92 芽吹ノ章 十九
その後すぐに足柄平野の開拓がはじまった。
京の都と同じように区画を引けと宗近殿からの命で野原の掘り起こしが始まると、あっという間に平地にへと変貌を遂げた。
北中央に八幡大菩薩を祀る大社が置かれる予定で、それより南の西側に武家たちの屋敷が置かれる。それぞれの武家の名に応じて汐永町、織部町という名前が与えられ、その区画にそれぞれが自分の屋敷を建てる。東側には武政殿と呼ばれる宗近殿並びに筆頭武家たちが政務を行う、最も大きな屋敷が据えられた。さらにこちら側には戦御体を作る織部衆たちの御造所、作った御体を並べる御体蔵が置かれる。そして戦御体の運搬を用意にするためのかなり広い道幅の街道の整備も進んだ。
南側に職人、商人たちが住む町が築かれ、街道沿いには広大な市場を置く。これにより街道沿いは賑やかになり、物と人の行き来が活発になった。
だが、ここはあくまで関所であり、通る者から通行料をとる。それにより莫大にかかった街づくり資金を補填していくことになる。
そしてこの街は、「関ノ府」と呼ばれた。
「本当に町を作ってしまわれるとは・・・・」
ほとほと、霞宗近という方には驚きというか、呆れさえ感じる。
それも、わずか一年足らず。人が住めるまでの形になった。
まだ室山にいくらかの武家たちは残っているが、主な政はこの関ノ府で行えるまでになっていった。
そして・・・・。
「岩姫、じいじじゃ!」
「おやめなさい!翁の顔など見たら、岩姫が怖がります!ほら、泣いてしまわれた!」
「しゅん・・・・」
父上と母上があやしているのは、姉上が生んだ娘、岩姫だ。
初孫が可愛くてならないらしく、一日中そばから離れない。
「・・・おかげでわたしは少し楽ではあるけど・・・」
父上と母上の溺愛ぶりに、姉上がいつもこぼしている。
おれとしても、姉上に子ができた時はとても複雑な心持でいたが、いざ生まれてくると愛らしくてたまらない。早く今日の穴掘りを終えて、岩姫のところへ行きたくて仕方ない。
「今日は、南の三の地区に溝を掘ります!人足方、集まってください!」
声をかけると、三十人ほどが集まってくる。
彼らを連れて、指定された場所を彫りに行くのがおれの仕事だ。
場合によってはおれもを鶴嘴も持って土を掘る。最終的には水を川から引き、利用するのだそうだ。
町の中に人の手で川を引くとは、すごいことを考えるものだと感心する。
日が暮れ始めると、穴掘りは終わりだ。
それぞれの人足に褒美を配り、おれの仕事は終わる。
急いで屋敷に帰り、父上と母上の部屋へ。
「おおー岩姫ー。もう寝ておるのかー」
自分でもデレデレしているのがわかる。
岩姫はすでに布団の上ですやすやと寝息をたてていた。
「義陽、やっと寝たところだから、起こしてはなりませんよ!」
母上から声が飛んでくる。
「しぃ!母上の声で起きてしまいます!」
おれがそう言うと、姉上が岩姫を引き取りに来た。
「おお、姉上!岩姫は寝顔も愛らしいの・・・いててて!」
姉上に頬をつねられた。
「義陽・・・何度言わせたら気が済むのっ!帰ったらすぐに妙珠殿のところへ行きなさいって!!」
「いて、いて!いや、おれはどうしても岩姫が・・・いてて!」
おれと姉上が大きな声を出したから岩姫が起きてしまった。
「ぎゃああああ!」
「あー、もう!義陽!」
姉上がおれに怒鳴る。
「お、おれのせいですか!?」
「義陽!起こさないでって言ったでしょっ!」
母上まで・・・。
「ごめんなさい、岩姫・・・・」
やはりこれじゃ、父上と同じだ。
・・・・情けない。
姉上が妙珠のところへ行けと言ったのは理由がある。
「妙珠、お体はいかがですか?」
「ああ、殿!お帰りなさい!」
