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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
三章 芽吹 めぶき

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94 芽吹ノ章 二十一

「わぁ!綺麗なお櫛ですね!」

結局、妙珠に(くし)を買ってきた。(うるし)塗りの木の櫛だ。

「わたしに、くださるのですか?」

「もちろん。気に入っていただけたら嬉しいのですが」

「・・・うれしいです」

櫛を両手で胸に押し当てる。

・・・そして、涙ぐむ。

「い、いや、そんなに高いものではないのですが・・・」

実のところ、商人から買い叩いた櫛なのだが。

「・・・ありがとうございます。わたしは、わたしは幸せ者でございます・・・」

「い、いや、そそんな・・・・」

そこまで感謝されると、こちらがどうも・・・恥ずかしくなってしまう。

おれがそう言って、妙珠の肩に手を置こうとした時だった。


「・・・うっ!?」


お腹のあたりを押さえて倒れ込む。


「?」

「うっ、ううっ!?」

「妙珠、どうしましたか!?」




「・・・・生まれそうですっ!!」





慌てて産婆を呼び、女房達に妙珠を任せた。

おれは部屋から追い出され、行くあてもなく屋敷の中を延々と歩き回る。

「もう、ちょっとは落ち着いたら?」

姉上が岩姫を抱きながら、あきれ顔でおれに言う。

「しかし・・・・妙珠が心配で・・・・」

というと、姉上はちょっと頬を膨らませた。

「・・・・わたしの時はそんなに心配しなかったくせに・・・・」

姉上が小声で何かつぶやいた。

「何か?」

「なんでもないです。とにかく落ち着きなさい。あなたにできることは何もありません!」

「・・・はい」


腰を下ろす。寝そべる。立ち上がる。歩き回る。腰を下ろす。寝そべる。やはり立ち上がる。腰を下ろす。立ち上がる。歩き回る。行きかけて戻る。


「あー!!だから、落ち着きなさいっ!!」

「ぎゃあああああっ!!」

姉上の声に驚いて、岩姫が泣き出す。

「ほら、もう!!」

「すみません。・・・おれのせいでしょうか?」

「当たり前でしょ!」

そう言って、着物をはだけて乳を出すと、岩姫に咥えさせた。

泣き(わめ)いていた岩姫がぴたりと泣き止む。


・・・これを咥えると落ち着くのだろうか!?



「・・・・今、おかしなこと考えたでしょ?」


「いえ、考えてません」




その時だった。


おぎゃあ!


赤子の泣く声が響いてきた。

岩姫かと思ったが、おとなしく乳を吸っている。


おれは足早に妙珠のところへ急ぐ。

「男の子です」

部屋の中から出てきた女房がそう言った。






翌日。

「あー!!竹丸!!かわいい!!」

竹丸に頬をすりすり・・・。

明らかに嫌そうな顔をする。それがまたかわいい。


「もう、殿ったら。」


布団に横になったまま、妙珠が呆れ気味に言う。

そしてすぐに笑顔。

「ありがとう、妙珠。頑張りましたね」

妙珠の髪をなでると、嬉しそうに目を閉じる。

「竹丸という名にしたのですね?」

「はい。おれの幼名です。・・・おれのようなって欲しくないですが」

「良い名だと思いますよ。それにわたしは、この子にも殿のようになって欲しいです」

おれの顔を見上げてにっこり笑う。


そこへ、父上と母上が飛んできた。

「義陽ーっ!」

「男の子?女の子?」


おれはニヤリと笑んで二人に竹丸を見せる。

「男児が生まれました!汐永の跡継ぎです!」

「おー!!」

ぱちぱち。ふたりが拍手する。


「ほんと、よく頑張ったね、妙珠殿」

姉上もいつの間にか妙珠のそばにいた。

「姉上殿、ありがとうございます」

「これから一緒に頑張って育てていきましょうね」

「はい!よろしくお願いします!」

妙珠は疲れた顔だったが、それでもやり切った後の満面の笑顔だった。








その日、宗近殿はおれと兼信殿、そして淡影殿を呼んだ。

「淡影、少し話がしたい」

重々しい口調で宗近殿が言った。

「はい。何なりと」

「お前、木曽へ行ったか?」

「・・・・・」

淡影殿が少し曇った顔をする。


木曽・・・?

