3-1 芽吹ノ章 幕間 一
「木曽へ行ってこい」
宗近殿の一言で、おれは木曽へ行くこととなった。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
木曽の霞宗影に――というより、宗近殿に服従を迫るため、生まれたばかりの幼子を人質として連れ帰れという、何とも気の進まないお役目である。
竹丸は姉上が面倒を見てくれている。
岩姫もまだ幼いながらもおとなしく、よく竹丸の面倒を見てくれているらしい。
だが気になるのは、岩姫は最近、ミカナにすっかり懐いてしまった。
そのせいか、口調まで似てきたのがとても気になる。
「竹丸はおれの真似ばかりするのじゃ」
そう言った時は、全身が凍りついた。
ミカナの真似をする岩姫。
岩姫の真似をする竹丸。
……怖い。
とはいえ、竹丸はようやく這い回り始めたばかりだ。
岩姫も舌足らずで喋りはじめたばかり。
岩姫はただ、ミカナの真似をするのが楽しいだけなのだろう。
たぶん。
◇
それにしても、大勢である。
連れ帰るのが幼子ということもあって、女房や乳母などの女が六人。
山賊などに襲われないよう、武士が二十人。
伊豆から木曽までの長い道のりだ。
帰りはさらに幼子に無理をさせるわけにはいかない。
行き道の倍の日数はかかるのではないかと思っている。
……早く帰りたい。
ただ、それだけだった。
◇
「狛丸、達者でいてね……」
御前殿がそう言った時、おれの目から涙が決壊した。
止まらなかった。
母親が子供を失う。
その時、いったいどんな気持ちになるのだろう。
……母親が、子供を置いて先立つ。
悔しいだろうな。
母と子の別れというのは。
父親とは違う、特別な思いがあるのだろう。
「ぐすっ……す、すみません! あ、あの、お預かりいたします……ぐすっ!!」
絞り出すように言った。
宗影殿が、奇妙なものを見る目でおれを見ている。
たぶん、おれが自分より悲しんでいるので、自分が悲しむことができなくなったのだろう。
仕方ないでしょう?
妙珠のことを思い出してしまったのだから。
「狛丸は、おれが必ず一人前に育てます!」
「…………頼む」
宗影殿は、さらにおかしな顔をした。
◇
「義陽! あんまり遅いから、何かあったのかと思ったじゃない!!」
関ノ府へ着くと、早速、姉上がお怒りだった。
「すみません、姉上。幼子を連れての旅でしたので、急ぐこともままならず」
「もう! 竹丸が……」
「竹丸が?」
「立って歩くようになりましたよ!」
「おおっ!!」
◇
竹丸は、よたよたと立ち上がった。
一歩。
二歩。
そして、すぐに尻餅をつく。
それでも上機嫌で、にこにこと笑っていた。
そこへ、狛丸を連れてきた。
すると、驚くことが起きた。
それまで這ってばかりいた狛丸が、竹丸を見た。
じっと見つめた。
そして――
すっと立ち上がった。
「あら……狛丸!?」
姉上も驚きの声を上げる。
狛丸はよろよろとして、すぐにぺたんと座り込んだ。
「……このふたり、良い関係になるかもしれませんね」
「そのようだな」
「あ、宗近殿……」
いつの間に来たのだろう。
宗近殿は、立ち上がった狛丸と、尻餅をついて笑っている竹丸を見比べた。
そして、何でもないことのように言った。
「では、その子は義陽、お主にやる」
「…………え?」
「しっかり育てよ」
おれは抱いている狛丸を見た。
そして、宗近殿を見た。
「おれに……?」
「うむ」
「この子を?」
「そうだ」
「いやいやいやいやいや!?」
思わず声が裏返った。
「おれは木曽までこの子を迎えに行っただけですよ!? 連れて帰ってこいと言われたから連れて帰ってきたのです! それを、なぜおれが!?」
「お主は、宗影と約束したのだと言ったではないか。自分が育てると」
「…………」
言葉に詰まった。
「大ありです!!」
姉上が、横から口を挟んだ。
「男手ひとつで子を育てるなど、そんなに簡単なものではありませんよ!」
「だが、世話は女房達に任せればよい」
「そういうことを言っているのではありません!」
「では、この子たちの母親を娶ればよいではないか」
宗近殿がそう簡単に言ったので、姉上の顔がみるみる引きつっていった。
「……では、義陽と藤月、二人で育てよ」
「「ええっ!?」」
おれと姉上の声が重なった。
そして顔を見合わせた。
おれと、姉上の子!?ということなのか?




