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ひとつ、風を結いて  作者: ひろくま


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29 風結ノ章 二十九

「・・・また、変な夢を見た気がするのだが」

貞基は自分が何故翔鶴の中で目が覚めたのか、一晩経って朝が来るまで考えたがわからなかった。

「とりあえず、霞の末子をこれ以上追うことは危険です。一度、六原へ戻り翔鶴を直した方がよろしいかと」

「うーむ、手ぶらで帰ったら父上に叱られるのではないか?」

「叱られます。間違いなく」

「では、帰らん!」

「では、置いていきます」

「重国、叱られないためにはどうしたらよいか?」

「老野坂の門兵たちが、盗賊荒熊にわいろを横流ししていたことを白状しました。それを手柄として持ち帰ればよろしいのでは?」

「おお、そうだったのか!でも、おれは盗賊を倒していないぞ!」

「そんなこと、誰が倒したかわかりませんが、黙っていればわからぬもの」

「そうだな!よし、都へ帰ろう!」


「此度は申し訳ございません!」

惟家は丹波の里を出立する貞基に、深く頭を下げた。

「なにも、若の邪魔をするつもりもなく、ひとえにこの屋敷とわが一族を守るため・・・」

「此度のこととな?」

「・・・はい・・・」

恐る恐る貞基を見上げる。

貞基はしばらく考えた後、ぽんと手を打った。

「ああ、もてなしのことだな!仕方あるまい!またすぐに、翔鶴が直れば戻って来る!その時は盛大に頼むぞ!」

「はい?」

高らかに笑い声をあげながら貞基は馬に乗り、屋敷の門へ向かっていった。

「殿、あれでよかったのでしょうか?」

潮が惟家に心配そうに聞く。

「・・・よほどの大物か、よほどの大馬鹿かどちらかだな・・・」





紅羽たち一行は丹波の里を出て三日後、丹後の母・千子の暮らす成相寺へ到着した。

「時千代!」

「母様!」

時千代と千子はしっかりと抱き合う。

「大きくなりましたね。体も以前と違い、しっかりとして!」

「母様!時千代も御体繰り手なんです!父様の金冠を受け継ぎました!」

「まあ!ありがとう!時千代!」

そう言ってもう一度時千代を抱きしめる。

「紅羽、伊佐!こちらへきて、しっかり顔を見せて!」

「母様!」

伊佐も時千代の手前、我慢していたのだろう。母に飛びつくと、泣き始めた。

「伊佐、来てくれてありがとう。伊佐も立派になりましたね」

伊佐と時千代は母に抱き着いて涙を流した。

「母様・・・」

「紅羽、遠くまでご足労でしたね」

その声は優しく、あの頃のままだった。だが、千子の顔には明らかに苦労の跡が見て取れる。

あの美しかった母にも、皺や白髪が混じっていた。

紅羽は片膝をついて、頭を下げる。

「母様、お久しゅうございます。紅羽、伊佐と時千代を連れてまいりました」


千子の暮らしているのは、小さな庵だった。

成相寺の一角にある女人堂と呼ばれる場所。男子禁制で、聖域とされている。

伊佐は疲れて早々に床に就いた。

紅羽は眠れずに、縁側に出て庭と月を見ていた。

「紅羽、眠れませんか?」

「母様・・・」

千子が近くに来て腰を下ろす。

「あなたには、本当に苦労を掛けますね。できれば、一緒にここで暮らしたいとも思いますが、あなたのお爺様がそれをお許しくださいませんでした」

悔しかっただろう。若くして浄基を失い、霞の血を引くという理由で六原を追い出された。子供とも離れ離れになり、一人見知らぬ土地でひっそりと生きてきたのだ。

「母様、わたし、ちゃんと姉様をやれているでしょうか?あの子たちの母代わりとして・・・」

千子は紅羽を胸に抱きかかえた。

ふんわりと懐かしい匂いがする。

「母様・・・」

「あの子たちを見ていればわかります。ありがとう、紅羽。つらかったでしょう?義父(紀基)様も義弟(孝基)も意地悪な人ばかりだから」

千子はそこで、紅羽の手を取った。

「でもね、紅羽。父様はいつも紅羽を気遣っていました」

「父様が?」

紅羽の思い出にいる浄基はいつも(まつりごと)に一生懸命だった。だが、目が合うたびにやさしい顔を見せてくれた。

「紅羽は妹弟思いだから、自分よりも伊佐や時千代のことばかりになってしまうだろうって。でもね、父様もわたしも、たぶん伊佐も時千代も、紅羽の自分らしい幸せを願っていると思いますよ。力を入れすぎないで、紅羽らしくいていいのですよ」

母の声はいつも穏やかで、相手の心を静めてくれる。父が亡くなった時も、爺様に辛く当られたときも、母の声があれば我慢できた。その声が聞けない寂しさは、ずっと紅羽を苦しめてきた。そしてその寂しさを伊佐や時千代に求めていた。

