30 風結ノ章 三十
「罪人がこちらへ逃げているとの知らせが入った!ここを通る者は全ての荷を調べる!」
丹波の里から二日、街道を進んでいくと、但馬出石の町まであと少しのところで関所が設けられていた。
「但馬国府の目代様、緋道明様のお達しである!」
街道は荷を積んだ商人たちが大勢押しかけており、先へ進もうにも順番は当分回って来ないような人だかりだった。
「生の魚を積んどりやす!はやくしてくんなせぇ!!」
「お武家様に頼まれてます!早くしなければ私の首が飛んでしまいます!」
「これは道明様にお納めする御体の部品です!」
「いつまでこんな山道で待たされるんだ!?」
やいのやいのという声があちらこちらでひっきりなしに上がるが、調べる役人は淡々としている。
「どうします?ここは通れなさそうですよ」
皆秀が先を指さして言う。
まだ関所までは距離があるはずだが、あたりはすでに人だまり。向こうから怒声だけが響いてくる。
「ここで、あたしたちが逃げている罪人だよ!なんて言おうもんなら、まわりの商人たちから袋叩きじゃすまないね」
「嶺巴、冗談に聞こえんぞ」
嶺巴の軽口をミカナがたしなめる。
「とりあえず、この先に分かれ道がある。そこから脇へ入って遠回りしよう」
目立たないようにゆるゆると先へ進み、あたりが暗くなってきたところで脇道へ入りしばし進む。
道らしきものはあっという間になくなってしまい、獣道すら見えない森の中をしばし進むことになった。
あっという間に日が暮れ始め、あたりの視界が悪くなる。
「暗い中進むのは危険だ。どこかで夜を明かそう」
白結丸が言うと、前にいた皆秀がこちらへ声をかける。
「この先に、廃村が見えます。そこで夜を明かしましょう!」
そこにある家々はどれも、使われなくなって随分と経っているようだった。
どの家も質素で飾り気のない作りだ。
一行はそのうちの一軒に宿をとることにした。
囲炉裏に火を起こし、暖を取る。
「しかし、困りましたね。この先の但馬の出石の里には国府が敷かれているみたいですね」
「国府とはなんじゃ?」
「ええと、国府とは都の内裏の代わりに、その地方を治めるために置かれるものです。通常、目代と呼ばれる代官が取り仕切ります」
「さっき、緋道明とか何とか言ってたねぇ」
「おそらく緋家の遠縁でしょう。地方に派遣されるくらいですから」
「後々のことを考えると緋家の連中は少しでも倒しておきたいのだが、また白虎の邪魔が入るかもしれない。それに、ここを抜ければ因幡の国へ入るまであと少しだろう?無事に通り抜けたいが・・・」
そこまで言って言葉を切る白結丸。嶺巴へ目配せする。
嶺巴は頷いて、腰の刀に手をかける。白結丸も刀の柄に手をかけたまま、扉の気配のする方へそっと近づく。
その瞬間、ふっと気配が消えた。
戸を開けて外へ出たが、何もいない。あたりは暗く、静かで草の揺れる音だけがしていた。
「な、なんです!?」
「何かの気配がしたのぅ。でも、消えてしもうた」
皆秀にはわからない人の気配も、ミカナは感じ取っていたらしい。
白結丸も嶺巴も刀の柄から手を下ろす。
「何かあるかもしれない。今夜は、交代で見張りをしよう」
そのまま何事もなく朝になり、白結丸たちは先へ急ぐことにした。
「ふあぁ・・・。昨夜の気配は何だったのじゃろうな?」
「・・・なんだろう?敵意は感じなかったが・・・」
「おーい、あれは何だい?」
少し離れたところから、嶺巴が声をかける。
指さす方を見ると、高い石造りの煙突のようなものが立っている。
「・・あれは、たたら場ですね!」
「たたらば?」
「はい、たたら場。鉄を溶かして型に流し込む、鉄の工房のようなところです。御体の鉄の部分はこういうたたら場で作られています。とくにこの辺りは砂鉄や鉄鉱石がよく採れたんですよ」
「さすがによく知っているな、皆秀」
