157 花舞ノ章 六十
「おとなしくしてくださぁい!!」
紫雲は薙刀を振り上げる。
子供の鬼はふわっと飛び上がると、紫雲の目の前に迫り、振り下ろした薙刀をさっと躱す。
蓮華の視界の目の前で、子供の鬼が両手を前に突き出す。
「きゃあっ!!」
発せられた衝撃波で紫雲は吹き飛ばされて、森の木々をへし折りながら倒れ込む。
「蓮華っ!!」
天狗が子供の鬼目掛けて飛び上がる。
「えええいっ!!」
天狗の一閃は空を斬る。
「ちっ、くそっ!」
天狗が舌を打った次の瞬間、背中から衝撃波で吹き飛ばされる。
「ぐあっ!!」
天狗は地面に叩きつけられ、そのまま気を失う。
そこへ、子供の鬼がひたひたと近づいてくる。
天狗のそばに立つ。
鬼は右手を振り上げ、天狗の首めがけて振り下ろす。
その瞬間、天狗は転がってその衝撃波を避けると、鬼の首めがけて刀の刃先を叩きつける。
きいん!!
「うぐっ!?」
思い切り斬りつけたはずの刀の刃先がこぼれ、天狗の手に痺れが残る。
鬼の首には傷ひとつない。
「なんだとっ!?」
呻く天狗を衝撃波が襲う。
ぱん!!
弾けるような音と共に、天狗の体は宙に舞って再び地面に叩きつけられる。
「ぐふっ!!」
「天狗殿ぉーーっ!!」
瑞奈が上から叫ぶ。
「着いたっ!!」
行尊のが叫ぶ。
火打石を放り投げ、枯れ草に着けたくすぶる炎を息を吹きかけて大きくする。
枯れ枝をいくつか拾うと、炎をつけて転々と置いて回る。
「どうだ!お前の嫌いな火だぞ!」
鬼を囲むように火をつけて回ると、そこへ松明を持って誘導する。
鬼の顔が怒りに変わる。
目がつり上がり、口が裂ける。
牙をむき出しにして、行尊を睨む。
「並の僧侶なら、その顔見ただけで腰を抜かすだろうね!」
効いている。
その確信があった。
この鬼が怒りの感情を露にするのは火を見た時だけだ。怒るということは、嫌なものを突き付けられた証拠でもある。
だが。
鬼は宙に飛び上がると、両手を伸ばしてくるりと回った。
ふっ。
照らされていたあたりが暗くなる。
「え?消えた?」
・・・・あれだけ苦労して着けた火が・・・・一瞬で消されちゃいました。
ぱんっ!!
またはじけた音がして、行尊の体は一気に吹き飛ばされた。
「うげっ!?」
・・・・またかっ!
鳩尾あたりに痛みを感じて口から血を吐きながら吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、意識が遠のく。
「・・・・だめだ、ここで気を・・・失っては・・・・・」
必死に意識を留めようとするが、目の前はどんどん暗くなってくる。
ひた、ひた・・・・・。
鬼が来る・・・・。
ああ、やっぱりお終いか。
嫌だなぁ・・・・。
「お願い、狐白丸!!わたしを降ろして!!」
瑞奈は懇願する。
「あなたがわたしを守ってくれるのはうれしい!でも、わたしも同じくらい、仲間を守りたいのっ!!お願い、狐白丸!!」
瑞奈の目から涙がこぼれる。
「わふぅ・・・・・」
狐白丸は少し目を閉じると、意を決したように鋭く吠えた。
「ぐぅあおおおおおおおんっ!!」
「狐白丸!」
狐白丸は鬼を目掛けて一気に空から急降下する。
鬼は行尊の襟元を掴み持ち上げると、首めがけて手刀を振り上げた。
口元をニヤリと上げると、その手を一気に振り下ろす。
がきいん!!
固い音がして、手刀は行尊の首で止まった。
不思議そうな顔をして、鬼は何度も手刀を振り下ろす。
がきん、がきん、がきん!
行尊の首は落ちない。
「ええーーーーーいっ!!」
狐白丸の上から瑞奈は飛び降りる。
鬼の背後から瑞奈の体当たりを受けて、鬼もたまらず転げる。
「い、痛いっ!この子、とんでもなく固い・・・・」
・・・・これだけ固いと、たぶん役に立たないけど・・・・。
そう思いながらも、腰の短刀を抜く。
天狗の一閃も鬼には効かなかった。
・・・・もし、これが刺さるとしたら、外側では駄目。目か、口の中・・・・。
姿勢を低くして短刀を両手で持つ。
鬼はゆっくりと立ち上がると、瑞奈に背を向けたまま直立する。
そして、ゆっくりと首だけを瑞奈に向けた。
「があぁああっ!!」
怒りの表情で、瑞奈を威嚇する。
「今っ!!」
一気に鬼目掛けて走る。
次の瞬間。
瑞奈の視界いっぱいに鬼の顔が広がる。
・・・・え?
瑞奈の体はとんでもなく固いものに弾かれて吹き飛ばされる。
「うぁっ!!」
うめき声をあげて、瑞奈の体は地面に叩きつけられた。
全身が痛い。骨が折れた?
腕と足に力を入れてみる。
手足は、何とか動く。
なら、立てる!
口の中に血が広がる。
ぺっ、と唾と一緒に血を吐き捨てる。
「あれだけ人を喰っておいて、まだ人が食べたいの?いい加減にしてちょうだい・・・・」
立ち上がり、短刀をもう一度構える。
「がああああっ!!」
鬼は目を吊り上げ、耳まで裂ける口を開き牙をむく。
・・・・怖い!怖くて逃げだしそう!
・・・・でもっ!!
ひた・・・・・ひた・・・・・・。
鬼はゆっくりと近づいてくる。
ひた・・・・・・ひた・・・・・。
・・・・ここで焦っては、さっきと同じになる。動きは鬼の方が速い。
ひた・・・・・ひた・・・・・。
手が届きそうなところまで来た。
心なしか、鬼が嗤っているようにも見える。
鬼は両手を上げると、瑞奈の肩をがしっと掴む。
目の前に子供の顔。でもその顔から、とんでもないほどの死臭、血の匂いが漂う。
「があああああっ!!」
鬼が口を大きく開いた。
今っ!!
瑞奈は短刀を鬼の口の中へ突き刺す。
手応えはあった!
だが、鬼は口の中に刺さった短刀を、尖った歯で咥えると、瑞奈の手からむしり取った。
ぺっ。
吐き捨てる。
「き、効かないっ!?」
鬼は驚く瑞奈の顔を見て、再びニヤリと笑う。
口を大きく開ける。
鋭い牙が、瑞奈の目の前に迫る。
・・・・・ああ、喰われる?やっぱり、敵わない・・・・・。
そう思った瞬間だった。
どんっ!!
急に鬼の体が横に吹き飛ばされる。
「狐白丸!」
瑞奈を守るように狐白丸が立つ。
・・・・・足が、震えている。
「だいじょうぶ、狐白丸。わたしも怖い!でも、あなたと一緒なら戦える!」
「ぐるるるるる・・・・」
鬼を向いて、低く唸る狐白丸。
鬼はゆっくりと立ち上がると、こちらを向く。
裸の少女の体には、いまだ傷ひとつついていない。




