70 風結ノ章 幕間 一
「あら、あなたが白結丸ね?」
千子は笑顔で言った。
「はい、はじめてお目にかかります。姉上」
「あら、固い挨拶はいいのよ。姉弟ですもの」
「そう言ってもらえると・・・・」
白結丸はやっと肩の力が抜けた。
「へぇ、本当に璃玖殿にそっくりね。綺麗なお顔立ちだわ」
「そ、そうですか?」
「ええ、そりゃあもう!璃玖殿は都で一番の麗人と言われていましたからね。そんな方がどうして父様と!?って、兄様も驚いていましたから!」
「・・・・・」
ちょっと恥ずかし気な白結丸。
「うふふ、わたしが後十五年若かったら、伊佐になんて負けないのだけれど!」
「母様っ!」
「あら、伊佐!いたのっ!?」
「ずっといましたっ!!」
「ああ、ここまでの案内と姉上への取次ぎをお願いして・・・・」
「そんなことしなくても・・・・と言いたいけれど、伊佐としては一緒にわたしに会いに来たかったのでしょう?」
「母様ぁっ!!」
「だって、連れてきなさいね。って言ったら、こんなに早く、本当に連れてくるんだもの!てっきり・・・・」
「えっと・・・・伊佐、何の話だろうか?」
「なんでもありませんっ!!」
顔を真っ赤にする伊佐。
「ふふふ・・・。まあ、伊佐をからかうのはこれくらいにして・・・・」
「母様ぁっ!?」
「白結丸、ただわたしに会いに来たのではないでしょう?」
「はい」
白結丸が千子を見つめる。
「宗矢兄上のことを教えていただきたいのです」
「・・・・やはり、そうでしょうね」
「はい。ずっと、伊豆で死んだと聞かされてきました。ですが、ミカナ・・・・いえ、兄上の知り合いの話では、父上が六原へ攻め入った夜、そこにいたと・・・・」
「・・・・そうですか」
千子は俯いて、考え込んだ。
何かを話そうか悩んでいるように。
「姉上、知っていることがあれば教えていただきたいのです。おれは、このあと伊豆の宗近兄上のところへ行こうと思っています。ですが、宗矢兄上が生きているなら、霞家の正統な御曹司は宗矢兄上です。」
白結丸は腰の刀を外し、千子へ向けて置く。
「これは、霞家の御曹司が持つ刀と聞いています。おれを育ててくれた天狗から貰い受けました。ですが、本当なら宗矢兄上が持つべきものです」
「・・・・たしかに、そうです。わたしも幼い頃、父様から兄様へこの刀を渡すところを見た覚えがあります」
「はい。生きているなら宗矢兄上、死んでいるなら宗近兄上のところにあるべきものです。おれが持っていて良いものではありません」
「・・・・・・白結丸」
「はい・・・・・」
「よく考えなさい。なぜ、今、あなたの手元にその刀があるか。それは、宗矢兄様があなたに、霞家を託した証ではありませんか?」
「・・・・・・・はい。わかっています」
「ならば、あなたがやるべきことはひとつ。紀基翁の禿げ頭に油を塗って火をつけることです」
「?」
「冗談です」
「ぷっ」
伊佐が噴き出す。
「それで、そのうえで言いますね」
「はい」
「わたしは、六原にいた時、澄乃といつも一緒でした。宗矢兄様の妻です。六原が燃えたあの夜、宵近丸・・・・宗近に、澄乃を助けてくれるよう頼みました。宗近は、わたしたちのところへ戻ってきたときに、澄乃は無事です、と言ったのです。ですが、澄乃に会うことはできませんでした。あのとき、あなたの言うように宗矢兄様が一緒にいたのなら、澄乃と共に姿を隠したと思います」
「・・・・では、姉上も宗矢兄上が生きているとお思いなのですね?」
「そう信じております」
千子は真顔で言った。
「ですが、定かではありません。あなたの目で確かめなさい」
「・・・・でも、このあとどうしたら?」
「まず、橘中納言をお尋ねなさい。中納言は以前から緋家に恨みを持っておられて、わたしたちにいつもよくしてくださいました。宗矢兄様もよく面倒を見てもらっていたと聞きます。わたしがここへ隠居するときも、中納言の口添えがあったのですよ」
「そうですか。では、お会いしてみようと思います」
「では、文を書きましょう。それをもってお行きなさい」
「ありがとうございます、姉上」
「いいえ、他ならぬ伊佐のためですから!」
「伊佐の?」
「母様っ!」
伊佐は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。




