97 芽吹ノ章 二十四
「皆、動くな!!!」
突然、大音声で声が響いた。
淡影殿の声に聞こえたが!?
次の瞬間、おれの目の前にいた朱獄の腕が吹き飛ぶ。
「はっ!?」
一瞬、長細い何かが目の前を通り過ぎた。
「うわぁあああっ!?」
朱獄の繰り手の痛みの叫びがここまで響く。
「義陽殿!とどめを!」
「あ、はい!」
おれは朱獄の腹のあたりに太刀を突きさす。
朱獄は声もなく倒れ、動かなくなった。
すまない。
お主にも、生きて帰りたい理由はあっただろう。
だが・・・。
何かが飛んできたあたりの地面に、竹の矢が突き刺さっている。
飛んできた方角を見上げると、崖の上に弓を引き絞る戦御体・・・英醐、宿儀殿の戦御体だ。
矢継ぎ早、とはこのことなのだろう。
次の一矢を放つと、腰に下げた矢筒から次を番える。
放った矢は、もしゃもしゃと太刀を合わせている朱獄の肩口を捉え、深く突き刺さる。
「うわっ!?」
繰り手の肩にも痛みが走る。
その瞬間だった。
緑色の戦御体がその後ろを通り抜けた。あまりにも早くて目で追うのがやっと。
そしてその朱獄は、ゆっくりと上下二つに斬られて倒れた。
淡影殿の風結だ。
英醐が次の矢を放つ。
「見えてしまえばどうということはない!」
おしゃべりの白縫の近くにいた朱獄が、太刀でその矢をはたき落とす。
そこへ青と白に塗り分けられた戦御体、伊佐殿の杜若がその朱獄の腕を斬り飛ばす。
杜若がどこから現れたか、おれにはわからなかった。
「でええい!」
皆が気を取られている隙に、もしゃもしゃの白縫が前にいた朱獄を蹴り飛ばす。
蹴られた朱獄は地面に倒れ、慌てて藻掻く。
そこへもしゃもしゃが太刀を突き立てようと振りかぶる。
だが、後ろにもう一体の朱獄が、もしゃもしゃに襲いかかろうと間を詰めてきた。
「もらった!」
その朱獄が太刀を振り上げる。
きいん!!
だがその太刀は弾かれて宙を舞った。
英醐の矢に弾き飛ばされたのだ。
「信じられん・・・。振りかぶった太刀の腹に矢を当てるなど・・・・」
おしゃべりがつぶやく。
もしゃもしゃはそのまま倒れた朱獄に太刀を突きたてる。
ざくっ!と音がして、その朱獄は動かなくなる。
そこへ、青い戦御体、嶺巴殿の蒼刃が駆け付ける。
「すまないね!遅くなっちまった!」
「・・・また迷子になっていたな!?」
嶺巴殿と淡影殿の声。
見ると、風結はすでに二つ目の朱獄を切り裂いていた。
残りは後、二体!
