0-27 嚆矢ノ章 二
「なあ、兄者。あの小娘、あれっきり行方がわからん。もうどこかで死んでいるのではないか?」
孝基が泣きついてくる。
「仕方あるまい。代わりを探すしかないかもしれんな」
「では、もう諦めてもよいか、兄者?」
「いや、探すのは続けよ」
「うへぇ・・・・・・・・」
浄基は御体蔵と呼ばれる六原の裏手に作られた、巨大な蔵を見上げた。
「あの娘、もしかすると戦御体に気づいておるかもしれん。そうでなくても、あの娘の霊力は必要になるかもしれんのでな」
「それはわかるが・・・・」
孝基はなかなか消えない腕の歯型を気にしていた。娘を追っていて噛みつかれたときのものだ。
「ともかく、今使える戦御体は三つのうち一つだけだ。それだけの霊力を持った者がおらん」
「確かに、おれだけでは半刻も持たんが・・・・」
「戦の最中に動けなくなれば敵に奪われる。強い者は味方にあってこそ意味がある。修練をせよ」
「・・・・まずは娘を探してくる」
出ていく孝基の巨躯が、小さく見えた。
「ちちさまだ!」
「おう、紅!よい子にしておったか?」
「はい!」
浄基が言うと、満面の笑顔で応える紅羽。
「あら、茄子を食べなかったのは誰かしら?」
千子が言うと、紅羽は少し恥ずかしそうに俯いた。
「ははは、よい」
そう言って紅羽の頭を撫でる。
「殿、戦になるのですか?」
千子は生まれたばかりの伊佐の頭をそっと撫でた。
「ああ、悪い知らせだ」
浄基は縁側の千子の隣に腰を下ろした。
「お前の兄、霞宗矢は西同院幸徳親王に近づいているらしい」
「・・・・そうですか。では、父と戦うおつもりで・・・・」
「おそらくその覚悟を決めているのだろうな」
「この子の顔、澄乃にも見せたかったです・・・・」
伊佐は赤い顔をひくひくとさせた。
「近々、中宮沙苑様が皇后になられるとか?」
「ああ、そうだ」
「沙苑様、遠くから一度拝見したことがありますが、とてもお綺麗な方でしたね」
「まあ、おれも会ったことがないが」
そう言って顎髭を撫でる。
「殿の姉様とは思えないくらい綺麗でしたよ」
「そう言うな」
浄基の体を紅羽が登ってきて、顎鬚を引っ張った。
「こら!」
「きゃっはは!」
「うね」
「はい、なんでしょう中宮様」
うねは沙苑に付いている女房である。歳も近く、幼くして入内した沙苑の世話係としてずっと一緒に育ってきた。
「昨夜、桐高が妾の床に入ってきた。なんとも、気が悪い。己の床を守るように見張っておいてくれぬか?」
「それは、おかわいそうではありますが・・・・」
「なぜ、己の床があるのに妾のものをとろうとするのか。昔から桐高は意地が悪い」
「では、仰せのままにいたします」
「うむ。今宵はうねが桐高を見ておれ」
「それと」
「はい」
「また、あの父とかいう男がなれなれしく妾に寄ってきた。これも気が悪い。しかも、あいつ臭い」
「あれは中宮様の父上様で・・・・」
「父というのは名ではないのか?」
「ええと・・・・何からお話いたしましょう?」