そう、時千代が、成長するたびに父様に似てくるから・・・。

「母様、わたし、母様と暮らしたい・・・」

紅羽の目からも涙が出て、頬を伝って落ちた。




それから五日ほど過ごし、紅羽たちは成相寺を発つことになった。

「母様、世話になりました。お元気でいてください」

「紅羽、ありがとう。また会いに来てくれる時を待っていますよ」

寂しさは存分にあるが、それを見せると別れづらくなる。母も、それは承知しているようだった。

「母様・・・」

「時千代、もう立派な武士になりましたね。もうすぐ元服ですね」

こくりと、頷く。

「時千代、思うように生きなさい。緋家を継ぐ必要はありません」

紅羽と伊佐はその言葉に驚く。

「母はわかっていました。時千代は世を統べるには優しすぎます。それに、このままいけば緋家はきっと滅びます。あなたたちは、生きていて欲しい」

「そ、そのようなこと!」

「伊佐、盛りにある者は気づかないものがあるのです。父様はそれを知っていました。だから、この世は安泰でした。ですが、それを知らぬものが政をすれば世は乱れます。乱れれば、いつかは滅ぶのです」

「ですが、わたしたちは父様の血を引いています。叔父上になど、負けるわけには・・・」

「紅羽、伊佐、二人とも、よい殿方に巡り合いなさい。そして子を産み育てる喜びを知ってほしい。この母のように・・・」

千子はそう言って三人を抱きしめた。


「紅羽姉様、最期に母様が言っていたのは何のことですか?」

いつも通り、紅羽と同じ馬に乗る時千代。紅羽としてもこのままいつまでも一緒の馬に乗っていたいのだが、時千代も大きくなってきた。今は紅羽の前に乗せているが、そろそろ前が見えにくい。すぐに時千代は紅羽よりも大きく逞しくなるのだろう。うれしいような、残念なような、母はどんな気持ちで時千代の成長を見ていたのだろう?・・・それにしても、かわいい。


「紅羽、母が教えたこと、忘れてはなりませんよ!」


母様は別れ際にそう言っていた。

顔を赤くして紅羽は、「な、何でもありません!ちょっと母様と内緒の話をしただけです!」と言った。

「えー、ずるいです!時千代に隠し事なんて!」

ちょっとむくれる時千代。

・・・ああ、この顔!この顔、一番かわいい!!

やっぱり、思い切って、母様の言う通りに・・・。

「姉様、木地温泉はこちらですよ!」

伊佐が声をかけた。ぼおっと時千代を見ていたせいで、道を間違えるところだった。

「あ、ああ。すまぬ、伊佐!」

―――間違えて焦る姉様、そんな姿もやはり美しい。

・・・だけど、ようやく温泉で湯治!時千代と温泉に・・・でへへ。


「ええと、ここは温泉で間違いないのだな?」

紅羽がお付きの兵に問うと、「間違いありません!」と答える。

海の見える岩場。小さな池・・・水たまりに確かに湯がたまっている。

見渡す限り海と岩場と砂浜しかない。

「ええと、温泉とはこのようなものなのか?」

「はい、温泉とはこのようなものと聞き及んでおります」

「おなごはどのようにして入るのだ?」

「地元の民の申しますには、肌襦袢でこっそりと・・・」

「・・・・」

これ、丸見えではないか!?

「姉様・・・」

伊佐も不安そうだ。

「と、とりあえず、近くの集落から材木をもらい受け、温泉に囲いを作れ」

「はっ」

それから温泉場の囲い作り、宿とする空き家の立て直しが始まり、落ち着くのは紅羽たちが木津温泉に着いて二日後だった。

「・・・ようやく、ようやく今夜から温泉に入れる・・・」

「姉様、長かったですね!」

急ごしらえではあるが、紅羽たち三人の寝られる小屋、それと別に兵たち二十人が泊まる長屋を作り、温泉には囲いをたてた。

「紅羽姉様、時千代は汗をかいて夜まで待ちきれませんので、お先に温泉をいただいてまいります!」

と言って走って行ってしまった。

「あ・・・・」

・・・あー、時千代ーっ!一緒に、一緒にぃ!

「?」


その夜、伊佐は一人、温泉で旅の疲れを癒していた。

肌襦袢から除く左の肩にうっすらと傷跡。月明かりでようやく見える。あの時、滅創衆につけられた傷。

「美しく愛しい伊佐には傷は似合わぬ・・・」

そう言った白結丸の顔が、温泉の湯けむりとなって浮かんでは消え・・・。

・・・ええと、本当はどんな風に言われたんだっけ?

