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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
花舞 (はなまい)

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182 花舞ノ章 八十五

「人では命が持たなかった小御体が、虫たちの強い生命力で成しえたのだ!素晴らしいだろう!」

斎尾は両腕を広げる。

「あいつ、自分に酔ってます!」

元康が虫から逃げ回りながら言う。


「あーっ、もうっ!!この、ぶちっていう感触、何とかならないのっ!!」

蓮華が朱獄で跳んでいる虫を手で摑まえる。そのたびに虫がつぶれて青い液体が飛び散る。

「紫雲だったら絶対やりたくないわ!」


「ふーーーーっ!!ぐるるるるるる!」

大きくなった狐白丸が唸り声を上げながら、飛んでくる虫を前脚で叩き落す。

「狐白丸、出来れば!出来ればだけど、虫に噛みつかないでね!ちょっと気持ち悪いから!」

蓮華が叫ぶが、狐白丸も虫の数が多くて手段を選んではいられない。

「あれは・・・・もしや、神狐(しんこ)か!?」

斎尾が叫ぶ。

「なんということだっ!!あんなものまで釣れるとはっ!!」

斎尾は両手を上げて飛び跳ねる。そしてニヤリと笑うと大きな声を上げた。

「小御体どもっ!!あの狐を捕まえて甕(かめ)の中へ放り込めっ!!」


「ひいっ!!・・・・・・・あれ?」

元康を追いかけていた虫たちが急に方向を変え、狐白丸を追い始めた。

「狐白丸っ!!」

蓮華が叫び、朱獄の手を伸ばす。狐白丸を追いまわす虫を掴むと、そのまま握りつぶす。

「もうっ、数が多すぎるっ!!どれだけ潰してもきりがないじゃない!」



「・・・・・今のうちに!」

元康は足を忍ばせて瑞奈の囚われている御霊石へ近づく。

「近くで見ると・・・・・やはり気持ち悪い」

そばにある巨大な目玉。その大きさは元康の背を越える。

すぐ先には黄色い袈裟の僧侶が狐白丸を目で追っている。いや、目は開いていない。気配を追っているようだ。

「・・・・・気づかれないように・・・・・」

神仏に祈りを捧げながら、そうっと歩く。

御霊石は目玉の上の甕の側面に埋められている。

下から見上げる御霊石は緑色の光が強く、中までは見えない。

「でも、どうしたらよいのでしょう?あの管のようなものを抜けばいいのでしょうかね?」

そうつぶやきながら手を伸ばす。

たくさんつながっている管の一つに、もう少しで手が届きそうだが元康の伸ばした手は宙を掴むばかり。

「・・・・・何か、踏み台はありませんかね?」

辺りを見渡す。

「・・・・・この目玉の上に乗れば・・・・・ちょっと気持ち悪いけど・・・・・」

と、目玉を見ると。

目が合う。

「ああ、すみません。目玉を踏み台にするなんて、もちろん駄目に決まってますよね」


・・・・・・・・。


え?


巨大な眼球の黒目は、じっと元康を見つめている。

「あの、さっき向こうを向いていませんでしたか?」

試しに左右に体を揺さぶる。

大きな眼球がそれを追う。

「・・・・・見えているんですね?」

何も答えないが、視線を外さない。


「ひいいいいいいっ!!」

元康が悲鳴をあげる。


その直後、あたりに管でつながれている鹿や猿、熊などの動物たちが動き出した。

「え!?え!?え!?」

元康が慌てて刀を両手で持ち、構える。

動き出したのは動物だけではない。人もいる。全裸の人間。だが、顔には血の気、感情、そういったものをすべて失っている。死体だ。

「あ、ああ、あの、うあああっ!!」

何を叫んでよいのかもわからない。


死体たちはくねくねとした不自然な動きで元康を取り囲む。

・・・・・ああ、囲まれたっ!!おしまいでしょうか・・・・。

目玉はその間も元康から視線を離さない。

目の前にいる熊が後ろ足で立ち上がると、元康めがけて爪を振り下ろした。

・・・・・ああ、殿!さようなら!!


熊の爪が元康を切り裂く刹那、元康の体が急に宙に浮いた。


「お、お、おっ!?飛んでる!?」


元康の襟を咥えた狐白丸が、虫たちを引き連れて飛び上がる。

「おお、お狐様ーっ!!」


元康がそう叫ぶと、狐白丸は朱獄の足元近くに元康を放り投げると、高く上がっていく。


「いてっ!!・・・・・優しく降ろしていただけると、もっと信心深くなるのですが!」


地面に叩きつけられた元康が狐白丸に叫ぶ。


狐白丸はそのまま虫たちを引き連れて上に舞い上がる。

だが、そこで狐白丸は急に勢いをなくして落ち始めた。

「狐白丸っ!?」

蓮華が叫ぶ。


どすっ!


狐白丸は床に落ちると、白目を剥いて、口から泡を吹いている。

「もしかして・・・・・」

朱獄の手を広げる。

「この虫、毒虫なの!?」


「今頃気づいたか!神狐は小御体に噛みついたのだろう?毒がまわってきたはずだ!」

嬉々として為尾が叫ぶ。

「小御体ども!神狐を甕に入れろ!!」

虫たちが狐白丸の体にたかると、持ち上げて甕の方へ運ぶ。

「待ちなさい!狐白丸を放して!」

走り寄ろうとする朱獄の足に、死体たちがまとわりつく。

「なに!?邪魔しないで!!」

朱獄は振りほどこうとするが、まつわりついた死体たちは離れようとしない。

「無駄だ!そいつらは恐れるということがない!ただ、恒久(とこしえ)の王を守るためだけにあるのだ!そいつらが殺した生き物は、また死体として王の下僕になる!そして永遠に増え続ける!」

「狐白丸ーっ!!」

蓮華の叫びも虚しく、狐白丸は甕の中に投げ入れられた。

そこには生き物の臓物、能、血や膿のようなものが溢れんばかりに満たされていた。

「おううううん・・・・・・・・」

狐白丸の叫び声が響き、その白い体は甕の中に飲み込まれていった。



「うっ!?こ、狐白丸・・・・・・」


蓮華の体から力が抜ける。

朱獄が姿勢を崩し、地面に手をつく。

「蓮華様!駄目です!動くのをやめては!!」

元康が叫ぶ。

朱獄の体を、死体たちが登り始める。上からは虫たちが狐白丸への役目を終え、次の獲物として朱獄へ群がってきた。


だが、蓮華の体には力が入らない。

霊力切れ・・・・・。

ずっと、紫雲を背負ってきたから・・・・。

そして、狐白丸も・・・・・瑞奈様も・・・・・・どうして・・・・・こんなことに・・・・・。


もう、動けない。


助けたい、瑞奈様を、この手で・・・・・。


伸ばした朱獄の手は、瑞奈のいる御霊石まで届かずに空(くう)を掴んだ。

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