167 天譴ノ章 幕間 四
知基が是基の部屋へ来た時、是基は経を写していた。
「兄者、腕はどうだ?」
「知基か。幸い右腕が無事なのでな。筆を持つには支障がない」
「・・・・そうか」
「すまんな、知基」
「うん?何がだ?」
「おれのやるべきことを全てお前に押し付けてしまった」
「・・・・いや、そんなことない。兄者のためならおれは何でもやってみせる」
「・・・・おれの腕のこと、気にしているのか?」
「当たり前だろう?おれのせいで・・・・」
「違うぞ、知基」
是基が強い目で知基を見る。
「おれは運が良い。あの状態で命が助かったのだ。普通なら死んでいる。その証拠に、羅刹はもう直らないらしい」
「・・・・だが、あの時おれが油断しなければ」
「お前らしくないな。おれを征夷大将軍にしてくれるのだろう?期待しているぞ」
「・・・・兄者・・・・」
知基は一礼して是基の部屋を出ようとした。
やはり、この兄は偉大だ。
こんな風に埋もれていい男ではない。
もっと、大舞台で公家や貴族たちを相手に大きくふるまえる器のある男だ。
「知基!」
不意に是基が呼び止める。
「・・・・どうした?」
「木曽宗影から父上のところに文が来たらしい。父上に聞いてみてくれ」
「・・・・わかった」
◇
「宗影から?和議の申し立てだ。こんなものに応じる気はない」
孝基は書状を投げてよこした。
知基はそれを拾い上げてみると、確かに和議について話し合いたいと書かれていた。
「・・・・昭基は・・・・」
「仕方あるまい」
孝基は驚くほどさっくりと答えた。その言葉には、何の感情も見えない。
・・・・だが、そうだな。仕方ない。
すまない、昭基。
おれの読みが甘かった。
いや、宗影の策が、おれの考えのずっと遠いところにあった。
坂東の武者の戦は、我ら都育ちの武者と違う。
名と尊厳を重んじる我らに対し、奴等は結果がすべてだ。卑怯であろうが、何と言われようが勝てばいいのだ。
「知基」
「はい」
「これより先、戦の総大将はお前に任せる」
・・・・・・?
いま、何と!?
「はい?・・・・兄者は!?」
「是基が望んだことだ。片腕では刀を思うように振れない。戦に出ることはならないと言ってな」
・・・・そんな!
「だが・・・・おれは、兄者を・・・・・・」
「知基、お前が総大将、是基を副将とする。よいな」
有無を言わせない強い言い方だった。
◇
「知基様、奴らを逃がしてまいりました」
使いに出した兵が戻ってきた。
奴ら、というのは霞惟正と貝元康のことだ。
苦し紛れであろうが「堺に木曽の水軍がいる」という話を持ってきた。おかげで、この吹原を守ることが出来たのは間違いない。
そのお返しとして、「吹原に三種の神器がない」という話をつかませて伊豆へ追い払った。
嘘だ。
「でも、よろしいのですか?三種の神器がないとなれば、敵は吹原に火を放つのでは?」
「正しい話というのは、正しい者から聞いてこそはじめて信じられるものだ」
「?」
「どこの誰かわからん者たちが突然現れて、敵の将から聞いた話を突然する。しかも、そいつらは敵に捕まっていて、わざと逃がされた者たちだ。そんな奴らの言うことを信じるほど、宗近という男も愚かではないだろう」
「・・・・??」
「だが、呪いのようなものだ。信じがたいからこそ、調べねばならん。それだけ、こちらは時を稼げる」
「・・・・????」
「まあ、奴らが伊豆まで辿りつければの話だ」
・・・・伊豆が動き出すまでに、こちらも・・・・。
そうだな。
総大将はおれなのだから。




