148 花舞ノ章 五十一
「守護代、言いがかりにもほどがあるぞ!」
さすがに神主も我慢しきれず、声を荒げる。
「そうです!皆で舞を見るだけの何がいけないのですか!?」
「・・・・だれだ、小娘?」
「わたしは旅の小娘です!」
「おい、蓮華!」
今にも掴みかかりそうな蓮華を天狗が押しとどめる。
「このわしに逆らうということは朝敵も同じだぞ!わかっているのか!?」
「わかりません!朝っていうのはみんなで一緒に楽しくしていると敵なんですかっ!?」
「何を、訳のわからんことを!」
「わけわからんのはあなたでしょっ!!」
・・・・ぬぬぬぬぬぬ。
睨み合う為乗と蓮華。
「おい、この小娘を牢にぶち込めっ!」
「はっ!!」
役人たちが蓮華を取り囲み、腰の刀に手をかける。
「まったく・・・・自分たちから面倒ごとに突っ込んでおるではないか・・・・」
天狗も仕方なく前へ出る。
否応なしに空気が張り詰め、天狗もゆっくりと腰の刀の柄に手をかける。
「捕らえよ!!」
為乗がそう叫んだ時だった。
「待ちなさいっ!!」
静かな境内に、声が響いた。その場の全員がそちらを振り向く。
「ここは神の社・・・・この神域でのもめごとは、八幡菩薩様はお許しになりませんよ!・・・・・ひっく」
白い狐を抱いた妖艶な美女・・・・。
赤らめた頬。普段よりも薄く開いた切れ長の瞳に、紅を差した赤い唇。さらさらと流れる黒髪。襟がはだけて覗く白い肩。
「瑞奈様・・・・?」
巫女が振舞っているお神酒の盃を手に持っている。
「・・・・・・飲みましたねっ!?」
「じゃが、あんな少しで・・・・」
「瑞奈様は天狗様とは違って、すごくお酒に弱いのです!」
「守護代とやら・・・・」
瑞奈が為乗の方に背中からもたれかかる。
「お、おい、娘、何を・・・・・」
さっきまでの勢いもない。完全に瑞奈の色気に押されている。
「あなた、わたしの舞を・・・・見てなかったのですか?」
「あ、ああ。わしが来たときには終わって・・・・」
「あらぁ・・・・・残念。今宵の舞はとっても、うまく、美しく舞えたと、思ったのですけれど?」
「そ、それがどうしたっ!?」
「あの舞を見てくれていたら、・・・・そんな堅いこと、言えないと、思いますけれどぉ・・・・?」
ゆっくりと途切れ途切れに言いながら、為乗の首筋を指先でなぞる。
「なんなら、あなたのためだけに・・・・もう一度、舞って差し上げても、よろしくて・・・・?」
「な、な、な・・・・・」
さすがの為乗も顔を赤くして言葉に詰まる。瑞奈から発する熱い吐息が、為乗の鼻腔をくすぐる。少し酒の匂いも漂う。
「ふふ・・・・」
瑞奈はその指を自身の口元にあてて、赤く艶やかな唇を少し緩めたと思うと、ゆっくり目を閉じる。
そして・・・・・。
動かなくなった。
「くぅ・・・・・・」
「は?」
為乗は目が点になる。
ふらっ、と倒れる瑞奈を蓮華が駆け寄り、慌てて抱きとめる。
「もう、瑞奈様!!」
・・・・気持ちよさそうな寝顔だ。
「すぅ、ぴぃ・・・・・・・・」
「な、何かわからんが、次から次へとわしを愚弄しおって!!この小娘どもっ!!」
恥ずかしそうに怒りながら、瑞奈へ向けて指を突き出す。
かぷっ。
・・・へ?
・・・・・・・・なんか、指に?
「い、痛ぁっ!?」
指に狐白丸が噛みついたまま、痛みに跳び上がる為乗。
「いたた、いたたっ!?」
「こら、狐白丸、そんなもの食べちゃいけません。また毒にやられますよ」
「・・・・案外と痛いようじゃな。気をつけねば・・・・」
「冷静に見ている場合か!?この狐を何とかしろっ!!いたたっ!!」
「ふーっ!!」
寝息をたてている瑞奈を天狗が抱きかかえ、指に噛みついた狐白丸を蓮華が引きはがす。
「もう、何でもかんでも噛みついては駄目ですよ!」
「おん、おん!!」
「もう許さん!もう許さんぞっ!!」
・・・・はぁ、怒ってる。当たり前か。
蓮華はため息をついて、小声で言う。
「瑞奈様、お望み通り厄介ごとですよー・・・・」
「あのう・・・・」
不意に横から声がした。
「あ、お主、あの時の・・・・。誰じゃったか?」
「もう忘れたのですか?吉賀の家を壊した悪人ですよ!」
「は、はぁ、すみません。上原幸臣です。家はちゃんと建て直してきました・・・・」
額の汗を拭きながら、低くお辞儀する。
「なんで、あなたがここに・・・・」
蓮華が言いかけた時、為乗が叫んだ。
「国府殿っ!?」
「・・・・え?」
「あ、ああ。工藤守護代殿。戻ってきたら、なんか今夜はここで皆集まって、都から来た麗人が空を飛んで火を噴くのを見るのだと聞いて・・・・」
・・・・・・・・。
「あなた、遠江の国府だったのですか?」
「・・・・あ、はい。いちおう・・・・・」
やや、はにかみながら幸臣が答え、「すみません」と付け加えた。
・・・・・・・・・・。
天狗も蓮華も呆気に取られて言葉が出ない。
「こ、国府殿、こんなに早くお帰りとは!?」
「あ、ああ。なんか、この方たちのおかげで早く済んでしまいました。で、これは何の騒ぎなのですか?」
「村の人たちと舞の奉納を見ておったら、こいつが謀反だなんだと難癖をつけてきおったんじゃ」
天狗が言うと、幸臣は為乗を見る。
「謀反だったのですか?」
為乗は少し顔を歪める。
「・・・・この度はわしの思い違いだった様子!お気に召さるな!」
そう言って為乗はくるりと振り向くと、すたすたと歩いて社を出て行った。付き人たちがその後を追う。
「・・・・はぁ、困ったものだ」
幸臣はため息をつくと、蓮華と天狗に向き直った。
「おそらくご迷惑をおかけしたご様子。申し訳ない」
そう言うと、神主の方へも頭を下げた。
「で、なんで国府ともあろう人が民の家を壊していたのですかっ!?」
「い、いや、だから・・・・」
ここは国府の屋敷。
社での騒ぎの後、お詫びをすると言って幸臣が三人を連れてきた。
瑞奈と狐白丸は隣の部屋に床を用意され、気持ちよさそうに寝息をたてている。
「それよりも、じゃ。あの守護代の物言いは、ちいと行き過ぎてはおらんか?人が集まっただけで謀反とはのう」
「はい、面目ない。実は、この遠江、富士川で緋家が敗走するまでは緋家の家臣が治めておりまして。それで、今でもその忠臣たちが残っている次第で。あの守護代の工藤というのもその名残でして・・・・」
「そんなもん、お役免除しちゃいなさい!」
蓮華が腕を組んで言う。
「い、いや、ですが、いなくなるといろいろ帳簿や租税のことで困ることも多く・・・・。気性はああですが、他ではしっかり管理してくれているので・・・・」
「でも、ねぇ。まさか神職である神主様に向かって『謀反だ!』なんて、ひどすぎますよ!?」
「そうですね・・・・。注意しておきます」
幸臣はさらに深く頭を下げる。




