69 風結ノ章 六十九
紅羽は重臣たちの前に座った。
時千代は紅羽の少し後ろの上座に座っている。
「此度、緋家当主・緋浄基の嫡男、緋時千代殿が、仮ではあるが因幡国司の任につくことになった!ここに朝廷よりの書状も届いている!」
紅羽が書を開いて皆に見せる。
朝廷からの書面である旨の印が押されているものだ。
集まった家臣たち全員が時千代に頭を下げる。
「わたしはその輔佐として、政に当たる!」
紅羽は言葉を切ってゆっくりとひとりひとりの顔を見渡す。
「異論のある者は申し出よ!」
全員が再び頭を下げた。
今まで富士江家の圧政に苦しんできたのだ。
相当な不安があるだろう。
「では、ここにいる誰もが、このことについて異論なく認めたということである!今後、一切の申し立てを認めず、国司たる緋時千代殿のために死力を尽くせ!」
「はっ!!」
全員が声を上げる。
紅羽は満足そうに頷くと、時千代と目を合わせる。
「では、目代、緋時千代殿より言葉をいただく!!」
全員が頭を下げる。
「皆、よく集まってくれました!!」
その声はとても力強く、はっきりとしている。
そしてゆっくりと、ひとりひとり目を合わせる。
・・・・・・。
・・・・・・・。
その場の全員が、時千代の次の言葉を待った。
「これからよろしくね♪」
「「「「うわぁっ!!」」」」
ガタガタガタガタ!!
全員が盛大にコケた。
・・・・さすが時千代!やっぱりかわいいっ!!
◇
「紅羽、ひとつ頼みがあるんだ」
白結丸が紅羽のところへ話をしに来た。
「なんだ?頼みとは。珍しいな」
「伊佐を、連れていきたい。許してくれないか?」
・・・・・・・。
「え?まさか・・・・・」
・・・・伊佐を娶るつもりか?
だ、だが・・・・そんな!?き、急にっ!?
「い、伊佐には話してあるのか!?」
「いや、まだだ。まずは紅羽の許しを得ようと思ってな」
「だ、だが、それは伊佐の気持ちもあるしだな・・・・」
「それもそうだが、伊佐は嫌とは言わないだろう?」
・・・・なんという自信!!伊佐が自分に惚れているのをわかった上での強気の態度かっ!!
「紅羽と時千代はこれから忙しくなるだろうからな。伊佐を少し連れて行ってもよいかどうかを聞いておきたくてな」
「あ、あわわわわ・・・・・・」
「なあに、大したことではない。千子姉上に挨拶がしたいのだ。それで伊佐を連れていきたいだけだ」
・・・・・母様にっ!?伊佐と二人で挨拶っ!?
もう、これ、決まった・・・・。たしかに、伊佐は嫌と言わないだろう・・・・。
「・・・・わかった。伊佐が良いと言えば許す・・・・」
「おお、すまんな、紅羽!ちゃんと返すからな!」
「返すなっ!!最後まで面倒見ろっ!!」
「?」
「幸せにしなければ、わたしがお前を許さん!」
「・・・・良くわからんが、わかった!ちゃんと道中面倒見るから心配しないでくれ!伊佐にも話してくるな!」
そう言って白結丸は走って出て行った。
・・・・・・ああ、伊佐が・・・・嫁に行ってしまった。
嬉しくもあり、寂しくもあり・・・・。
◇
「ええっ!!」
ぼんっ!!
伊佐の顔が一気に赤くなる。
「わ、わたしと、白結丸様が、母様に、会いに、行くっ!?」
・・・・今度、いっしょにいらっしゃい。
母様には笑顔でそう言われた。だけど!
そ、そ、そそそそそそれって!
嫁入りの話じゃないっ!?
「わ、わたし、白結丸様と一緒に行って良いのですか!?」
「ああ、一緒に来てほしい。おれ一人では不安だからな」
・・・・?
まあ、姉とはいえ会ったことのない人と会う不安もあるでしょうね。
それに、嫁にもらう相手の母親となると・・・・。
「なあに、大したことではない。道案内と引き合わせを頼みたいだけだ」
「え?」
「それが済んだら因幡へ帰ってもいいからな!」
・・・・・・・・。
「あ、・・・・・・そう」
「じゃあ、頼むぞ!旅の用意をしておいてくれ!」
そう言って走って行った。
「う・・・・・そ・・・・・・・・」
ごうん、ごうん、ごうん・・・・・
伊佐の頭の中で寺の鐘が連打しているような音が聞こえた。
◇
「皆、昨日話した通り、これからまず、姉上のいる丹波へ向かう。その案内と姉上との引き合わせを伊佐に頼んだ」
「はい・・・・」
あらためて紹介されると・・・・。
・・・・考えてみれば、白結丸様は霞家直系の子。わたしは緋家直系の娘。
共に旅をするなんて、とんでもない話だ。
白結丸様の仲間だって、皆、緋家一門に少なからず恨みを持っている。
受け入れがたいのは間違いない・・・・。
「・・・・また、白結丸はおなごを連れていくのか?」
ミカナが不満そうに言う。
「いかにも白結丸が好きそうな娘だからな。でも、残念だけど渡さないよ?」
嶺巴が白結丸の首に腕を回し、白結丸の顔を胸に押し付ける。
「むぎゅっ!?・・・・ぷはっ!そういうわけじゃないって!」
「何を言う嶺巴!そもそもおれと白結丸はひとつじゃ!」
「何を言うミカナ!おぬしはちんちくりんじゃ!」
「胸と尻だけのおなごには言われとうないわ!」
「ふん!なんもないよりましだと思うねっ!!」
ぎりぎりぎりぎり・・・・・・。
「もう、喧嘩するなよ」
「「うるさいっ!!」」
「・・・・・・・・・はい」
そこへ、皆秀が伊佐の前に来る。
「ああ、そう言えば杜若ですけど、この前壊れた足の部分、もっと強くできますよ。それに、体全体としてみた時にとっても不安定です。もっといろいろ調整すると今の倍くらい頑丈で速くできますから、今度御造所に行ったときにわたしがやってみますよ。まったく誰が作ったのか知らないですが、もうちょっと乗る人のことを考えればわかることなんですけどね。それと、腕の辺りの〇×▽◇・・・・・」
「戦力増強・・・・熱烈歓迎・・・・・・・」
喋り続ける皆秀の後ろで、宿儀がぼそりとつぶやいた。
・・・・本当に、変な人たち。
◇
因幡の町が見下ろせる高台に、小さな墓が作られた。
盛られた土と、石を積んだだけのとても質素で小さな墓。
それが誰の墓なのか、町の人は誰も知らない。
それは、生き別れた妹を思い続け、永遠の命の呪縛から解き放たれた、男の墓である。




