99 花舞ノ章 二
最後の一文を詠み終えたその時。
突然、黒装束の男が数人、空から降りてきた。
「桐高上皇、お命をいただきに参った!」
そのうちのひとりが叫ぶ。
手には短刀を持ち、他の仲間たちも手に刀を持っている。
それまでの厳かな空気が一気に騒乱に変わる。
貴族や公卿たちは叫びながら逃げ出す。
慌てふためき、料理の乗った膳を蹴飛ばしてひっくり返し、酒の徳利を踏みつけて割る音が聞こえる。
黒装束の男たちは、逃げ惑う公卿のうち何人かを斬り倒した。
見せしめである。
「さて、桐高上皇、お主の番だ」
斎尾は御簾の向こうの桐高に刃を向ける。
すると、御簾の向こうから声が響いた。
「白拍子が舞っておる。終わるまで待て」
瑞奈王は短刀を鞘に戻し、舞を続けた。
何が起きたのか?何の邪魔が入ったのか?
それでも白拍子である以上、舞を途中でやめるわけにはいかない。
もう笛の音も、鼓の音もない。ただ静かに絹擦れの音が聞こえる。
それでも舞を止めないのは、白拍子の舞は神をその身におろす儀式だからだ。
「ふざけるなっ!!」
斎尾は太刀で御簾を切り落とした。
その奥に黙って佇む桐高上皇の姿がある。
「続きはあの世で楽しめっ!!」
斎尾が刀を振り上げる。そして桐高めがけて振り下ろした。
その瞬間、切り裂かれた御簾が風もなく揺れる。
ぎいん!
金属が当たる音が響き、斎尾の太刀を宗影の太刀が止める。
「白拍子が舞っている間は待てと言われておるのだ。野暮をするな」
宗影が言うと、斎尾は驚きの顔の後、怒りに眉をひそめる。
「宗影ぇーっ!?いつの間にっ!?」
斎尾は再び太刀を振り上げると、宗影めがけて斬りかかる。
宗影はすっと躱すと、斎尾の太刀を跳ね上げる。
「うっ!?」
がら空きになった斎尾の腹めがけて、素早い斬り返しで突きを繰り出す。
斎尾はかろうじて躱すが、わき腹に傷を負う。
瑞奈王は舞いを続ける。
宗影以外にも、恒影や文堅、文成たちも姿を現し、次々と黒装束の男たちを斬り倒す。
鶴のように羽を広げ、飛び立つように空を仰ぐ。
斎尾は形勢不利と見ると、屋根に跳び上がろうと間合いを取る。
だが、宗影はその隙を与えない。
斎尾が後ろへ跳べばその間を詰めて宗影が追う。
「くそっ!」
斎尾も反撃を試みるが、すべて宗影に弾かれる。
瑞奈王は右手を高く上げて、左足を軸にゆっくりと回る。
「ええい!しつこいっ!!」
斎尾が思い切り太刀を振るう。その一閃をひらりと躱す宗影。
「終わりだ」
宗影はそう言うと、太刀を一閃する。
正面の桐高をまっすぐ見ると、直立して頭を下げた。
舞の終わりだ。
斎尾の肩から血が吹き出す。
「くそっ!くそっ!」
斎尾は肩を押さえて、高く飛び上がる。
「宗影殿!敵が逃げます!」
文堅が斎尾を追うのを宗影が制する。
「今は奴らが目的ではない。放っておけ!」
「うむ・・・」
渋々承知する文堅。
「白拍子よ。見事な舞であった」
桐高が言う。
瑞奈王は黙ったまま、膝をついて頭を下げる。
頭を下げたまま、ちら、と上皇を盗み見る。
隣の男、かなりの手練れだ。
・・・・・ここまで来たのに。すぐそこにいるのに・・・。
悔しい。
ここまで、何のために・・・・。
「さて、宗影。まさかお主に命を救われるとは思わなんだ」