この小さな村落には似つかわしくない大きな屋根が見えるが、茅葺の屋根はほとんどが崩れ落ち、人がいなくなって年月が経っていることが感じられる。
「はい、おれ、こう見えても博識で皆から一目置かれてまして、なにせ工房でも・・・」
「だから、煙突から煙が出ているんだねぇ?」
皆秀が得意気に話すのを、嶺巴が遮った。
「煙突から・・・煙!?」
白結丸と皆秀は顔を見合わせる。
「何か変なのかい?煙突なんだから、煙ぐらい出るだろ?」
「ちがう、煙が出てるってことは、火が焚かれているんだ。火が焚かれているってことは・・・」
「人がいる!」
「そう!!」
白結丸と嶺巴が顔を突き合わせる。
「・・・ですが、道もつながっていないこんな場所で何を作っているんでしょうね?」
皆秀は首を傾げた。
「聞いてみればわかるではないか」
ミカナが言うと、皆秀は身を震わせた。
「山姥が捕らえた人の肉を焼いていたらどうするんですか!?」
「・・・・」
怖がっている時の皆秀の想像力は目を見張るものがある。
「物の怪嫌いのおれでも、それは想像しなかった」
「何を言っとるか、行くぞ!」
ミカナは言いながら馬をたたら場へ向けた。
嶺巴が刀を構えながらゆっくりと中へ入る。
ミカナと皆秀が続き、白結丸が後ろを見ながらついていく。
中は火の熱気があり、ふいごの動く音がしていた。
そして、鉄を打つ音。
「炉に火がついてますね・・・」
「あ・・・・・」
「・・・・どうした、嶺巴?はぁっ!?」
嶺巴とミカナが絶句する。
二人の視線の先を見て、白結丸と皆秀も言葉を失った。
そこには、床に無造作に寝かされた胴体だけの御体と、ばらばらの腕や脚の部品。
そしてそのそばに薄汚れた格好の、浅黒い肌の男がひとり、鉄を打っていた。
約十五年前。栄昌元年。
宿儀は幼い頃から書を読むのが大好きだった。十になっても、同じ書を何度も何度も繰り返し読み、ほとんどを暗記するまでになっていても読むのをやめなかった。
雨の日も晴れの日も、父の書棚の書を取ってきては読み、日が暮れると父の工房の炉の炎の明かりで一人読み耽っていた。父親の黒部泰儀は腕のある鉄打ち職人で、武士として緋家に使えてもいた。そのせいで、鉄打ちや型作りの書以外にも、唐から伝わった兵法書や戦術書の写本がふんだんにあったからだ。
母のやすなは、読み書きなんて教えるものではなかったといつも愚痴をこぼしていた。
宿儀は同じ年頃の子供たちを遊ぶこともなかったので、次第に無口になっていった。
ある日、いつものように縁側で鉄の打ち方の書を読み耽っていると、遠くからごろごろと車を引く馬の蹄の音が聞こえてきた。
その音は家の前で止まり、何か家の中が騒がしくなった。
台所を除くと、女房たちが忙しなく湯を沸かしたり釜を茹でたりしていた。
「若様、急なお客さまですので、邪魔になりますからあっちへ行っててくださいな」
そう言われて台所を追い出された。
宿儀は縁の下に入り込むと、そのまま這って奥の間までたどり着く。
「・・・珍しいですな孝基殿。若狭から都へ向かうのにこのような大回りをされるとは」
父の声だ。
「うむ、荷が大きすぎてな・・・」
孝基と呼ばれた相手は、歯切れ悪そうに答えた。
「まあ、もてなしもできぬ土地柄ではありますが、ごゆるりとされよ」
「ああ、だがそうもいかん。明日にはここを発つつもりだ」
「それは急なことですな」
「積み荷が急ぎでな。唐から持ち帰った品であるからの」
・・・唐からの品・・・。
宿儀は見てみたくて仕方なくなった。父の持っていない面白い本があるかもしれない。
再び縁の下を這って進み、裏口から外へ出ると、そこに唐からの荷を積んだ荷車が停めてある。
荷車の周りには見張りがいるが、何人かは居眠りしている。宿儀はこっそり巨大な荷車の下に潜り込むと、するすると下を潜り抜け、荷台の上によじ登り、かぶせてある布の下に隠れる。
「・・・なんだろう、これ?」
太い丸太のような、樽のような・・・?
