63 風結ノ章 六十三
ず、ず、ずん・・・・。
ず、ず、ずん・・・・。
その影はあたりのどの建物の屋根よりも高く、そして視界一面を覆うほどに巨大だった。
ぼんやりと光る緑の光。
ぽつぽつと夜空の星のように点在している。
だが、その中からは禍々しい”気”が漂って来る。
その光は、地響きのような音と共に、上下してこちらへ近づいてくる。
「なんだ、あれは?御霊石の光のようだが・・・・」
「戦御体でしょうか・・・・。でも、あまりにも大きすぎます」
紅羽も伊佐も、夜の闇の中に蠢く巨大な影に体が動かなかった。
「姉様たち、何の音でしょうか・・・・」
時千代が眠い目をこすりながら起きてきた。
「・・・・・・あれは・・・・?」
月明かりを背に、その巨大な影がゆっくりと上下している。
どおおおん!!
「なんだ、あれはぁっ!?」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「にげろーっ!!」
その影の辺りから、建物の壊れる音、悲鳴が聞こえてくる。
「いかん!!時千代、兵たちを起こせ!民を逃がすんだ!」
「・・・・・・あ、はいっ!!」
「伊佐、杜若でわたしの綾芽に続け!あれを止める!」
「はい!」
ふたりはそれぞれの戦御体の乗る御体車へ走った。
◇
「なんだい、あれ?」
蒼刃の中から嶺巴が行った。
白結丸たちは因幡の国府へ向かう途中、小高い丘に出る。
そこからは因幡の町が一望できる。
風結の中から白結丸も目を凝らす。
月明かりに照らされた街並み。
その一角、巨大な山のような影がずるずると動いている。
その影の通った後は、町が崩壊していた。
「緑の光があるな・・・・戦御体か?」
「それにしては・・・・大きすぎませんか?」
皆秀が馬に乗ったまま、身を乗り出す。
「・・・・もしあれが戦御体なら、巨大無比・・・・」
英醐の中の宿儀がつぶやく。
『白結丸、間違いない!あの何かわからん大きなものに、あの屋敷で感じた禍々しい気配がある!』
「わかった・・・・」
「みんな、嶺巴が見たという妖、あの中にいるらしい!ともかく急ごう!」
「行動迅速っ!!」
「はい、行きましょう!」
風結に続いて英醐、皆秀の馬が走り出す。
蒼刃は両手に持った荊火の体をそっと地面に降ろす。
「ここなら因幡の町が見える。見てな、あいつを倒してやるから。そうすれば、荊火もゆっくり眠れるだろ?」
「・・・・・・・・・・」
「ああ、わかってるさ!!」
そう言うと、嶺巴の蒼刃は地を蹴って走り出した。
◇
成正は意識の渦の中で目を覚ました。
「ここは、戦御体の中?」
・・・・おれは、何をしている?
・・・・うっ!?
・・・・なんだ?
「頭の中に、何かが入ってくる!?」
『和邇賊を滅ぼす』
・・・・和邇賊?
「夜和、夜和の声だな?」
『夜和とは、仮の名前。和邇賊に永遠の夜を与えるために、あの屈辱を忘れぬためにわたしが自身につけた名』
「何を言っている、夜和!」
『わたしの本当の名は梦卯比売命。永遠の命を持つ、誇り高き兎神族の生き残り・・・・』
「・・・・生き残り!?」
『もう、時は戻らん。このまま、わたしの器になれ』
成正の意識は暗いところへ引きずり込まれる。
「やめろ!おれを、人に戻せ!!」
◇
「なんだ、こいつは・・・・鬼?蜘蛛?」
紅羽は彩芽の中で呻いた。
その巨大なものは、あまりにも異形の姿をしていた。
最初に目についた胴体。それは蜘蛛の形をしている。
最も大きく膨らんだ丸い腹の部分と、胸の部分からは細長い六本の足が左右に三本づつ生えている。
そして蜘蛛の頭部辺りから人型の上半身がつながる。腕には太刀を持ち、鎧のようなものを身につけている。
そして、人型の頭は牛鬼を模していた。
睨み怒る目、大きく裂けた口は牙を剥き、頭の両側に太く短い角が生えている。
その大きさは戦御体に乗っていても見上げるほど。
紅羽の彩芽の二倍以上の高さはあると思われた。
足の関節、胴体、腹。あちこちに御霊石が並べられて、ぼんやりと緑色に光っている。
「姉様・・・・」
伊佐もその異様な光景に言葉を失う。
『・・・・見つけた。和邇賊の血を引く者』
牛鬼蜘蛛は大きく太刀を振り上げる。
ざざざっ!
ざざざっ!!
その巨大な牛鬼蜘蛛は、一気に紅羽と伊佐に向けて動き出す。
「来るぞ、伊佐!」
「はい、姉様!」
綾芽と杜若は太刀を抜く。
牛鬼蜘蛛が太刀を振り下ろす。
綾芽と杜若は左右に分かれて跳ぶ。
ざしゅううっ!!
牛鬼蜘蛛の太刀は地面を抉る。
・・・・大きいだけじゃない。力も強い!
「伊佐、あの太刀を受けては駄目!よけて!!」
「はい、姉様!」
その伊佐の杜若めがけて牛鬼蜘蛛が迫る。
ざざざっ!
「来るっ!!」
牛鬼蜘蛛は太刀を横へ一閃する。
杜若は地面を転がってそれを避ける。
ひゅんっ!!
空を切る音が響く。
「怖い・・・・。ものすごく、怖い!!」
続けて打ち込んでくる牛鬼。
それを紙一重で躱し続ける。
「うしろ、もらった!!」
その隙に紅羽の彩芽が牛鬼蜘蛛の後ろへ回る。
走って勢いをつけると、牛鬼蜘蛛めがけて太刀を振り上げながら跳び上がる。
その時、蜘蛛の腹の部分が少し動いたかと思うと、その先端が綾芽めがけてくっと上を向いた。
「え?」
ぶしゃあああっ!!
「うわっ!?」
牛鬼蜘蛛は腹の先から白い液体を噴出した。
その勢いがすさまじく、跳びあがった彩芽を押し戻した。
ずしゃっ!!
綾芽は地面に落ちる。
「くっ!?なんだ、この白い水は!?」
綾芽の体にまとわりつくようにねばねばとしている。
「ともかく、今は・・・・・・え?」
白い液体は少しづつ固まり始めた。
「なんだ?動かないぞ!?」
ばりばり・・・・。
表面が乾くにつれて白い液体は個体へ変わる。
綾芽が体を動かすと、固まった表面がばらばらと崩れ落ちる。
「大丈夫だ!乾けば、落ちるっ!!」
・・・・足が曲がらない。
「関節が、固まった!?」
牛鬼蜘蛛の巨大な影が彩芽を覆う。
「くっ!?足が、動かないっ!!」
牛鬼蜘蛛が彩芽に向けて太刀を振り上げた。