一瞬のうちに敵を追い込んでしまった。
「えええいっ!」
一体の朱獄があきらめとも思える捨て身の太刀を蒼刃めがけて振り上げる。
蒼刃は一瞬、居合の構えを見せたかと思うと、鞘から太刀を抜いた次の瞬間。
朱獄は斬られて倒れた。
最後の一体の朱獄は形勢不利と見て逃げ出そうとしたところを、優男の白縫に刺されて沈黙した。
「もう、敵に御体はいないようだ。敵は散り散りになっている。後は兵に任せよう」
淡影殿の風結が太刀を鞘に納める。
「淡影殿、助かりました・・・。依田の方は・・・」
「御体はすぐに片付いた。残りの敵の兵は兼信殿に任せてきた」
さすが・・・と言っていいのだろうか?あまりに神がかっている。
尋常ではない強さ。敵にすれば脅威以外の何物でもない。
まさに鬼神・・・。
「義陽殿、ミカナから聞きました。早く戻ってあげてはどうか?」
「・・・ですが、まだ戦は終わっておりません」
おれだって、一刻も早く妙珠の様子を見に行きたい。
だが、ここでおれだけが戦場からいなくなるわけにはいかない・・・。
「ならばこうしよう」
とすん・・・・。
風結の太刀の先を、おれの白縫の足に刺した。
「痛いっ!?」
「いかん!義陽殿が名誉の負傷だ!だれか、関ノ府まで運んでくれ!!」
淡影殿が叫ぶ。
「・・・淡影殿、そんなことしなくても、もうすぐ・・・」
目の前が真っ暗になった。
霊力切れ。
良くここまで持ってくれたものだと、自分でも思う。
その後、おれはすぐに気を取り戻し、馬で関ノ府へ急いだ。
屋敷の門の前には姉上がおれの帰りを待っていた。
おれの姿を見ると岩姫を抱いたまま手招きする。
「姉上、妙珠は!?」
姉上はおれを見上げると、目を潤ませる。口をへの字に曲げると、何も言わずおれの手を持って屋敷の中へ走り出した。
そこに妙珠はいた。
床に就いて、「はぁ、はぁ」と息をしている。
医者が来ている。父上と、竹丸を抱いた母上。女房が二人ほど、部屋の隅に控えている。
「妙珠・・・帰ってきましたよ」
おれが声をかける。
妙珠は目を開けているが、どこか遠くを見ているようだ。目が定まらない。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
かすかに息をしている。だが、その呼吸はあまりに弱い。
「待っていてくれたのですね。約束を守ってくれて、ありがとうございます」
「すぅ・・・、はぁ・・・」
「ちゃんと戻ってきました。おれも、約束を守りましたよ」
「すぅ・・・・、はぁ・・・・」
妙珠の手を握る。とても冷たくて、細い。
「・・・妙珠、いつもみたいに笑ってください・・・」
「はぁ・・・・、すぅ・・・・・、はぁ・・・・・・」
「お帰なさいって、笑ってください。おれは、あなたのあの顔が見たくて・・・・いつもあなたのところへ、帰ってくるのですよ」
「ふぅ・・・・・、はぁ・・・・・・・・、すぅ・・・・・・・、はぁ・・・・・・・」
「また、一緒に大根汁を・・・・食べようって・・・・・」
声が詰まる。だが、今、伝えなければいけない。
今言わなければ、その機会は永遠に失われる。
「妙珠、愛しています。あなたはいつまでもおれの天女様です」
「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
妙珠が最期の息を吐いた。
おれは手を添えて、開いたままの妙珠の目を閉じた。
皆のすすり泣く声が聞こえた。
いや、泣いていたのはおれだったかもしれない。
それから数日、おれは何も手に付かない。
筆をとっても、何を書いてよいかわからず、白い紙をじっと見つめている。
ここまで、おれは英雄譚を書こうとしてきたはずが、自身の弱さばかりを綴ってきた気がする。
一旦筆を置こう。ここからはおれが語るべきではない。そう思った。
その時、姉上が入ってきた。灯台の火が揺れる。
姉上はおれの隣に腰を下ろすと、おれにもたれかかってきた。
「久しぶりですね。姉上がおれの筆の邪魔をしに来るのは」
「・・・・・何も書いてないじゃない」
「慰めに来てくれたのですか?」
おれが言うと、姉上は少し頷いた。
「わたしね、正直言うと、妙珠殿がうらやましかった。とても素直で、愛らしくて。不器用だけど健気で・・・。でね、何よりも、好きな人に、誰にも気を遣わず好きって言える。そして好きって言ってもらえる人だから」
「姉上・・・」
「女って、自分で生き方を選べないの。だから、自分のことを選んでくれる人を好きになるのが一番幸せだと思うよ」
「・・・・・・」
「別れが早いのは不幸じゃない。出会えないのが不幸なの。愛し合える人に出会えたことは幸せだと思う」
そう言うと、姉上はおれにすべて任せてもたれかかってきた。
肩にかかる、心地よい姉上の重み。
そしておれの中に満ちてくる、あの懐かしい姉上の香り。
海を見ながら筆をとったあの時のような、あの頃の姉上の香りだった。