大きなお腹を抱えながら、おれの方を見る。
「あ、動かなくてよいですよ。そのまま、そのまま・・・」
「今日も、遅くまでお疲れ様でございました」
この笑顔。やはり癒される・・・。
「すみません。どうしても岩姫の顔が見たくて立ち寄っておりました」
「あら。殿は岩姫が本当にお好きで」
そう言っておかしそうに口に手を当てて笑う。
おれもつられて笑い、そっと妙珠のお腹をさする。
「早く生まれてほしいですね・・・」
「男児と女児、どちらがよろしいですか?」
「武士として男児であれば申し分ありませんが、岩姫を見ていると女児も捨てがたいです」
「贅沢なことですね」
「妙珠はどちらが良いですか?」
「そうですね・・・少なくとも、どちらもひとりづつは欲しいですね」
そう言って恥ずかしそうに目を伏せた。
胸の奥を温かいものがふわふわと漂う。
この瞬間の妙珠を見るために、おれの一日はあるのだろうか。
次の日、おれは有頂天で穴を掘り続けた。
人足たちよりもおれが早く穴を掘るので、遠慮した人足たちが褒美のいくらかをおれに返してきたほどだ。明日からは仕事もほどほどにしよう。
「ここは・・・・町を作っておられるのですか?」
ある日のこと、おれがいつものように穴掘りを進めていた時だ。声をかけてきた者があった。
最初に見た時は、若く綺麗な女に見えた。それほど整った顔立ちをしていた。
だが、声は低く男のものだった。
「ああ、旅のお方ですか?」
「はい。伊豆へ向けて旅をしております」
「伊豆?」
よく見ると、まだ少年のようだ。十五・六といったところか。
幼さもありながら目鼻がはっきりとして、整ったきれいな顔立ちをしている。
旅装束を身に着けているが、単衣を着せたらその方が似合いそうだ。
とても大きな荷車を馬に引かせていて、その荷車が四つほど、ここから見て取れる。
商人だろうか?それにしては若いが・・・。
それに、腰に刀・・・。武士のようだ。
「はい。霞宗近殿を探しております」
・・・宗近殿?
「あの・・・失礼だが、あなたはどのようなお方なのですか?」
「ああ、すみません。申し遅れました。おれは霞四郎淡影。霞宗近殿の弟にあたります」
「お前が白結丸か!よう来てくれた!」
「兄上、お初にお目にかかります」
弟君は床に膝をついて頭を下げる。
そして、腰に差していた刀を鞘ごと両手で差し出す。
「・・・間違いない。わが霞家の紋様が入っている」
鞘から刀を抜くと、光に当てて透かして見る。
「・・・はい。・・・父上が・・・・おれに持たせたものと聞いております」
「そうか、父上が・・・お前にな。それより、久しいな!お前が生まれたその日以来だ!」
そう言いながら刀を淡影殿へ戻す。
「はい。母上から・・・璃玖御前から、そのように伺っております」
「母上はどうしておる?お元気か?」
「数年前に病を拗らせまして、亡くなりました」
「・・・・そうか。もう一度、お会いしたかった」
おれが宗近殿の淋しそうな顔を見たのはこれが最初だと記憶している。
淡影殿は顔を上げると、宗近殿を見上げた。
「兄上が緋家討伐の兵を挙げたと聞いて、参上いたしました。その家臣の一端にお加えくださいますでしょうか」
「もちろんだ。ともに霞家の悲願を成し遂げよう」
そう言って宗近殿は淡影殿の肩に手を置いた。お互い面識はないようだが、兄弟の再会・・・と言って良いのだろう。
「義陽、淡影に関ノ府を見せてやってくれ。寝泊まりするところを与えて、わが家臣として加えよ」
「承知しました」
おれは頷くと、淡影殿を連れてその場を辞した。
「・・・兄上、もっと怖い方かと思っていました」
ぼそりと淡影殿が言った。
・・・ええ。鬼の宗近ですよ。
と言いたい!




