31 風結ノ章 三十一
全てが去ったあと、宿儀は穴を掘り、亡骸を穴に埋めた。
ひとつ、またひとつ。
穴を掘り土をかけるたび、、胸が締め付けられる。
自分だけが生き残ってしまった。
それが何より苦しかった。
そして母の亡骸を見つけた時は、その場で崩れ落ちて声が枯れるまで泣き続けた。
父も、あいつらに殺された。
母も、里の人たちも殺された。
なぜ、殺されなくてはいけなかったのか。
ひとり、宿儀は考え続けた。
―――あの時、これがあれば戦えたかもしれない。
―――これがあれば、母や爺も殺されずに済んだかもしれない。
懐からあの書を出す。
もうやることはわかっている。
炉に火を入れるんだ。
それから十五年後。
「御体を作っているのか?」
男は顔を上げ、ちらりと白結丸を見る。
「あ、あぁ、すまない。おれたちは旅の途中で道に迷ってしまって。この廃村を見つけて立ち寄らせてもらった。他に人は?」
「・・・・・」
返事はない。
男は黙々と鉄を打ち続ける。
「・・・なぜ、御体を作っている?」
「紆余曲折あった」
「・・・しゃべった」
男は髭も髪も伸び放題で、油と錆の混じったようなにおいを纏っている。
「他には誰もいない。専心一意、没頭沈潜」
「?」
「・・・・」
沈黙。
男はまた黙々と鉄を打ち続ける。
「あまり関わらない方がよさげじゃの」
ミカナが小声で言う。
「・・・だねぇ」
嶺巴が同意しかけて、首を傾げる。
「あれ、皆秀は?」
「あそこじゃ・・・」
皆秀は作りかけの御体を前に、目を輝かせていた。
木の継ぎ目をなでては顎に手をやって考えたり、思案顔で頷いたりしている。
「ああ、新人御体匠の悪い癖だね」
嶺巴がため息をつく。
「ええと、これは御仁が作られたのか?」
「そう、孤軍奮闘、書を頼りに一人で作った。もうすぐ出来上がる」
「うぅむ、ですが、この腕の繋ぎの木材は削りが荒いです。このままでは立たせたとき、割れるかもしれません」
男ははっとした顔で皆秀を見る。
すごく尤もらしく言っているが、彦佐たちから聞いた受け売りに違いない。
「・・・木工にはおれは素人同然。悪いところがあるなら教えてほしい」
男は皆秀の指摘に、ひどく興味を示した。
「なるほど、この書によると、かなり古い形の御体ですね」
「お前たちの御体は、夜こっそり見せてもらった。優美高妙、精妙絶倫」
「それにしてもこの書、どこで手に入れたのですか?御体の製図など、どこでも手に入るものではないでしょう?少なくとも、都でも見たことはないですよ」
「・・・幼い頃、緋家の荷から盗んだ」
「なんと!?」
「お前たちは、昨日、緋家を倒したいと言っていた。だから話す。おれの親、この里の人たちは緋家の奴等に殺された。おれは緋家を打倒して仇を討ちたい」
「それで御体を・・・」
「お前は御体に博学多識と見た。おれの御体、どうすればいいか示唆教授してほしい。ここまで十年以上かかった。たのむ、平身低頭」
「・・・十年以上、ここで一人で?」
「そうだ。おれの名は黒部宿儀。鉄打ち職人で出石国府だった黒部泰儀の息子だ」
「お前が・・・いや、あなたが霞家の末子!?」
「ああ、おれが霞四郎白結丸。藍羽家の娘・嶺巴と陰陽師のミカナ、御体匠の皆秀だ」
「北面稽首、頓首再拝」
「なんですか?それ」
「・・・謹んでよろしくと言っている」
「はぁ・・・」
「それはいいんだが、あたしたちは先を急いでいるんだけど・・・」
嶺巴が腕を組む。
「そう言わないでください。ここでもう一体御体が加われば強い戦力になりますよ」
皆秀が言う。
「目的は同じでしょう?宿儀殿」
皆秀は宿儀に対して何か同調しているのだろうか。
「お主たちが、緋家を倒すために旅しているなら、力戦奮闘の精神だ。鰥寡孤独の身、仲間がいれば千人力」
そう言って宿儀は白結丸に片膝をついて頭を下げる。
「わかった。黒部宿儀、わが家臣として義を尽くせ」
白結丸が言うと、宿儀はいっそう深く頭を下げた。
「承知」
「ですが、ひとつ問題があります」
皆秀が作りかけの御体を眺めて言う。
「なんだい?とっととこいつを完成させて先を急ごうじゃないか」
「はい、そうしたいのはやまやまなんですが・・・」
そう言いながら宿儀を見る。
「鷹揚自若」
「・・・よくわかんないな」
