0-28 嚆矢ノ章 三
春先の大堰川は、山から流れ込む雪解け水を集め、白く濁っていた。
川幅は広く、流れは速い。
岸辺に立つ葦が風に揺れるたび、水面には細かな波が走る。
まだ水は冷たく、触れると身が引き締まる。
その大堰川に、両軍が川を挟んで対峙していた。
「兄上、敵の数は二千余騎。数ではこちらの方が上、さらにこちらは高台。勝ったも同然だな!」
凪舟が得意そうに胸を逸らして言う。
宗矢の実弟、凪舟。
何故か、父・宗明ではなく宗矢についてきてしまった。
「凪舟、おれではなく父上についておればよいものを・・・・」
もう何度目だろう。父上のところにいろ、と何度も言ったが凪舟は聞かなかった。
「おれは兄上を敵にしたくない。父上と戦いたいわけではないが、武士の家に生まれた以上、父上に認めてもらいたいじゃないか」
幼いころから凪舟の剣の腕はなかなか上達しなかった。
筋は悪くない。
源馬もそう言っていたが、それ以上は見込めなかった。凪舟の下の腹違いの弟、宵近丸のように、武芸ではなく学術・戦術を収めようと、書を読み漁るほうでもなかった。
本人も何かを抱えていたに違いない。
宗矢が西同院側に着くと聞いた途端、数名の兵を連れて宗矢のところへ参じた。
「戦は数では決まりません。いかに有利とはいえ、ひとつの思い込みで追い込まれることは多々あります。油断なされるな」
源馬が言うと、凪舟は顔を引き締めて、頷いた。
初戦だ。自分の緊張をほぐしたい思いでの軽口だろうが、気持ちの油断は禁物。
「ですが若殿、数で不利となれば敵は夜討ちでしょうな」
「・・・・そうだな。こちらも奇襲をとるべきだろう。崇平殿に進言してみよう」
「それがよろしいかと」
西同院側の総大将は藤在崇平という人物だった。
大きな戦での武勲こそないものの、歴戦の猛者として名を馳せた人物。
宗矢も噂には聞いていたが・・・・。
「数に利あり、地に利あり!何を血迷うて川を渡るのか!?」
・・・・・そうだろうな。
こういう自分に自信のある堅物の武人ほど、敵はいつもまっすぐ向かって来ると思っている。
宗矢は戻ってきて源馬に向けて、首を横に振った。
源馬も頭を抱える。
「兵には、夜も必ず見張りを立てて、鎧を外すなと命じておけ」
「承知」
翌朝。
鬨の声が響いた。
辺りは霧が出て視界が悪い。
ただ流れる川の水の音、そしてその中を走ってくる大勢の足音が響く。
「霧で目が効かない!仲間討ちせぬように、腕に白い布を巻かせろ!」
宗矢の指示で、兵たちが腕に布を巻いて縛る。
「兄上!敵の本隊はもう少し川下だ!移動しよう!」
凪舟が叫ぶ。
「駄目だ!我らはここを守る!!」
宗矢が馬に飛び乗る。
「そうですぞ!焦りは命取りであります!」
源馬も宗矢の後に続いた。
「ちぇっ、また空振りかよ!」
凪舟は悔しそうに口を曲げると、あたりを見渡した。
すでに皆が前線に出ている。
「だが、手柄を立てさえすれば誰にも文句は言われまい!ついてこい!」
そう言って馬に飛び乗ると、川上へ向けて数名の兵を連れて走り出した。




