158 花舞ノ章 六十一
・・・・神獣が怖がるほどの鬼。どうすればいい?
瑞奈の中で恐怖が渦を巻く。
でも、もう逃げられない。
震える足で地面を踏みしめて低く唸る狐白丸。
瑞奈は落ちている短刀を拾うと、もう一度強く握りしめる。
・・・・さっき、手応えはあった。もっと奥へ刺さないといけないのかもしれない。
「狐白丸、いつもわたしのこと守ってくれてありがとう。大好きよ」
瑞奈はそう言って狐白丸の首に腕を回す。
頬を寄せて、目を閉じる。
「ぐふぅ・・・・」
狐白丸は深い息をひとつ吐いた。
狐白丸の足の震えが止まる。
「一緒だからね。大丈夫!」
瑞奈はそう言うと、鬼に向き直り短刀を構える。
狐白丸も目を輝かせ、鬼を睨みつける。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
鬼が牙をむき出しにして一気に迫ってくる。
・・・・速いっ!
人に避けられる速度ではない。
狐白丸が瑞奈の前に立って鬼の衝撃を受ける。
「ぎゃんっ!!」
「きゃっ!!」
瑞奈は吹き飛ばされて地面に転がる。
狐白丸は空中でくるりと回ると地面に降り立ち、そのまま地を蹴って鬼へ跳びつく。
前脚の爪で鬼を引っ搔くが、鬼には傷ひとつつかない。
狐白丸は後ろへ跳んで、間を取る。
だが鬼は間髪入れず、音も反動もなく、一瞬で狐白丸の眼前に迫る。
狐白丸は空中でするりと躱すと、身をよじって鬼に体当たりする。
ごふっ!!
鈍い音がして、鬼は地面に叩きつけられた。
今っ!!
瑞奈は短刀を両手で持って、鬼へ飛び掛かる。
怒りの表情で開いた鬼の口に向かって、短刀を振り下ろす。
「お願いっ!!終わってっ!!」
・・・・奥へ、一番奥へっ!!
鬼の小さな口の中、その奥へ短刀を突き立てる。
手首までが鬼の口の中へ入る。
「ぐひゃぁ・・・・!!」
鬼がおかしな声を上げる。
効いているっ!!
「ぐひゃあっ!ぐひゃあああっ!!」
鬼が暴れるが、この手を放すわけにはいかない!
手首に鬼の牙が刺さり、傷をつける。
・・・・もっと、もっと奥へ!!
短刀を持つ手に力を込める。
次の瞬間。
どんっ!!
「え!?」
瑞奈の腹のあたりに鈍い衝撃が走った。
瑞奈の体が宙に飛ばされる。
見る見るうちに鬼の小さな体と地面が遠ざかる。
口の中に血の味が広がる。
・・・・やられた?
体が弾かれた。
月が近い。
ああ、落ちていく。
意識が遠くなっていく。
狐白丸は落ちてきた瑞奈を背中で受け止めると、地面に降り立つ。
鬼は口に刺さった短刀を手で抜くと、地面に投げ捨てた。
鬼の口から、だらだらと血が流れる。
「ぐるるるるる・・・・」
狐白丸が瑞奈を庇うように鬼の前に立つ
・・・・・狐白丸・・・・・逃げて・・・・・・。
一瞬で鬼が迫る。
鬼の振り下ろす腕が瑞奈を守って動かない狐白丸を捉えた。
「ぎゃんっ!!」
狐白丸は弾き飛ばされ、森の奥の方へ消えた。
・・・・・狐白・・・丸・・・・・・!!
薄れていく意識。
目の前が暗転する。
どれくらい気を失ったのだろう?
一瞬だったのだろうか。
目を開けると、子供の鬼がいた。
瑞奈の髪を鬼が引っ張り上げる。
・・・・そうか、今からわたしの首を落とすんだ。
そして、体を食べるに違いない。
体が動かない。
もう抵抗できないな・・・・。
「天狗殿や蓮華殿、大丈夫かなぁ?あの腐れ坊主は・・・・どうでもいいや。もとはと言えば、あいつのせいでこうなったのだし・・・・」
「あの、聞こえてますけど・・・・?」
「え?」
「待っていてくださいね、今助けます」
行尊の「えいっ!」という声が聞こえた。
急に瑞奈の髪を掴んでいた鬼の力が抜ける。
「きゃっ!」
急に放されて、地面に落とされる。
「あ、すみません。駆け寄って抱きしめてあげたいのですが、わたしも手一杯なんですよ」
見ると、鬼の体には短冊のような紙が三枚、体に張り付けられている。紙には何か、文字のようなものが書かれている。
「あ、体が動くなら離れてくださいね!護符は長く持ちません!今にも破られそうです!」
行尊は胸の前で指を絡ませながら、目を閉じて体に力を込めている。
瑞奈は地面を這うように鬼から離れる。
「・・・・これは?」
「護符の力で動きを封じています!ですが、だからと言って何もできないので・・・・」
鬼に張り付いた護符がひらひらとなびき始める。
「ああ、もう限界かもっ!?」
ふわっと護符が鬼の体から離れて地面にひらひらと落ちる。
「やっぱり、この鬼は並じゃないですねぇ・・・・」
「感心してないで!」
その時、ゆっくりとあたりが暗くなる。
辺りを照らしていた月が雲に隠れたのだ。
鬼はゆっくりと歩き、夜泣き石の隣に立った。
もう、瑞奈と行尊に興味はないようだった。
「何?」
「・・・・何でしょう?」
瑞奈と行尊の見つめる前で、子供の鬼は両膝を抱えて丸くなったと思うと、次第に色を失い灰色に変わっていく。そして同時に体が形を失っていき、丸くなっていく。
「・・・・・石に、なっていくの?」
「そのようですね」
見る見るうちに、子供の鬼は丸い石になった。
辺りを静寂が包む。
「ええと、どういうことでしょうね?」
行尊が腕を組んで首をひねる。
「あ、あれ・・・・・」
瑞奈は指を差す。
行尊がそちらを見ると、夜泣き石がゆっくりと溶けるように形を変え始めた。
「あ、今度はこちらが・・・?」
夜泣き石はやがて人の姿となり、一糸まとわぬ黒髪の女の姿に変わった。
女は鬼だった石に縋りつくと、静かに泣き始めた。
・・・・こんなことって?
瑞奈はまだ、自分が気を失っていて夢を見ているのかと思った。
「あの、佐夜殿ですね?言葉は話せますか?」
行尊が女に声をかける。
女は涙を流しながら行尊を見上げる。
「このようなところに人が・・・・・」
「はい。あなた・・・・いえ、あなたたち親子を助けに来たのです。詳しくお話しいただけますか?」
女のすすり泣く声が静かな峠に響く。
そして佐夜は、小さく「はい」と言った。




