96 芽吹ノ章 二十三
もう、我らは守る側ではなくなった。
それは伊豆の端の小さな武家から芽吹いて、世を動かす大きなうねりとなった。
英雄はすでに王者となり、意に沿わない者を排除する強者となった。
甲斐の国の南端、新鞍山の麓におれたちは陣をとった。
こちらの数は二万、戦御体が八体。敵の依田盛広の軍は一万五千、戦御体は四体。
新鞍山から見える範囲で判断すれば、である。
「申し上げます!今井望伴の軍、約一万二千がこちらへ向かっているとの知らせが入りました!」
「うむ」
総大将の兼信殿が頷く。
妙珠のこともある。義父殿も気が気ではないだろう。
「今井が着く前に依田を討つ!戦御体は雑兵に気をとられず将を狙え!」
おう!!
兵たちが応える。
「義陽殿!」
おれが戦御体に乗り込むと同時に、淡影殿がおれに声をかけてきた。
「淡影殿」
「義陽殿、おれたちが先を開く!義陽殿たちは今井の出方に注意してくれ!」
「承知した!」
おれは、隣に並ぶもしゃもしゃ、優男、おしゃべりたちに合図する。
「では、早めに終わらせてくる!」
そう言って淡影殿の”風結”が走りだす。
「!?」
おれはもしゃもしゃたちと顔を見合わせた。あまりに動きが早い。
その後に続く嶺巴殿の蒼刃、伊佐殿の杜若、宿儀殿の英醐。風結ほどではないが、それでもおれたちの白縫とは動きが違う。人が走る以上の速さ。
「なんだ、あれ・・・・」
もしゃもしゃがつぶやくのが聞こえた。
結局、淡影殿たちが単独で依田勢に突っ込んでいったことになる。
遠くからしか見えないが、その戦果は圧倒的だった。
足元に兵がいるといないとにかかわらず、縦横無尽に飛び回り敵の戦御体をあっという間に斬り倒す。
「・・・あれが、戦御体の戦い方なのか!?」
こちらから見ていても、面白いように敵の数が減っていく。
歩兵たちがたどり着いたときには、敵の数は三分の二ほどまでに減っていた。敵の戦御体はほぼ全滅状態。あまりに強すぎる。
「何だありゃ、バケモンか・・・」
もしゃもしゃがおれに言う。
「あの方たちは・・・別格だ。おれたちとは違う」
おれがつぶやいた時だった。
「北東より敵襲!今井軍と思われます!」
誰かの声が響いた。
おれは繰り座の蓋を閉めると、手元の御霊石を握る。
今は生き残ることを考えよう!
白縫を前に進ませる。
森を抜けて敵兵たちがこちらへ走ってくる。手に槍を持ち、木々の向こうから矢が飛んでくる。
白縫の太刀を抜くと飛んでくる矢を振り払い、敵の中へ突っ込んでいく。
敵の次の矢が来る前に敵の集団に入り込まなければ、弓兵たちの格好の餌食になる。
「いくぞぉっ!!」
気合を入れて白縫の太刀を一閃する。
一振りで数人の敵兵たちが血を吹き出しながら弾け飛ぶ。
「でやぁあああああっ!!」
雄叫びを上げて、敵の中へ突っ込む。
「義陽殿!突っ込みすぎだ!」
優男の声がした。
でも、もう止まれない。
敵の赤い戦御体がおれの前に出てくる。
おれが正面から突っ込んでくるので、敵も慌てて太刀を抜く。
「遅いいいっ!!」
敵の赤い戦御体目掛けて思い切り振り下ろす。
ぎいいん!!
とても嫌な金属音を立てて、太刀同士がぶつかる。
敵の赤い戦御体――朱獄が、刀身を合わせたまま、おれの白縫を弾き飛ばす。
おれは後ろへよろめいて、数歩下がる。
「くそおっ!!」
もう一度斬り込む。
ぎいん!!
朱獄はおれの白縫の太刀を弾き飛ばすと、そのまま振りかぶって一閃する。
「うああっ!」
白縫は膝あたりに傷を負った。軽い切り傷のはずだが、強い痛みが走る。
おれはもう一度前に飛び込み、力任せに太刀を振り下ろす。
だがその一撃も横に弾かれ、よろめいた白縫に敵が襲い掛かる。
がちぃぃぃん!!
硬い音がして、敵の太刀が止まった。
顔を上げると、優男の白縫が敵を止めた。
「義陽殿!逸るな!」
「・・・すみません!」
そう言いつつ、朱獄の腹あたりに太刀を突きさす。
朱獄は力を失って、後ろへ倒れる。どうん・・・と音がして土煙が上がる。
「義陽殿!気持ちはわかるが、お主が帰れなければお主の戦は負けじゃ!」
もしゃもしゃが敵兵たちの首を飛ばしながら言う。
「そうであるぞ!そもそも戦において名を残すことも大事だが、生きて帰ることこそ・・・おっと!?」
おしゃべりが言い続けているところに、次の朱獄が森から出てきた。
「皆・・・ありがとう!恩に着ます!」
おれは深く息を吸う。
・・・そうだな。
おれは淡影殿のように強くないし、宗近殿のように統率力も知恵もない。
時代に名を刻むような男ではない。だから、ひとりで戦ってはいけない。仲間がいる。
待ってくれている人たちのために、どうしても生きて帰らねばならないから!
吸った息を吐いて、もう一度大きく吸う。
「みんなで敵の戦御体をひとつづつつぶしましょう!四人でかかれば一つ倒すのはたやすい!」
「そうこなきゃいけねぇな!」
「承知ですよ」
「わかり申した!」
皆が返事してくれる。
すると、敵の朱獄が次々と森から出てくる。
・・・ええと、いち、に、さん、し・・・ご・・・ろく・・・。
「義陽殿!敵の方が多い場合はどうすんじゃ!?」
もしゃもしゃが叫ぶ。
「ええと!?考えます!とりあえず、頑張って!」
とは言ったものの、考えながら戦うなど、不器用なおれにできるはずもない!
「みな、分かれて戦うと不利じゃ!近く寄れ!!」
おしゃべりが叫ぶ。おれたちは一か所に集まる。朱獄たちが周りを囲む。
「・・・囲まれましたね」
「・・・どれか一か所を突破します!正面の朱獄を皆で倒しましょう!」
「承知!」
「行きましょう!」
それぞれが叫ぶと、おれは正面の朱獄めがけて走り出す。
あれ?
「おい!正面はこっちだぞ!」
「何を言う、正面とはおれの目の前のこと!」
「わが正面とはこちらのことであるからして!」
頭で思うほど、うまくいくわけもない。
結局皆がバラバラに飛び出したために、ひとりが二体を相手にする構図が出来上がってしまった。
「ええと・・・・これは、まずい」
おれはひとり呟いた。