目当ての書がないので、宿儀は隣の荷車に跳び移る。
ここにも似たようなものが積まれている。
さらにもう一つ荷車に跳び移ると、そこには紙の束がうず高く積まれていた。
「・・・見つけた!」
宿儀は適当に手に取り、開いてみる。
そこには、何かの絵が描かれている。それが何かはわからないが、絵には細かく説明らしきものが添えてある。
宿儀はとりあえずそれを懐に入れると、他に目欲しいものがないかと探り始めた時。
「おい、小童!何をしている!?」
見つかって引っ張り出され、追い返された。おまけに拳骨で頭を殴られた。
だが、懐の書は気づかれなかった!それだけで宿儀は満足だった。
明くる日の朝早く、父や母たちが頭を下げて見送る中、彼らは出て行った。
その日から、その書は宿儀の愛読書となった。
見たこともない漢字や文字が書かれていて、父の書棚から唐の書を引っ張り出すと、一文字一文字を意味が分かるように直していった。手間のかかる作業だったが、父の書棚の書に飽きてきていた宿儀には面白い作業だった。
だんだんそこに書かれている内容がわかるにつれ、宿儀はその書の内容が人智を超えた技術を書いてあるものだとわかってきた。自分の手でこれを作り上げてみたい。そんな欲望に駆られるようになった。
「どうしても行かないといけないのですか?」
やすなは泰儀の甲冑の紐を結びながら不満顔で言う。
「仕方ないであろう。おれも武士だ。幸徳王には大恩があることだからな」
「大恩って言ったって、こんな辺鄙なところの国府を任されただけでしょうに」
「それでも大変な恩義だぞ」
やすなはあきれ顔ではぁ、とため息をつく。
「お前と宿儀は里の爺のところで世話になれ。紀基翁や浄基殿におれは顔が知れているからな。報復があるやもしれぬ」
「しょうもない心配させないで、とにかく無事に帰ってきてくださいまし」
そう言って泰儀の背中をポンポンとたたく。
「無論、そのつもりだ。宿儀にも教えねばならんことがまだまだある」
そう言ってにこりと笑った。
だが、父はそのまま帰ってこなかった。
宿儀が連れてこられたのは、今まで住んでいたのとは違う山奥だった。
広いたたら場があり、いつも焦げた鉄の匂いがする。住んでいるのは爺と三人の職人、あとは石きりの工夫が三人、その家族が数人だけの小さな集落だ。
宿儀はさらに口数が減り、いっそう書にのめり込むようになっていった。
ある時、霞家の縁者という者が里にやってきた。
男は霞山城守宗忠と名乗った。
爺は宗忠を部屋に通すと、人払いをした。
例によって宿儀は物陰に隠れてその様子を見ていたのだが、その男がこれを作ってほしいと持ってきた紙を見て思わず声をあげそうになるくらい驚いた。
「これが何かは言えぬが、これらをここで作ってほしい。ここは朝廷も知らない鍛冶師たちの隠れ里と聞いた」
「・・・訳のある品ということはわかりますじゃ。殿自らがこのようなところへ出向いてくださるのじゃから、どうしても必要なものなのでしょうな」
「うむ・・・これ以上は言えぬ。頼む」
「承知ですじゃ。やってみましょう」
爺は紙を受け取り、頭を下げた。
「すまぬ。助かった。報酬は後で持たせることとする」
そう言って男は帰って行った。
宿儀は爺の目を盗んで男が置いていった紙に書かれている品と、自分の持つ所に書かれている図を比べてみた。若干の形の違いはあるものの、ほぼ同じだ。
宿儀は確信した。あの宗忠という男は、これを作ろうとしているんだ。
それから幾つか月が過ぎた。
あの時見た、父と話していた男がこの里にも来た。物々しい様子で、甲冑姿だった。
確か、孝基という名だっただろうか。
「里の長はお主か!?」
男の前に爺が連れてこられ、地面に放り出された。
「これは何のことですじゃ!わしらはここで鉄を打っておるだけじゃ!」
「ここに、霞宗忠が来たであろう?宗忠は謀反人として首を討った!宗忠がここで何をしていたのか話せ!」
「わしらは何も知らぬ!」
「知らぬなら好都合!この里の者は皆、斬り捨ててしまえ!」
そこからは地獄絵図だった。
里の人足たち、職人たちは生きているものは馬に縛られて繋がれ、里の一か所に集められた。
すでに斬られて死体となっている者もいた。
爺もいた。
母もいた。
たたら場でいつもたたらを踏んでいた女御たち、石切り場の工夫たち。
子供もいた。
赤子もいた。
その場に里で暮らす全員が集められ、一斉に斬られて命を失った。
縁の下に隠れていた宿儀に気づくものはいなかったが、母は最期の瞬間まで、宿儀がこの場にいないことを確かめているようだった。
宿儀は胃の中のものがすべて逆流し、冷や汗と嗚咽が止まらなくなった。