そういえば近頃、木曽霞家が緋家の大軍を破ったと聞いた。

こちらは関ノ府のことで手一杯、今は戦の時ではない。


それに、淡影殿が木曽へ行ったことがあるとして、何か問題があるのだろうか?


「なぜ黙っておる?木曽へ行ったか、と聞いただけだが?」

宗近殿が追い詰める。おれだったら逃げ出しそうなくらい言葉の圧力が強い。

それを黙って受け止めている淡影殿はすごいと思った。


「ふ、ふはははは!」


いきなり淡影殿が笑いだした。

おれも兼信殿も、何事かと驚く。

「何を笑う!?」

「いやあ、やはり兄上に隠し事はできません!さすが兄上!すべてわかってしまうのですね!」

そう言って、頭を掻いた。

「木曽へ行きました。そして、霞宗影殿に会いました。そう、おれの影の字は宗影殿にいただいたのです」

「・・・やはりか」

「はい。ですが、実の兄の宗近殿が気を悪くするといけないので、黙っておけと言われまして。いや、黙っていたのは面目ないです!」

そう言って、畳に頭をこすりつけた。

「・・・別にそのように謝ることではない。おれはただ、木曽へ行ったか、と聞いただけだ」

「はい。木曽とは山の中、獣の棲み家のようなところでございます。木々が多く、人の里は少なく・・・ですが、山の上から見る景色は、それはもう美しく・・・」

・・・淡影殿が、珍しく饒舌に語りだした。

それを聞きながら、宗近殿がニヤリと笑った。

「淡影。木曽のことはもうよい。ここの暮らしには慣れたか?」

「はい。ここ、関ノ府は素晴らしい町にございます。すべてに無駄がなく、まさに武士の理想とする街づくり。兄上の手腕とはかようにまで目が行き届くとは・・・」

「世辞など良い。だが淡影、近頃北の今井、依田(よだ)、東の千波(ちば)などの動きが活発になっておる。気を抜くな。奴らの狙いはここ、関ノ府であるからな」

「はい。(おこた)りなく進めてまいります」

そう言って、もう一度頭を下げた。

宗近殿が挙げた坂東の武家たちは、皆緋家に恩義を受けて成りあがった者たちばかりだ。

「義陽も淡影を手伝ってやれ。頼むぞ」

「はい。お任せを」

おれもそう言って頭を下げる。



・・・なんのやり取りだったのだろう?



おれと共に宗近殿の前を下がった淡影殿が、誰もいないところで一瞬だけ苦い顔をしたのがとても気になった。




あ。穴掘りに戦御体を使うことのお許しを得ることを忘れていた。

「淡影殿、先に言っておいてください。今日は”ろの八”区の穴掘りです」

「あ、ああ、承知した」

おれは淡影殿と別れ、宗近殿のところへ戻ろうとした。



「どう思うか、兼信?」

「淡影殿がわざわざ会いに行かれたのです。まず間違いないでしょう」

「・・・そうだな。淡影の持っていた刀。あれは御曹司にしか渡されぬ霞家の宝刀”霧薙(きりなぎ)”に間違いない。だとすれば、あれを与えたのは・・・」

「お父上ではありますまい」

「木曽に真意を問わねばならんな」

「はい。もし、殿に反意あるなら厄介なことに・・・」

「そうだな。それに淡影・・・いずれ、罰を与えねばならんかもしれん」

「・・・・・・」

「今は、利用させてもらうがな」

「御意に」

宗近殿と兼信殿が話している。聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、なんとなく入って行くことが出来ない雰囲気に、また襖の裏に隠れてしまった。

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