68 風結ノ章 六十八
『なぜだ!?わたしの術から、なぜ戻ってくる!?』
夜和・・・・。
『成正か!?』
頼む。もういいだろう?
『ふん。もうお前の意味はない』
よかった・・・・。
その刹那。
成正の眼前に風結の太刀が迫る。
ざしゅうううううっ!!
風結の一閃は、牛鬼蜘蛛の上半身を切り裂いた。
◇
「だから言っておるだろう、梦卯比売よ」
「・・・・なんだ、虎の爪。またわたしに説教しに来たのか!?」
「妾は説教などしておらん。忌まわしい覚えを妾に預けよと言っておるのじゃ」
「ならん!わたしはこの覚えを持って、和邇賊の末裔を根絶やしに・・・・」
「それがもう、間違いじゃというておるに。それから何百年が過ぎたというのじゃ」
「だが、わたしの傷は消えておらん!」
「もうよい。妾が預かっておく」
「いやじゃ、やめんかっ!!」
◇
それは千年以上前のこと。
淤岐の島は和邇賊の襲撃に怯えていた。
「長、わたしも和邇賊と戦う!」
「いかん!巫女たるお前まで和邇賊の餌食になっては、われらの生き残る術がない!」
「何を言う、不老不死たるわたしが戦わず、皆を見殺しにするなど出来ぬ!」
「もともと我ら兎神は戦いを知らん。戦いの民族たる和邇賊には敵わんのだ」
「しかし、このままでは・・・・」
「梦卯比売命よ、われらはもうこの島を捨てるしかない・・・・」
長たちは船を作り、島を出た。
だが、それも和邇賊に見つかり、船を沈められてしまった。
「もう、終わりじゃ!梦卯比売命、お前だけでも逃げよ!」
「許さない!和邇賊をわたしは許さない!!」
「いかん!逃げるのじゃ!!」
長の言うことを聞かない梦卯比売命は、ひとり和邇賊に戦いを挑んだ。
兎神たちはみな、海へ沈んだ。
唯一、不老不死で空を飛べる梦卯比売命だけが和邇賊の船の間を飛び回り、何艘かの船を沈めた。
だが、すぐに梦卯比売命も和邇賊につかまり、その首長の前に引き出された。
「おう、これが兎神の巫女か。噂通り美しい」
「蛮族め!」
「何を言おうと構わん」
梦卯比売命は自我を失うまで殴られた。
身につけているものを全て剥ぎ取られ、来る日も来る日も代わる代わる何度も何度も嬲られた。
そしてその体に飽きた和邇賊は、梦卯比売命の体から肌を剥いで、体を布施野の浜へ捨てた。
「あの美しいと評判の梦卯比売命がこのような姿に・・・・」
八百万の神々はあまりに憐れみ、せめてその姿が人の目につかぬようにと、体を海へ沈めた。
それから千年以上が経った。
波のいたずらか、それとも海の気まぐれか。
浜へ打ち上げられた梦卯比売命は、その目を開けた。
◇
「その覚え、妾が預かる」
「・・・・・・・」
「すでに、その石から出る力もなかろう?」
「・・・・・・・」
「しばし、眠るがよい」
◇
ざしゅうううううっ!!
風結の一閃は、牛鬼蜘蛛の上半身を切り裂いた。
ずううん・・・・・・。
静かに牛鬼蜘蛛は力を失い、地面に倒れた。
◇
「おおい!何人か手伝ってくれ!国司殿の死体を戦御体から出すのだ!」
坂忠房は兵を連れて、護堕天を回収に来ていた。
・・・・まったく、見事にやられて。
せっかくの手柄が消えてしまった。
使えない男だ。
護堕天まで与えられて、小僧ひとり討てないとは。
まあ、護堕天と魁怨、二体の戦御体を六原へ持って帰れるだけ、良しとするしか・・・・。
くそっ、残念だ!
兵たちが護堕天の繰り座から道明の死体を運び出す。
「坂殿!国司殿はどういたしましょうか?」
「そのあたりに埋めてあげなさい。われらが必要なのは護堕天だけです」
「承知」
血塗れの繰り座を覗き込む忠房。
「ああ、御霊石まで割れていますね」
繰り座の御霊石は綺麗に二つに割れていた。
・・・・護堕天に使えるほど純度の高い御霊石がどこかで手に入るといいのですけど。
「まったく、盗賊に魁怨の御霊石を奪われて、護堕天の御霊石まで割られて・・・・。御霊石には泣かされてばかり、ついていない話ですね」
・・・・・・まてよ。
さっき見た、あの蜘蛛もどき。
かなり純度の高い石を使っているように見えましたね。
このまま捨てるにはもったいないな。
ひとつくらい貰っても罰は当たりますまい。
◇
「や、やつが・・・・あの娘が来る!!」
成親は崩れた富士江家の屋敷を当ても無く彷徨っていた。
屋敷にいた者たちはすでに成親を見捨てて逃げてしまった。
無理もない。
突然、屋敷の裏から崩壊音が鳴り響き、牛鬼と蜘蛛の巨大な化け物が現れたのだ。
だが、成親には何が何だかわからなかった。
ただただ、あの娘が来ることだけが恐ろしかった。
「来るな!来るなっ!!」
叫びながら、娘の幻影から逃げ回る。
だが、その娘は音もなく成親の後をついてくる。
「こっちへ来るなっ!!」
だが、崩れた屋敷の瓦礫に足を取られる。
ずしゃっ。
「うぐっ!?」
地面に体が投げ出される。
そこへ、娘が近づく。
「く、来るなぁっ!!おまえの父親はわしが殺したのではない!!おまえの命を助けてくれるならと、自らわしの刀を抜いて腹を刺したのじゃ!」
「・・・・・・・」
「わしは、苦しんでおったお前の父親を、介錯してやった!助けてやったのじゃ!」
「・・・・・・・」
「た、助けてくれぇ!!わしは、悪いことはしておらん!!」
縋るように頭を地面につけ、体を震わせる。
「白結丸、頼む」
「・・・・・・わかった」
白結丸は成親に近づくと、刀を一気に振り下ろした。




