181 花舞ノ章 八十四
「くんくん・・・・・おうん!」
それまで地面の匂いを嗅いでいた狐白丸が、急に駆けだした。
こちらを振り向いて、おう!おう!と呼ぶ。
狐白丸の白い毛並みは月明かりの下でもよく見えた。
「あれでは狐というより犬ですね」
元康がぽつりと言う。
「ともかく、行きましょう!」
蓮華の朱獄が紫雲をおぶったまま森の中を分け入っていく。
「元康様、あれ・・・・」
朱獄が指さす方向に、何か建物が見える。
「御体蔵?でしょうか?」
「そうですね、それくらい大きいです」
建物はそれほど古くなく、森の中に建てるにはあまりに不自然なほど大きかった。
茅葺の屋根と、土壁、木造の重々しい雰囲気の蔵のような建物である。
「あそこが敵の隠れ家でしょうか!?」
蓮華が言うと、元康が蓮華を制するように手を挙げる。
「蓮華様、わたしが中に入って様子を見てきます。何かあったら合図しますので、戦御体で中へ突入してください!」
「はい、わかりました!」
ふたりが確認し合ったとき、ふいに何か音がした。
ばきっ!!
狐白丸が大きくなって、扉らしきところを突き破って中へ入って行った音だ。
「・・・・・ああ、台無しに」
残念そうに顔を覆う元康。
「こうなれば行きましょう、元康様!」
「はい、仕方ないです・・・・」
ふたりは狐白丸の後を追う。
「うっ!?何、この匂い・・・・・」
「血の匂いですね・・・・」
建物の中に漂うのは、口や鼻を覆ってもしみ込んでくるむせ返るような血と、腐った肉の匂い。
あまりに広い建物、通路も、戦御体がじゅうぶん立って通れるほどの広さがある。
「こんな山の中に、これほどの大きなものが・・・・」
蓮華がつぶやく。
「それにしても、暗い・・・・」
「夜ですからね」
「ああ、そうですよね」
お互いに何の話をしているのかわからなくなっている。
「向こうの方に明かりがありますね・・・・」
「行ってみましょう」
広い通路の一番奥。
その奥、突き当りの角あたりから光が漏れている。
朱獄の足音を立てないように、そうっと歩く。
「おんっ!!おんおんっ!!」
不意に、狐白丸の鳴き声が響いてきた。
「狐白丸!」
「行きましょう!」
ふたりは光の方へ走る。
そしてそこへ出た時、ふたりは光の眩しさに少し目を細め、ゆっくりと目を開いた。
「嘘っ!?」
「なんだ、これは・・・・」
そこにはあまりにも異様な光景が広がっていた。
目の前に鉄でできた巨大な甕のようなものが置かれ、その甕は天井へ届くほどの高さと、御体車がすっぽり入るくらいの大きさがある。そして最も異様なのが、甕の前に置かれた大人の背丈ほどの巨大な一つの眼球。甕から伸びる、一番太い管がその巨大な目玉につながっている。その周りに無数の動物、そして人。すべて抜け殻のようだ。生きている気配はない。他の管は地面を這い、左右に並べられた人や動物の頭にそれぞれつながっていた。
「うげっ!?」
「うっ!?」
辺りに漂う死臭、血の匂い。一層濃くなって、ふたりは思わず口を手で覆う。
「あおんっ!!あおんっ!!」
狐白丸が目玉の前で吠えている。
「蓮華殿、あれ!」
元康が指さす先、目玉の上に緑色の光を放つ大きな御霊石がある。
その御霊石からも無数に管が伸び、甕とつながっているのが見えた。
そして、その御霊石の中に、人影・・・・。
「瑞奈様ーっ!!」
蓮華が叫ぶ。
御霊石の中には、生まれたままの姿、両腕で膝を抱える瑞奈の姿。
「・・・・・お前たちかっ!!」
不意に重い声が響いた。
そして蓮華の朱獄と元康の前に、物陰から黄色い袈裟を着た僧侶が姿を現す。
顔に大きな傷があり、目は閉じている。
「あなた、あの物乞いの僧侶!」
蓮華が叫ぶ。
「やはり、この僧侶、妖しいと思っていたのです!」
元康が腰の刀の柄に手をかける。
「能見の奴、ちゃんと捕らえておけと言ったのに、逃げられおって!いつも肝心な時に役に立たぬ!」
僧侶は忌々し気に顔を顰める。
「ふん!まあ、かまわぬ!ちょうどよい材料じゃ!おまえたちも、恒久の王に加わってもらおう!」
「恒久の王!?」
「問答をする気はない!小御体、奴らを捕らえよ!」
僧侶が言うと、ざわざわと建物自体が動き出すような妙な感覚に襲われた。
「ちょっと、何!?」
「蓮華様、あれを・・・・」
元康が壁を指差す。
壁一面に何かが張り付いている。最初は彫刻か文様にしか見えなかった。
だが、それらが壁一面でわさわさと動き出したのだ。
「なに、一体・・・・」
「ぐるるるる・・・・・」
狐白丸が低く唸る。
「うひぃっ!?」
急に元康が悲鳴をあげた。
「蓮華様、あれ、虫です!巨大な虫!足が生えている!!」
「え!?」
その瞬間、その一つが朱獄の頭を掠めた。
「きゃあっ!?」
確かに、それは虫の形をしていた。だが、足や腹などは木と鉄で固められ、無数の管が通っている。
一匹が馬ほどの大きさがあり、羽を広げて飛んできたのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!気持ち悪いっ!!」
蓮華が叫ぶ。
その虫が、この建物の壁一面に張り付いている。
ぶううん、と、羽音を響かせると次々と朱獄めがけて飛んでくる。
「いやぁ・・・・地獄・・・・・」
涙目の蓮華。
「がうっ!!」
狐白丸は宙へ飛び出すと、爪で虫たちを引っ掻くように叩き落す。
「て、敵が多すぎますね・・・・」
元康も腰から刀を抜く。
「ともかく、瑞奈様を助けてここから逃げましょう!」
蓮華の朱獄は背負った紫雲を床に降ろすと、腰の太刀を抜いた。
「そうですね、まともにやり合うには敵が多すぎます!」
元康は刀を振るうが、虫の速さについて行けない。
「いくら大きくても、飛んでいる虫を刀で斬るなど・・・・・」
元康がぼそりとこぼす。
滅茶苦茶に刀を振り回すが、一向に当たる気配もない。
「こんなの、どうしたらいいんですかーっ!?」
元康が叫ぶ。
「ぐぇっ!!」
後ろから虫の体当たりを喰らって地面に叩きつけられる。
「痛ってっ!!後ろからとは卑怯なり!!」
と叫ぶ元康にぶんぶんと虫がたかる。
「うっわぁ、やめてぇ!!」
ばきぃっ!
元康にたかってくる虫を、朱獄の掌が掴む。メキメキと音を立てて朱獄の手の中で虫がつぶれる。
「うわぁ・・・・つぶしちゃった・・・・・」
朱獄の掌から青い液体がぽたぽたと流れた。蓮華の手の中にも、いやーな感触が伝わった。
「もう・・・・いや・・・・」
蓮華は顔を上げて瑞奈を見る。
「でも、絶対に助けますっ!!」




