↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
花舞 (はなまい)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

317/426

147 花舞ノ章 五十

「・・・・無事に幡多付(はたつけ)についてしまった」

瑞奈は動揺を隠しきれない。

「よかったじゃないですか。何もなくて」

蓮華は御体車を馬で引いて、船から港へ降ろす。

「でも、こんなに何もないと不気味で・・・・」

瑞奈はため息交じりに言うと、蓮華と天狗が顔を見合わせる。

「まあ、ここまでいっぱい妖怪退治ばかりしてきましたからね」

「そもそも、妖(あやかし)などというものはそれほどお目にかかれるものでもないのだがな」

・・・・そうなのだ。

物の怪などというもの、それほど頻繁に出会うわけがない。

だが、この旅は次から次へと化け物だらけ。

ありえないほど。


「でも、何もかも疑ってしまうのは良くないですよ」

「・・・・蓮華殿、確かにそうなのですが・・・・・・」

「疑い始めると、怪しくないものまで疑わしく見えてきます。信じられるものは信じてあげないと」


・・・・確かにそうだ。

いろんなものがあの手この手で襲ってくることに慣れてしまっていた。

蓮華の言う通り、害のないものまで疑うのは確かに良くない。疑心暗鬼というのはこの事なのだろう。

「まあ、わからんでもないがな。あんなことが度々あったあとでは・・・・」

天狗が言うと、瑞奈は天狗の懐の”遠江濱辺遊覧なんちゃら”を指さした。

「この近くに、大きな舞台のある社(やしろ)はありませんか!?」




遠江国府のすぐ近く、幡多付の町の中に遠国府(えんこくふ)八幡社(はちまんやしろ)はあった。

今からずっと昔、ここに国府を置いたときに、その護国社として建立されたものだ。遠江の祭事が執り行われる社だけあって、境内は広く、本殿と参道の間に大きな神楽殿が建てられている。


「今宵、舞を奉納したいのですが」

突然の瑞奈の申し出に、神主の反応は落ち着いたものだった。

「あなたは?」

「わたしは白拍子で、瑞奈王という旅の者。旅に疲れて、ここで心を落ち着けるために八幡菩薩様に舞を奉じさせていただきたいと参りました」

「ですが、ここは旅の方が誰でも舞を舞える場所では・・・・」

「わたしはこう見えても、都では少しは名の通った白拍子。上皇様の御前でも舞ったことがあります」

「上皇様の御前でっ!?本当ですかっ!?」

「どのような場所でも、ふさわしい舞をご覧に入れましょう。もし、少しでもお気に召さないところがあれば、すぐさまわたしを舞台から下げていただいて結構です」

「い、いえ、それが本当なら、当方にお断りする訳などありません。村の皆にも見ていただいてもよろしいか?」

「はい、もちろん」

瑞奈は胸を張って自信たっぷりに答える。




天狗と蓮華が御体車と紫雲に故障がないか調べている間、瑞奈は舞の準備を始める。

川へ行き、肌着の姿になり水を浴びて身を清める。

夏の盛り、冷たい水が心地よい。

髪も洗い、櫛で梳く。

八幡社へ戻り、白い水干(すいかん)、赤袴(あかはかま)に着替え、烏帽子をかぶる。扇を懐に入れ、腰に鞘巻を差す。白粉を塗り、紅を差す。


・・・・忘れてはいけない。わたしは白拍子。神へ奉じる舞を舞うのがわたしのやるべきこと。妖怪退治ではない。



辺りは薄暗くなり、神楽殿のまわりに篝火が焚かれた。

「今夜は、何か祭りがあるのか?」

天狗が周りを見渡して言う。

八幡社のまわりには、山のような人だかりができていた。足の踏み場もないくらい、境内の中は人、人、人。神主が村人たちに、「都で評判の白拍子が舞を舞う」と言ったところ、瞬く間に広まっていったのだ。


「都で評判の白拍子が舞を舞うらしいぞ」

「なんでも、上皇様のお目付けらしい」

「笛も太鼓もなくても、舞だけで神様を虜にできるってよ」

「八幡様のご降臨が見られるかもしれねぇ」

「それどころか、八百万の神様が天岩戸を開けるくらいの舞だ」

「なんでも、口から火を噴いて空を飛ぶらしい」



「あの、とんでもないことになってますけど!?」

蓮華が苦笑いする。

「まあ、瑞奈なら大丈夫じゃろう、たぶん」

「あ、天狗様、お酒飲んでる」

「さっき、そこでもらったのじゃ」

社の巫女たちが、あまりに人が多いのでお神酒の振る舞いをしている。

「なにこれ・・・・」



「なにこれ・・・・」

瑞奈も蓮華と同じ言葉を漏らした。

・・・・わたし、自分の気持ちを静めるために舞いたかっただけなのだけど。

本殿の廊下から、人だかりの横をすり抜けて神楽殿へ上る。

人が多かろうと、少なかろうと、やることは同じ。

舞台に立ち、顔を上げる。

まわりの人だかりから、「おぉ・・・・」と低い声が漏れる。

静かに立ち、扇を前に出す。その瞬間、ざわめきが止まった。


瑞奈の袖がふわりと上がる。


ゆっくりと袖を翻し、ゆるやかに、滑らかに水が流れるような動きで扇を羽ばたかせる。


誰もが息をするのを忘れるくらい、瑞奈の動き全てに視線を釘づけにされた。


足を浮かせ、とん、と音を立てて降りる。

大きく腕を広げ、舞台狭しと摺り足で回る。


これだけ大勢の人の中で、瑞奈の足が床をする音だけがあたりに響いた。


そして高く掲げた短刀を振りかざし、激しく舞う。

その動き、妖しくも美しいその姿に誰もが目を離せない。


やがて瑞奈は胸の前で手を合わせ、本殿へ向けて頭を下げた。

そしてゆっくりと神楽殿を降りる。


人々が無言で見つめる中を抜け、本殿の脇へ戻る。

瑞奈の姿が建物へ消えると同時に、あちこちからため息のような吐息が聞こえた。


「瑞奈様、今日は一段と気持ちが入っていましたね・・・・」

「おお、そうじゃのう・・・・・」

天狗も見惚れていたのだろう。盃の酒が全部膝の上にこぼれている。



「これは何をしている!!」

不意の男の声で空気が裂けるように響いた。

烏帽子姿の役人・・・・武士のようだ。腰に刀を差している。

男は集まった人たちに睨みを利かせると、神主のところへのしのしと近づく。

従者らしき男を三人連れている。

「おい、神主よ!勝手に人を集めて何を企てておる!」

「とんでもない!今宵は旅の白拍子殿が舞を奉じてくれるというので、皆でそれを見ており・・・・」

「旅の白拍子ぃ!?」

そう言いながら辺りを見渡す。

「どこに白拍子がいる!?」

「いや、今、舞を終えて・・・・」

神主が言いかけたところに、男は集まった人たちに向けて向き直る。

「ここは国府に組する社(やしろ)である!国府の許しなしに勝手なことは許されぬ!ましてや民草を一堂に集めるなど、社の主たる尾鹿朝長(おがあさなが)殿には謀反の疑いありと見た!」

「そんな!」

神主が男に詰め寄る。

「だが、守護殿は今、国府を空けておられるのであろう!?許しなどは・・・・」

「守護殿のおらぬであれば、守護代たるこのわし、工藤為乗(くどうためのり)に許しを得るが道理!それを持たぬは、遠州の転覆をもくろむ謀反者(むほんもの)として捕らえる!」

為乗の言葉に、集まった人たちも、興が冷めたと言った顔でぞろぞろと離れていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。