」
能見は口から大量の血を吐き出す。
全身が焼けるように痛い。体中の血管を切り刻まれているような、耐えがたい痛み。
目は血走り、体が痺れてくる。
「さあ、おまえも王の眷属となれ!命が尽きれば、新たな命を王より授かる!」
斎尾が自らの言葉に酔うように語る。
「ぐはああああっ!!」
もう一度、能見の口から血の塊が噴き出した。
「うっ・・・・・・・」
小さく唸った後、能見の体から力が抜けてぐったりと下を向く。
「あの者、どうなったのだ!?」
もしゃもしゃが義陽に声をかける。
「よそ見してはいけない!上から来ます!」
義陽がもしゃもしゃを目掛けて飛んできた虫を斬る。
ばしゅっ!
虫は青い液体を吹いて地面に落ちる。その虫に管が伸びてきてつながると、虫はまた動き出す。
「これじゃきりがない!」
義陽が悲痛に叫ぶ。
能見は、ゆっくりと刀を持つ右手を上げた。
体を縛っている管を、自分の体ごと斬る。体から血が噴き出す。
・・・・かまわない。もう、痛みも感じない。
立っていることはできない。膝からがくり、と崩れ落ちる。
「まだ生きているのか?」
斎尾が閉じたままの目で能見の方へ向く。
その瞬間。
能見は最期の力で、刀を斎尾へ向けて突き出した。
その切っ先は斎尾の腹を突く。
血が噴き出し、斎尾がひざを折る。
「うっ!?ぐふっ!?」
斎尾の口からも血が流れ出る。
「何だと・・・!?」
腹に刀を突き立てたまま、ゆっくりと斎尾は倒れた。
能見はそのまま力を失い、血だまりの地面に伏した。
その頭の上に、管がとりつく。
「ど、どうなっておる?」
天狗がゆっくりと立ち上がる。
「源馬殿!大丈夫か!?」
もしゃもしゃが声を上げる。
「天狗様!!」
後ろから蓮華の声が響く。
「蓮華!無事かっ!?」
「はい!」
「・・・・よかった・・・・・」
天狗はそう小さく言うと、先ほど打たれた腹のあたりを押さえる。
・・・・骨が折れておるな。だが・・・・まだ動ける。
「老体を恨むしかないな!」
天狗も刀を構える。
だが、あたりはすっかり囲まれてしまった。
そして、減らない虫や死体たち相手に刀を振り続ける義陽ともしゃもしゃにも疲れが出始める。
「くそっ、このままじゃ・・・・」
「一度、引こう!出口へ走れ!」
もしゃもしゃが言ったが、その出口を塞いだ大柄な人影があった。
「能見殿・・・・・」
すでに目に光はない。
口はだらしなく空き、かくかくと糸で操られている絡繰りのような動きで皆の退路を遮った。
「・・・・わたしをあの戦御体のところへ行かせてください!」
「無茶ですよ蓮華殿!まだ霊力が!」
元康が蓮華を止める。
「ですが、これでは!」
その時だった。
入り口からふうっと風が吹いた。
その風は緩やかなそよ風から急激に突風となり、入り口をふさいでいた能見たち、死体を吹き飛ばした。
そして、その風を纏った一体の戦御体が中へ姿を現した。
「あ・・・・あれは・・・・・風結!?」
義陽が歓喜の声を上げる。
「は、白結丸様っ!?」
「・・・・白結丸!!」
蓮華と天狗も声を上げる。
「なんと、ここで登場とは・・・・」
もしゃもしゃも笑顔で唸る。
全員がその登場に歓喜する中。
「だれ?」
元康だけが首をひねった。
「なあ、ミカナ。これ、夢を見ているのか?」
『淡影と同じ夢を見ているということは、ひとつになったということじゃな』
「そういう冗談を言っている場合か?あの目玉の化け物だろう?禍々しい気の正体は」
『そうじゃな。ふわぁ・・・・・』
「よくこんな光景の前で欠伸ができるな」
『おれは気持ちよく寝ておったのじゃ。そしたらあの女に起こされて・・・・』
「藤月御前を”あの女”と言うなよ。兄上の正室だぞ?」
『ともかく、あの目玉を壊すことじゃな。あの目で、相手を追っている。それがあの太い管で甕の中にある脳髄に伝え、細い管を通して死体を動かしているのじゃ。そして、その上にある御霊石。あの中に動きの源がおる』
「なるほど。ではまず目玉を斬って、あの石を壊せばいいな?」
『そうじゃな。そう言うことじゃ。ふわぁ・・・・』
「なら、まずあの目玉までの道を開けてくれ。あとはおれがやる」
『それだけやったら寝てもよいか?』
「いいけど、あの石、御霊石だろ?斬れるのか?」
『今までこの風結に斬れぬものがあったか?』
「さすがミカナ。心強い」
風結は右手で太刀を持ち、左手を目玉に向けて大きく開く。
その掌にゆっくりと風が集まり、渦を巻いて鋭く尖る。
そして一気に放たれた風の錐は、寸分たがわず眼球のもとへ飛び、その間にいた死体や虫たちを吹き飛ばした。
次の瞬間、風結は腰を落とし太刀を構えたかと思うと、十間はありそうな眼球までの距離を一瞬で跳んだ。
「行けっ!!」
淡影が叫び、眼球の瞳孔めがけて太刀を突きたてる。
ずるずるっ、というぬめぬめした手応えを感じながら、風結の太刀は眼球に吸い込まれるように入って行く。
すぐに太刀を引き抜き、横薙ぎに一閃する。
眼球は上下に分かれ、どろどろと崩れた。
そのまま太刀を振りかぶり、眼球と甕を繋いでいる太い管を叩き切る。
ざしゅっ!!
小気味よい音がして、管が千切れ青い液体が流れだす。
「あとは、こいつか!」
風結はそのまま太刀を振り上げ、御霊石めがけて振り下ろす。
「駄目っ!!白結丸様!!やめてーっ!!」
蓮華が悲痛な叫びをあげた。
「はっ!?」
瑞奈は突如目を開けた。
「ここは・・・・・」
辺りを見渡す。透明のような、真っ白の空間。
覚えがある。狐白丸と出会った、あの時と同じだ。
あの嫌な血の匂いも、一切の音もない。おそらく、時間も流れていない神の空間。
「おん!」
「狐白丸!あなた、どうして?」
ぺろっと瑞奈の頬を舐める。
「ふふ、わかってる。あなた、そうやって舐めたり噛みついたりして、人の霊力を少しだけいただいているのでしょ?悪い子」
瑞奈は笑顔で言う。
狐白丸を撫でると、狐白丸は気持ちよさそうに目を閉じる。
「でも、わたし、どうしたらいいの?もう現実では体が毒で動かないのよ」
「おんっ!」
「そっか、あなたは神獣だのものね。あなたと一緒なら戻れるのね?」
ぺろっと瑞奈を舐める。
「じゃあ、みんなのいるところへ戻りましょう。みんな、心配してるから」
「おん!」
狐白丸はその白い体を瑞奈に摺り寄せてきた。
「温かいね、狐白丸・・・・」
瑞奈は、ゆっくりと光が満ちるのを感じた。




