156 花舞ノ章 五十九
ひた、ひた、ひた・・・・・・。
子供の鬼は裸足のまま焚き火のそばへ歩いていくと、火の中へ両手に持っていた山賊たちの首を投げ入れた。
ぼうっ!!
一瞬大きく火が昇ったかと思うと、すぐに消える。
辺りは一瞬の暗闇の後、月明かりに包まれる。
うっすらとした闇の中、子供の鬼が直立したまま首だけを瑞奈に向けた。
「危ない!」
天狗が叫ぶ。
それと同時に、子供の鬼は反動もつけずに飛び上がり、瑞奈の持っていた火のついた薪を弾き飛ばした。
「きゃああっ!!」
そのまま瑞奈は弾かれて倒れる。
「瑞奈様っ!!」
蓮華の紫雲が背中の薙刀を持ち、構える。
子供の鬼は足で薪を踏みつけると、火をもみ消した。
「・・・・・火が、嫌いなのか?」
行尊はそうつぶやくと、焚火にくべられた山賊たちの頭を押しのけ、下の方にくすぶっている火種を掘り起こす。小さくなってうっすら煙をあげている。
「たのむ、もう一度ついてくれないかっ!?」
そう言いながら、「ふぅ」と息を吹きかける。
紫雲が子供の鬼目掛けて薙刀を振り下ろす。
子供の鬼は首だけを紫雲に向ける。
その目は、何も見てはいない。
「くっ!!」
蓮華は呻いて、振り下ろす薙刀を止める。
「蓮華!見た目に惑わされるな!それは子供ではない!鬼じゃっ!!」
天狗が叫ぶ。
次の瞬間、天狗は子供の鬼の体当たりを受けて吹き飛ばされる。
「うぉっ!?」
ざざざっ!
地面に放り出される。
「天狗様!!」
紫雲が薙刀を振るう。
・・・・仕留めたっ!!
蓮華が確信した瞬間。
子供の鬼は消えた。
振り下ろした薙刀は空を斬り、地面に突き刺さる。
「え!?どこっ!?」
辺りを見渡す。どこにもいない。
「蓮華殿っ!!上っ!!」
瑞奈の声がした。
「えっ!?」
次の瞬間、ものすごい力で紫雲が地面に押し付けられる。
ずざぁぁぁぁぁん!!
何が起きたのか、わからない。だが、その押し付ける力には、蓮華と言えども逆らえない。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
蓮華の全身に、強力な重圧がのしかかる。紫雲の体に受けている圧力は、御霊石を通じて蓮華の体に襲いかかる。
「蓮華殿っ!!」
駆け寄ろうとする瑞奈。
だが、何かが着物の裾を引っ張る。
「狐白丸っ!?」
・・・・行ってはいけない?
「ふーっ!!ふーっ!!」
「だけど、蓮華殿を助けなくちゃ!!」
そう言うと、瑞奈は狐白丸を振り払う。
「あおん!!」
狐白丸は大きく鳴くと、体を大きくさせた。
そして瑞奈を咥え、自分の背中にのせると、空へ高く跳ぶ。
「ちょ、ちょっと!駄目!狐白丸!!降ろして!蓮華殿がっ!!」
「あおぅん!!」
ふぅ、ふぅっ!!
薪の内側でくすぶっていた火が、小さく赤い光を放つ。
ふぅ、ふぅっ!!
ぼっ!!
「着いたっ!!」
行尊は火のついた松明を子供の鬼へ向ける。
「ほうら、こっちだ!!」
子供の鬼は、紫雲の上でまっすぐ立った姿勢のまま首だけを行尊の方へ向ける。
そして初めて、顔に感情を表した。
かっ!!
目を大きく見開き、口を開けた。それは怒りの表情に見える。
そしてその姿勢のまま、首だけを行尊に向ける。
「ひっ!?」
一瞬で、遠くにいた子供の鬼が、視界いっぱいに顔を向けて迫ってくる。
行尊は杖を構えると、飛んでくる子供の鬼を目掛けて振り下ろす。
かんっ!!
確かに手ごたえはあった。
だが、目の前で、視界いっぱいに広がった子供の顔が消えた。
次の瞬間。
行尊の体は突き上げられて、高く舞い上がる。
「ぐへっ!?」
鳩尾あたりに強烈な痛みを感じて、空中で口から血を吐く。
視界には空しかない。
かなり高く打ち上げられたようだ。
・・・・このまま地面に落ちたら、死ぬだろうか?いや、どうかな・・・・。
ぼふっ!!
行尊の体は、何かふわりとしたものの上に落ちた。
「大丈夫ですかっ!?」
瑞奈の声。
「ああ、あなたの声を聴きながら死ねるとは、何と幸せなわが身でしょう」
「・・・・本当に突き落としてやろうかしら!」
行尊を空中で背中に受け止めた狐白丸は、やはり子供の鬼に近づこうとはしない。
「狐白丸、お願い!天狗殿と蓮華殿を助けたいの!下へ降りて!」
「おうん!!」
狐白丸は言うことを聞く様子がない。
こんなに怯えるなんて・・・・。
おそらく、戦って勝てる相手ではないことを知っているのだ。
もしかすると、あの鬼は不死なの?
「蓮華、立てるかっ!?」
天狗がよろよろと立ち上がり、蓮華に声をかける。
「はい、何とか・・・・」
紫雲も、ゆっくりと立ち上がる。
「二人とも、大丈夫ですかっ!?」
狐白丸の上から瑞奈が声をかける。
「はい、・・・・何とか!!」
蓮華が辛そうに答える。
「聞いて下さい!そいつの弱点は火です!もしくは明かりかもしれません!!」
行尊が叫んだ。
・・・・・・火?
「そんなもの、どこにもない!」
「わたしが今からそちらへ降りて、火を起こします!それまで頑張って耐えて下さい!」
「・・・・・無茶を言うなっ!!」
天狗はそう言ったが、勝ち目があるならそれしかないことも感じていた。
人とは違う。人の動きをしない。
武芸は人と対することを前提としている。人の出来ない動きをする者を相手にすれば勝ち目はない。
「蓮華、聞いた通りじゃ!ともかく時間を稼ぐぞ!」
「は、はいっ!!」
「で、・・・・出来れば降ろして欲しいなって思うんですよ、わたし」
口元の血を袖で拭きながら、行尊が変わらずにこにこ顔で言う。
「そんなこと、わたしに言わないでください。わたしだって降りたいのです」
瑞奈が返すが、狐白丸は言うことを聞く様子がない。
すると、狐白丸は突然身をよじって行尊を咥えると、地面に向けて放り投げた。
「え!?・・・・えーーーーーーーーーっ!!」
見る見る地面に向けて小さくなる行尊。
「あ・・・・・・」
瑞奈は手を伸ばすが、届くはずもない。
「こ、狐白丸!?」
べしっ!!
いやぁな音を立てて、行尊が地面に激突した。
「ああ・・・・南無阿弥陀仏・・・・」
手を合わせる瑞奈。
「こらっ!狐っ!!もっと丁重に扱えっ!!」
下の方から行尊の声が聞こえる。
・・・・生きてる。すごい。
狐白丸は、ふん!と首を振った。




