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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
四章 花舞 はなまい

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99 花舞ノ章 二

最後の一文を詠み終えたその時。



突然、黒装束の男が数人、空から降りてきた。


「桐高上皇、お命をいただきに参った!」

そのうちのひとりが叫ぶ。

手には短刀を持ち、他の仲間たちも手に刀を持っている。


それまでの厳かな空気が一気に騒乱に変わる。

貴族や公卿たちは叫びながら逃げ出す。

慌てふためき、料理の乗った膳を蹴飛ばしてひっくり返し、酒の徳利を踏みつけて割る音が聞こえる。


黒装束の男たちは、逃げ惑う公卿のうち何人かを斬り倒した。

見せしめである。


「さて、桐高上皇、お主の番だ」

斎尾は御簾の向こうの桐高に刃を向ける。

すると、御簾の向こうから声が響いた。

「白拍子が舞っておる。終わるまで待て」



瑞奈王は短刀を鞘に戻し、舞を続けた。

何が起きたのか?何の邪魔が入ったのか?

それでも白拍子である以上、舞を途中でやめるわけにはいかない。

もう笛の音も、鼓の音もない。ただ静かに絹擦れの音が聞こえる。

それでも舞を止めないのは、白拍子の舞は神をその身におろす儀式だからだ。




「ふざけるなっ!!」

斎尾は太刀で御簾を切り落とした。

その奥に黙って佇む桐高上皇の姿がある。

「続きはあの世で楽しめっ!!」

斎尾が刀を振り上げる。そして桐高めがけて振り下ろした。

その瞬間、切り裂かれた御簾が風もなく揺れる。


ぎいん!



