183 花舞ノ章 八十六
目の前が翳んでいく。
両手が御霊石を掴めずに、膝の上に滑り落ちる。
朱獄と蓮華の意識が途切れる。
恒久の王とつながれた死体たちは朱獄に群がり、蓮華のいる繰り座の蓋をこじ開け始めた。
どんどん!ばき、ばき!
朱獄の繰り座の蓋が壊された。
蓮華の目の前に、死体たちが群がる。蓮華を引き摺り出そうと、手をねじ込んでくる。
「くっ!!いやぁっ!!」
かろうじて出る声を絞る。
だが、体が重い。うまく動かない。
この世のものとは思えない目の前の光景が、二重三重に見えてくる。
「蓮華様ーっ!!」
元康が死体たちの上を泳ぐように近づいてきた。
必死で手を伸ばす。
指先が触れ、掴めそうになる。が、死体たちの波が二人を引き離し、元康がもう一度蓮華に手を伸ばす。
「蓮華様っ!!」
「うっ、元・・・・康様・・・・逃げて・・・・!」
その蓮華の伸ばした手を、元康が掴む。
「逃げましょう!」
元康が片手で蓮華を繰り座から引きずり出すと、もう一方の手で持った刀で死体たちの頭につながる管を斬る。
すると、死体は力を失いその場に倒れ込む。
だが、いくら倒しても、その管はひとりでに動いて再び死体と繋がり、死体は立ち上がる。
徐々に蓮華を片手で抱えた元康は壁際に追い詰められた。
・・・・せめて、蓮華様だけでも逃がせれば!
「逃げるだと!?これだけの死体と小御体から逃げられるものか!」
斎尾が高揚した声で叫ぶ。
「すでに神狐まで取り込んだ!恒久の王は目覚めたのだ!老いず、死なず、決して間違えず、どこまでも民を導く、この国の王だ!」
元康の目の前に死体たちが群がった。
もう、逃げられない。取り囲まれ、刀を振るうことさえできない。
「蓮華様、ごめんなさーい!!助けられませんでしたーっ!!」
最期のつもりでそう叫んだ。
だが、その刹那、目の前の死体の首が飛んだ。
まわりにいた熊や鹿たちの死体も、次々と首が飛ぶ。
目にも止まらないその速さ。
「元康・・・・じゃったな。蓮華を守ってくれてすまん。礼を言う」
そこには、天狗の面の男が立っていた。
「て、天狗様・・・・・」
元康の目から涙が溢れだす。
「じゃが、もう少しすまん。蓮華を連れて、少し下がっておってくれ」
「はい!」
元康は袖で顔を拭うと、蓮華を抱きかかえて天狗の後ろへ下がる。
「うわぁ・・・・なんじゃ、こりゃあ!?」
「うっ・・・・血の匂い!?」
もしゃもしゃと義陽は顔を歪めた。
この世のものとは思えない不可思議な光景。
管に繋がれ動いている死体たちと、巨大な甕。そして、その前に据えられた巨大な眼球。
飛び回る巨大な虫。
「義陽殿、長綱殿!死人たちは頭につながる管が弱点じゃ!そこを斬れ!」
「あ、はい!」
「承知した!」
ふたりは腰の刀を抜く。
・・・・それにしても、これは?
義陽には理解できないものが広がっている。
「斎尾様!もうおやめなさい!!」
能見が叫ぶ。そして、深く息をする。
「・・・・能見か。わしに指図するとはどういうことじゃ!?」
「わかっております!わたしたち、創徒にとって破導の命は絶対!命を投げ捨てても従うもの!だが、それは、あなたが破導であればこそ!」
「・・・・何を言っておる?」
「もう、わたしはあなたに従う理由はない!!」
能見は刀を抜くと、斎尾めがけて走り出す。
行く手を阻もうと死体たちが能見に集まるが、それらを次々と斬り倒す。
「わたしは、今まで疑問に思いながらも、あなたの思想に従い、その手伝いをしてきた!それを今、悔いているのだ!たくさんの命を、あなたの標にてこの手にかけてきた!もう、これ以上の罪のない殺生はさせない!」
「ふざけるな!戦の絶えぬ人の世に終止符を打つ恒久の王がここに生まれたのじゃ!あとは、この王にわしの知識、この脳を移せば全知全能、不老不死の王が出来上がる!わしはその王を作り出した神として、お主はその下僕として名を残すことになろうぞ!」
「そんな不名誉はいらない!!」
能見が斎尾に斬りかかる。
その能見の動きを、恒久の王のひとつ目が目で追っていた。
するすると伸びた管が数本、能見の体に巻き付く。
「くっ、何っ!?」
能見は体の自由を奪われる。
「わかるか、能見よ。すべてを取り込んだこの王の前ではすべてが無力だ。民は従うしかない。そして、武士も貴族も皇族もない世になる。王と、民。それだけの平らな世が出来上がるのじゃ」
斎尾がゆっくりと能見に近づく。
「能見殿っ!」
天狗が叫んで駆け寄ろうとするが、死体たちに行く手を阻まれる。
「くそっ!数が多い!」
義陽と長綱も、飛び回る虫相手に苦戦を強いられている。
「ちょうどよい。能見、お主もわれらが王と共に恒久に生きるがよい」
斎尾がそう言うと、能見の口に竹筒の液体を一滴たらした。
「う・・・・・・うぎゃああああああっ!!」
能見が喉が張り裂けんばかりの声を上げる。
「能見殿っ!!」
天狗が死体たちの上を蹴って飛び上がる。
目玉はそれを見越していたかのように管をしならせ、天狗を打ち返した。
「ぐはっ!?」
天狗は地面に叩きつけられて、背中を打つ。
天狗の面の中に血が噴き出す。
「源馬殿っ!!」
義陽が天狗を助けようとするが、虫に背中を掴まれる。
「う、うおっ!?飛んだ!?」
「義陽殿っ!!」
義陽を持ち上げようとした虫を、もしゃもしゃが真っ二つにする。
「いてっ!」
膝くらいの高さから、地面に落ちる義陽。
「た、助かりました・・・・」
「大丈夫か!?」
「す、すみません!だが、源馬殿がっ!!」
「能見よ、どうだ、この毒は。お前も、この毒のことは思い入れがあるだろう?遠江の孤島で、桑谷を喰った蟲毒から取った毒だ。よく効くだろう?ふ、ふははははは!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
能見は目を開いて口から泡を吹く。
身をよじって藻掻き苦しむが、恒久の王から伸びた管は能見の体をしっかりと縛り付けていた。
「さあ、王よ!そいつもお前の駒にしてやれ!」