「広い心でゆったりと受け止める。気にせずなんでも言ってくれ」
「最初からそう言ってほしいもんだ」
嶺巴が呆れ顔で宿儀を見る。
「はい、では。御体として動かすには決定的に足りないものがあります」
「もったいぶらないで早く言いなよ。で、それは何だってのさ?」
皆秀は指を一本びっと立てて顔の前に出す。
「御霊石です!」
・・・・・・・一同沈黙。
「たしかに、御体は御霊石がなければ使い物にならんではないか」
「暗中模索、五里霧中」
ミカナの言葉にボソリとこたえる宿儀。
「つまり、探したけどなかった、ということだな」
白結丸が言うとうなづく。
「たしかにどこにでも転がっている石ではないですし、さらに御体に使うためには不純物を排除して純度をあげないといけませんからね。石切工房の設備と職人技が必要です」
「じゃあ、どうするんだい?せっかくここまで出来上がってんのに、あとは石だけなんだろ?」
「そうですね。こんなことなら、老野坂の山賊の御体から御霊石だけでも持ってこればよかったですね」
「他の御体の石でも使えるのかい?」
「はい。御霊石ならなんでも」
「・・・蒼刃の石はあげないよ」
「か、風結のもじゃぞ!」
嶺巴が言うと、ミカナも慌てて言う。
「感謝感激」
「だから、やらないって!」
宿儀の四字熟語に嶺巴がつっこむ。
「・・・そういえば、最近どこかで御体のことを言っていたような・・・」
「白結丸?」
「で、なんであたしが国府に忍び込まなきゃいけないんだい?」
白結丸と嶺巴、宿儀の三人は隠れ里から山道を越え、但馬の国へ入り夜を待って国府の前に来ていた。
「関所の前で、緋道明に御体の部品を納める商人が来ていたことを思い出したんだ。その御体から、御霊石を取ってくれば、宿儀の御体を完成させられる」
「・・・・ますます罪人だねぇ。まるきり盗人だよ・・・」
「鼠窃狗盗やむなし」
「・・・良くわからんが、一番これが手っ取り早い」
嶺巴は軽くため息をついた後、「いっそ御体ごと盗んじまえばいいんじゃないかねぇ?」と言った。
「それじゃあ、ほんとに盗人だ。必要なもの以外は手を付ける気はない」
白結丸が言うと、「そういうもんかねぇ。あたしは御体泥棒って言われてるけど・・・」と嶺巴がつぶやく。
・・・そうか、御体ごと盗むという手があったか。
木の枝に跳び移る要領で壁を越える。宿儀は梯子をかけて登り、登った後は梯子を回収するのを忘れない。
国府の中は広かったが、ひときわ大きい御体蔵はすぐに見えた。
入り口は鎖で鍵がかけられている。宿儀が大きな鉄鋏で鎖を切る。
そっと大扉を開ける。ぎぃぃぃぃ・・・と軋む音がする。
中は想像以上に広く、暗い。その中、中御体が壁沿いに並ぶ。
あらためて中御体と言えど、七尺ほどある背丈から見下ろされている光景は随分と不気味である。
「すごい光景だな。中御体が七体・・・」
「ああ・・・」
白結丸が思わずこぼすと、嶺巴が頷く。
「こんな辺境にこれだけの御体があるって、ちょいと不気味だよ」
「西からの脅威に備えて・・・有備無患と言ったところ」
「・・・そうか」
良くわからんが、とりあえず頷いておこう。
「白結丸、あそこに戦御体があるよ」
嶺巴が指さしたところ、ひときわ大きな御体。身の丈は一丈ほどが横たわっている。
「あれだ・・・」
宿儀に目くばせする。宿儀は頷いて、懐から小槌を取り出す。
「宿儀、まだかい?見張りが来ちまうよ」
「御霊石は強く打つと壊れてしまう。焦熬投石」
「・・・良くわからないけど、早くしてくれよ」
その時だった。
「入り口が開いてるぞ!?」
「誰かいるのか!」
男が二人、明かりを手に入って来る。
三人は御体の陰に隠れて息をひそめる。
「・・・あと少し、櫛風沐雨・・・」
宿儀がボソッという。
男たちは明かりで先を照らしながら近づいてくる。
彼らの足音が広い御体蔵にこだまする。反響した音に交じり、自身の鼓動が響いていそうで白結丸は息を殺す。
「・・・ふぁっ、へっくしょん!」
・・・おい!宿儀!!
「誰かいるのか!?」
敵が刀を抜いた。
「仕方ない!おれと嶺巴で引き付けよう!宿儀は速く御霊石を!」
「承知!」
白結丸と嶺巴も刀を抜いて飛び出す。
「曲者だ!!道明殿に知らせろ!!」
まずい!