金属が当たる音が響き、斎尾の太刀を宗影の太刀が止める。

「白拍子が舞っている間は待てと言われておるのだ。野暮をするな」

宗影が言うと、斎尾は驚きの顔の後、怒りに眉をひそめる。

「宗影ぇーっ!?いつの間にっ!?」

斎尾は再び太刀を振り上げると、宗影めがけて斬りかかる。

宗影はすっと躱すと、斎尾の太刀を跳ね上げる。

「うっ!?」

がら空きになった斎尾の腹めがけて、素早い斬り返しで突きを繰り出す。

斎尾はかろうじて躱すが、わき腹に傷を負う。


瑞奈王は舞いを続ける。


宗影以外にも、恒影や文堅、文成たちも姿を現し、次々と黒装束の男たちを斬り倒す。


鶴のように羽を広げ、飛び立つように空を仰ぐ。


斎尾は形勢不利と見ると、屋根に跳び上がろうと間合いを取る。

だが、宗影はその隙を与えない。

斎尾が後ろへ跳べばその間を詰めて宗影が追う。

「くそっ!」

斎尾も反撃を試みるが、すべて宗影に弾かれる。


瑞奈王は右手を高く上げて、左足を軸にゆっくりと回る。


「ええい!しつこいっ!!」

斎尾が思い切り太刀を振るう。その一閃をひらりと躱す宗影。

「終わりだ」

宗影はそう言うと、太刀を一閃する。


正面の桐高をまっすぐ見ると、直立して頭を下げた。

舞の終わりだ。


斎尾の肩から血が吹き出す。

「くそっ!くそっ!」

斎尾は肩を押さえて、高く飛び上がる。

「宗影殿!敵が逃げます!」

文堅が斎尾を追うのを宗影が制する。

「今は奴らが目的ではない。放っておけ!」

「うむ・・・」

渋々承知する文堅。



「白拍子よ。見事な舞であった」

桐高が言う。

瑞奈王は黙ったまま、膝をついて頭を下げる。

頭を下げたまま、ちら、と上皇を盗み見る。

隣の男、かなりの手練れだ。


・・・・・ここまで来たのに。すぐそこにいるのに・・・。


悔しい。


ここまで、何のために・・・・。



「さて、宗影。まさかお主に命を救われるとは思わなんだ」

宗影も片膝をついて頭を下げる。それに倣い、恒影、文堅たちも膝をついて頭を下げる。

「いえ。まことに残念ではございますが、救いに来たのではございません。お迎えに上がりました」

「・・・そうか。だが、伊豆へ出した令旨を取り消すつもりはないぞ」

「はい。承知いたしております」

「わかった。連れていけ」

桐高上皇は自ら立ち上がると、恒影たちに囲まれて外へ向かう。

「外に牛車を待たせております」

恒影がいうと、桐高はにやりと笑い、「用意の良いことだな」と言った。





「・・・さて、白拍子」

宗影が瑞奈王を見据える。

「あのような中でも舞を止めぬ心意気はよし。だが・・・」

宗影が瑞奈王の腰から短刀を抜く。

そしてその刃を指でなぞる。宗影の指から血が一筋流れ落ちる。

「舞のための鞘巻に、刃がついておるのは何のためか?」

「・・・・・・」

瑞奈王は黙って宗影を見上げる。

「言わぬならそれでよい。だが、お前も一緒に来てもらう」



宗影がそう言った時だった。

院御所の屋根が轟音と共に吹き飛ぶ。

「きゃあっ!?」

「何っ!?」

咄嗟に瑞奈王を庇う宗影。

ばらばらと屋根瓦の破片がふたりの上に降り注ぐ。


建物の陰から現れた、黒い戦御体。


篝火が倒れ、舞台が燃えはじめる。

「何、あれ!」

瑞奈王が指差す。

「やれやれ、奴らも御体を用意していたとは!」

「宗影殿!」

事態を見た文堅が戻ってくる。

「文堅、すまない!この娘を頼む!」

「承知した!ご無事で!」

宗影と言葉を交わすと、文堅は瑞奈王の手を引いて別の方向へ走り出した。

「さて、滅創衆!宴だ!ついてこい!」


宗影は院御所の中を走り回る。

それを追って屋根、壁と構わず破壊する斎尾の御体。

「宗影!この纂輪(さんりん)の餌食となれ!」

纂輪は屋敷の柱をがしっと掴み力任せに引き抜くと、その柱を力任せに振り回す。

ガラガラと音を立てて屋敷が崩れ、濛々と上がる埃で視界が塞がれる。

「どこへ行ったっ!?宗影!!」

斎尾が叫ぶ。


その直後、背後に気配を感じ振り返る。


そこには宗影の戦御体、鹿嶺王が月明かりを背負いゆっくりと立ち上がった。

暗闇の空を突く二本の角がその姿を異様なものに見せている。

「御体だと!?」

「残念だったな!怖がりはお前だけではない!」

鹿嶺王は腰に下げた太刀を鞘から抜くと、腰を落として正面から構える。

「ふん!苔脅しがっ!!」

纂輪も太刀を抜くと、振りかぶって鹿嶺王に斬りかかった。

その一撃を難なく撥ね退けると、一気に間を詰める。

「くっ!」

呻く斎尾。

「生身で勝てぬものが、御体同士で勝てるものか!」

鹿嶺王は纂輪の鳩尾あたりに肘を入れる。

「ぐおっ!?」

斎尾の目の前で繰り座の蓋が粉砕される。

痛みが斎尾の鳩尾にも伝わる。

「終わりだ!」

鹿嶺王が袈裟懸けに太刀を振り下ろす。

その切っ先の軌道は、纂輪の右肩から左わき腹までを一閃した。

「!!」

斎尾は自身の体も太刀に斬られ血を噴く。

ゆっくりと纂輪は後ろに倒れる。屋敷の屋根と壁がさらにガラガラと崩れる。

血塗れの斎尾はかろうじてひくひくと痙攣している。

「介錯する」

そう言って宗影はむき出しの繰り座に、鹿嶺王の太刀を突きさした。



確かにとどめを刺した。


手応えもあった。


だが・・・。



「・・・逃げられた?」



纂輪の繰り座は血塗れだった。が、斎尾の死体はなかった。

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