まあ、いいか。

「伊佐、よろしいか?」

「姉様・・・」

薄く白い肌襦袢姿の紅羽。月明かりと湯煙の中に見えるその姿は・・・まさに天女。

長い黒髪と白い肌。きりっとした目と眉、通った鼻筋と紅をさしたように赤い唇。どれをとっても美しい。

「伊佐、顔が赤いが大丈夫か?のぼせているのでは?」

「い、いえ、大丈夫です!」

「・・・そうか」

紅羽は空を見上げながら腕をぐっと伸ばして伸びをする。

「ああ、気持ちよい!」

「お疲れでしょう、姉様」

「ああ、だが、母様と会えてよかった。気持ちが楽になった」

「姉様、いつも頑張りすぎです。もっと、わたしや時に頼ってもよいのです」

紅羽はくす、と笑った。

「母様にも同じことを言われた」

「時ももう、子供ではありません。一人で馬にも乗れましょう」

「・・・時千代は、私が思うよりもずっと大人になったな。いつまでも子供ならかわいいのにな」

「もうすぐ背丈も姉様より高くなります」

「そうだな・・・そろそろ姉離れする頃だな・・・」

紅羽にとってはとても寂しい。嫁でも連れてきた日にゃ、いじけてしまいそう。

「母様に、よい殿方と巡り会って幸せになれと言われてしまったな」

「・・・それなのですが・・・姉様」

下を向いて、顔をいっそう赤くする伊佐。

「どうした?」

「もし、もしですよ、・・・・想い人が現れた時、どのようにすれば、その・・・よろしいのかと・・・」

「想い人?」

「はい、その、なんというか・・・す、好きな・・・す、す、す、す、す、す・・・・」

「すすす?」

「好きな殿方が!・・・・現れたら、どのようにそれを伝えればよいのでしょう!?」

半ば叫ぶように伊佐が言う。

「ああ、それなら、母様に・・・・・!」

紅羽の記憶に、あの夜縁側で母に言われたことが浮かんでくる。


「いいですか、紅羽。想い人の殿方が現れたら、まず殿方と床を共にし、口吸いをしなさい」

「・・・口吸いですか?口吸いとは何ですか?」

「ええと、口吸いとは、相手の唇と、自分の唇を合わせて吸うのです」

紅羽は顔から火が出るように熱くなるのを感じた。

「く、く、唇を・・・?」

「そうです。そうすれば、どんな殿方も惚れてくれます」

「は、破廉恥な娘と馬鹿にされませんか!?」

「いえ、絶対!大丈夫!」

千子は力強くこぶしを握った。


「え、ええと、えっと・・・・」

「?」

紅羽まで顔が赤くなる。

「く、く、口吸いをするのです・・・・」

「くくくちすい?」

「いえ、口吸い。想い人の唇を自分の唇で吸うのです」

紅羽も言いながら顔が熱くなるのを感じた。伊佐も、顔は真っ赤だ。

「く、唇を吸うのですか?そ、そんなこと・・・」

「はい、わたしも、母様にそんなことして破廉恥な娘と笑われでもしたら、と聞きました。ですが、殿方はそれが最もうれしいのだと・・・」

「・・・わからぬものですね・・・」

「あぁ、熱くなりました。先に戻っていますね」

紅羽は湯から出て宿へ戻って行った。

「口吸い・・・は、白結丸様の唇を・・・吸う!?」

―――きゃーっ!!はずかしい!!




「紅羽様、申し上げます!」

それは、温泉に滞在して五日目だった。

「お主、確か・・・」

「はい、貞基殿の配下でおります!」

・・・悪い予感しかしない。

「できれば聞きたくないのだが・・・」

「・・・そうおっしゃらずに聞いてくだされ!丹波の里から、ここまで追いかけてきたのですから!」

「お主の苦労はわかる。主君が主君だけに・・・」

「おわかりいただいて恐縮至極!」

そう言って兵は袖で涙を拭う。

・・・苦労しているんだろうな。

「仕方ない。聞こう」

「ありがたき幸せ!」

そう言って、兵は間を置いた。

「あの・・・そのまま申せと仰せつかっておりますので、そのまま申し上げてよろしいでしょうか?」

「そのまま?・・・まあ、許す」

はっ、と言って頭を下げた。

「ああ、おれだ!貞基だ!御体が壊れたから六原戻って直してくる!それまで、紅羽姉上に霞の末子のこと紅羽姉上に手柄を譲る!よかったな、おれのおかげだ!それと、あいつらは但馬の方へ行ったそうだ!あとはよろしくな!・・・だそうです」

・・・・あの、阿呆め・・・!!!

怒りで拳に力が入りわなわなと震える。

「恐れながら、もう一つ・・・」

「・・・なんじゃ・・・・」

「紅羽姉上!そろそろ嫁に来い!だそうで・・・・」

「ふざけるなぁーーーーーっ!!!」

その声は木地温泉一体にこだましたという。

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