ひとりがこちらに刀を構えて残り、一人が蔵を出て走り去る。
「任せな!」
嶺巴が男を追って飛び出す。
「行かせるか!!」
残った男が嶺巴を狙うが、白結丸が回り込む。
「やらせない!」
「くそつ!」
刀を切り結ぶ。ぶつかり合う刃が火花を散らす。
男は間合いを取り、大きく振りかぶる。
がら空きになった腹めがけて白結丸が一閃する。
「うぅあっ!?」
男は間一髪後ろに跳んで避ける。反応は良いようだが、動きが鈍い。
そのまま返す刀で斬りかかる白結丸。男はその一撃をかろうじて刀で受けるが、そのまま刀が手から離れ地面に音を立てて転がる。金属音が響く。
「くそっ、何者だ、こいつ!」
男は踵を返して逃げ出す。
「逃がすか!」
追う白結丸。
だが男は外へは行かず、並ぶ中御体の一つに乗り込んだ。
・・・繰り手か!まずい!
「宿儀!まだか!?敵の御体がくるぞ!」
「とれた!」
暗闇から宿儀の声が聞こえてくる。
それと時を同じくして、御体蔵の外で鐘が打たれる音と、「侵入者!」という声が響く。
「来い!逃げるぞ!」
「逃がす訳がなかろう!賊め!」
中御体が動き出し、出口の前に立ちはだかる。
「宿儀、他の出口を探せ!見つけたらそのまま逃げろ!」
「承知!唯唯諾諾!」
走り出す宿儀。両手で大事そうに毬くらいの大きさの御霊石を抱えている。
「残念だな!ここには、他に出入口はない!」
中御体の男が言う。
「他はないって!戻ってこい!」
「残念無念!」
そう言いながら戻ってくる宿儀。
「何とかしてあいつをすり抜けないと出られない!」
「山窮水断!」
「・・・言ってる意味は分からないが、こちらの言う意味が分かってくれてることはなんとなくわかる!」
宿儀はうん、と頷く。
「・・・いいか、おれがあいつを引き付けている間に、外へ出て逃げろ」
「承知!」
白結丸は中御体目掛けて走り出す。
「馬鹿め!生身で御体に敵うものか!」
中御体は腕を振り上げて白結丸目掛けて振り下ろす。
ギリギリのところでそれをよけると、並んで立っている中御体の後ろに隠れる。
こちらを窺っている中御体の後ろを、宿儀はそーっと忍び足で出口へ向かう。
月明かりの届かない影を選んで、そーっと、そーっと・・・・。
「捕まえたぞ!!賊めがっ!」
不意にがっしりと首に腕がまわされた。宿儀の体はそのまま持ち上げられる。
首が絞まる。
宿儀を捕まえたのはかなり大柄な男。その後ろに十人ほどの家来らしき男たちが集まって来る。
「ぐーっ!?」
「なんだ、こいつ!?御霊石を盗みに来たのか!?」
宿儀を捕まえた大男は、宿儀の手から御霊石を取り上げる。
蔵の中に響く大きな声。
当然白結丸の耳にも届いている。
「道明様!もう一人賊が隠れております!」
中御体の男が大男に向かって言う。
あいつが緋道明か。
「ふん!てっきり御体泥棒かと思ったが、御霊石だけとはちんけな泥棒よ!!」
・・・・そうか。そう言えば、嶺巴にも言われたな。
白結丸は御体蔵の奥へ逃げると、暗闇の中こっそりと中御体に乗り込む。
「動かし方は・・・たぶん一緒かな?ミカナがいないから不安だが・・・」
白結丸が御霊石を掴むと、意識が中御体とつながる。
腕を上げる。
風結よりも、随分と反応が鈍い。だが、軽い分動けそうだ。
「よし、やるしかない!」
白結丸は薄青色の中御体を歩かせる。少しもたつくが、感覚は悪くない!
「道明様!三式が動き出しました!」
「どけ!一式では三式には勝てぬ!わしが出る!!」
そう言って道明は御体蔵の暗闇の中へ走り出す。
・・・ともかく、失敗だ!宿儀をさらって逃げよう!嶺巴はどこだ!?
辺りを見渡すが、嶺巴の姿はない。
白結丸の三式は、敵の一式に一気に間を詰めると、右腕を一振りする。
「なにっ!?」
男が反応する暇すらなく、一撃で倒れる。
メキメキと木材の割れる音がして、倒れて動かなくなる。
「おい賊!こちらには人質がいることを忘れるな!」
いつの間にか、家臣たちが宿儀を縛り上げて、刀を突きつけている。
「御体から降りてこちらへ来い!」
ぐい、と宿儀の首に刀を寄せる。
・・・すまない、宿儀!短い間だったな!
白結丸は構わず三式を突撃させる。
「え!?え!?」
家臣たちが驚く中、白結丸の三式は家臣たちを一気に殴り飛ばした。
「避難囂々!!」
宿儀がまた何か言っている。たぶん、怒っている。まあ、当然だ。
「結果として助かったのだからいいだろう?ともかく宿儀、逃げるぞ!」
白結丸が三式で蔵の外へ出ようとした時、三式の腕をふいに捕まれた。
「おっ!?」
「逃げられてたまるか、鼠ども!おれの魁怨から御霊石を盗むとは!」