宗影も片膝をついて頭を下げる。それに倣い、恒影、文堅たちも膝をついて頭を下げる。
「いえ。まことに残念ではございますが、救いに来たのではございません。お迎えに上がりました」
「・・・そうか。だが、伊豆へ出した令旨を取り消すつもりはないぞ」
「はい。承知いたしております」
「わかった。連れていけ」
桐高上皇は自ら立ち上がると、恒影たちに囲まれて外へ向かう。
「外に牛車を待たせております」
恒影がいうと、桐高はにやりと笑い、「用意の良いことだな」と言った。
「・・・さて、白拍子」
宗影が瑞奈王を見据える。
「あのような中でも舞を止めぬ心意気はよし。だが・・・」
宗影が瑞奈王の腰から短刀を抜く。
そしてその刃を指でなぞる。宗影の指から血が一筋流れ落ちる。
「舞のための鞘巻に、刃がついておるのは何のためか?」
「・・・・・・」
瑞奈王は黙って宗影を見上げる。
「言わぬならそれでよい。だが、お前も一緒に来てもらう」
宗影がそう言った時だった。
院御所の屋根が轟音と共に吹き飛ぶ。
「きゃあっ!?」
「何っ!?」
咄嗟に瑞奈王を庇う宗影。
ばらばらと屋根瓦の破片がふたりの上に降り注ぐ。
建物の陰から現れた、黒い戦御体。
篝火が倒れ、舞台が燃えはじめる。
「何、あれ!」
瑞奈王が指差す。
「やれやれ、奴らも御体を用意していたとは!」
「宗影殿!」
事態を見た文堅が戻ってくる。
「文堅、すまない!この娘を頼む!」
「承知した!ご無事で!」
宗影と言葉を交わすと、文堅は瑞奈王の手を引いて別の方向へ走り出した。
「さて、滅創衆!宴だ!ついてこい!」
宗影は院御所の中を走り回る。
それを追って屋根、壁と構わず破壊する斎尾の御体。
「宗影!この纂輪の餌食となれ!」
纂輪は屋敷の柱をがしっと掴み力任せに引き抜くと、その柱を力任せに振り回す。
ガラガラと音を立てて屋敷が崩れ、濛々と上がる埃で視界が塞がれる。
「どこへ行ったっ!?宗影!!」
斎尾が叫ぶ。
その直後、背後に気配を感じ振り返る。
そこには宗影の戦御体、鹿嶺王が月明かりを背負いゆっくりと立ち上がった。
暗闇の空を突く二本の角がその姿を異様なものに見せている。
「御体だと!?」
「残念だったな!怖がりはお前だけではない!」
鹿嶺王は腰に下げた太刀を鞘から抜くと、腰を落として正面から構える。
「ふん!苔脅しがっ!!」
纂輪も太刀を抜くと、振りかぶって鹿嶺王に斬りかかった。
その一撃を難なく撥ね退けると、一気に間を詰める。
「くっ!」
呻く斎尾。
「生身で勝てぬものが、御体同士で勝てるものか!」
鹿嶺王は纂輪の鳩尾あたりに肘を入れる。
「ぐおっ!?」
斎尾の目の前で繰り座の蓋が粉砕される。
痛みが斎尾の鳩尾にも伝わる。
「終わりだ!」
鹿嶺王が袈裟懸けに太刀を振り下ろす。
その切っ先の軌道は、纂輪の右肩から左わき腹までを一閃した。
「!!」
斎尾は自身の体も太刀に斬られ血を噴く。
ゆっくりと纂輪は後ろに倒れる。屋敷の屋根と壁がさらにガラガラと崩れる。
血塗れの斎尾はかろうじてひくひくと痙攣している。
「介錯する」
そう言って宗影はむき出しの繰り座に、鹿嶺王の太刀を突きさした。
確かにとどめを刺した。
手応えもあった。
だが・・・。
「・・・逃げられた?」
纂輪の繰り座は血塗れだった。が、斎尾の死体はなかった。




