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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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63 風結ノ章 六十三

ず、ず、ずん・・・・。



ず、ず、ずん・・・・。




その影はあたりのどの建物の屋根よりも高く、そして視界一面を覆うほどに巨大だった。

ぼんやりと光る緑の光。

ぽつぽつと夜空の星のように点在している。

だが、その中からは禍々しい”気”が漂って来る。

その光は、地響きのような音と共に、上下してこちらへ近づいてくる。


「なんだ、あれは?御霊石の光のようだが・・・・」

「戦御体でしょうか・・・・。でも、あまりにも大きすぎます」


紅羽も伊佐も、夜の闇の中に蠢く巨大な影に体が動かなかった。


「姉様たち、何の音でしょうか・・・・」

時千代が眠い目をこすりながら起きてきた。


「・・・・・・あれは・・・・?」


月明かりを背に、その巨大な影がゆっくりと上下している。


どおおおん!!


「なんだ、あれはぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁっ!!」

「にげろーっ!!」



その影の辺りから、建物の壊れる音、悲鳴が聞こえてくる。


「いかん!!時千代、兵たちを起こせ!民を逃がすんだ!」


「・・・・・・あ、はいっ!!」


「伊佐、杜若とじゃくでわたしの綾芽あやめに続け!あれを止める!」


「はい!」




ふたりはそれぞれの戦御体の乗る御体車へ走った。







「なんだい、あれ?」

蒼刃の中から嶺巴が行った。



白結丸たちは因幡の国府へ向かう途中、小高い丘に出る。

そこからは因幡の町が一望できる。

風結の中から白結丸も目を凝らす。



月明かりに照らされた街並み。

その一角、巨大な山のような影がずるずると動いている。

その影の通った後は、町が崩壊していた。


「緑の光があるな・・・・戦御体か?」


「それにしては・・・・大きすぎませんか?」

皆秀が馬に乗ったまま、身を乗り出す。


「・・・・もしあれが戦御体なら、巨大無比・・・・」

英醐の中の宿儀がつぶやく。



『白結丸、間違いない!あの何かわからん大きなものに、あの屋敷で感じた禍々しい気配がある!』

「わかった・・・・」


「みんな、嶺巴が見たという妖、あの中にいるらしい!ともかく急ごう!」


「行動迅速っ!!」

「はい、行きましょう!」


風結に続いて英醐、皆秀の馬が走り出す。


蒼刃は両手に持った荊火の体をそっと地面に降ろす。


「ここなら因幡の町が見える。見てな、あいつを倒してやるから。そうすれば、荊火もゆっくり眠れるだろ?」


「・・・・・・・・・・」


「ああ、わかってるさ!!」


そう言うと、嶺巴の蒼刃は地を蹴って走り出した。











成正は意識の渦の中で目を覚ました。




「ここは、戦御体の中?」




・・・・おれは、何をしている?



・・・・うっ!?


・・・・なんだ?


「頭の中に、何かが入ってくる!?」




『和邇賊を滅ぼす』



・・・・和邇賊?




「夜和、夜和の声だな?」



『夜和とは、仮の名前。和邇賊に永遠の夜を与えるために、あの屈辱を忘れぬためにわたしが自身につけた名』



「何を言っている、夜和!」



『わたしの本当の名は梦卯比売命むうひめのみこと。永遠の命を持つ、誇り高き兎神族とじんぞくの生き残り・・・・』




「・・・・生き残り!?」




『もう、時は戻らん。このまま、わたしの器になれ』




成正の意識は暗いところへ引きずり込まれる。



「やめろ!おれを、人に戻せ!!」








「なんだ、こいつは・・・・鬼?蜘蛛?」

紅羽は彩芽の中で呻いた。



その巨大なものは、あまりにも異形の姿をしていた。


最初に目についた胴体。それは蜘蛛の形をしている。

最も大きく膨らんだ丸い腹の部分と、胸の部分からは細長い六本の足が左右に三本づつ生えている。

そして蜘蛛の頭部辺りから人型の上半身がつながる。腕には太刀を持ち、鎧のようなものを身につけている。

そして、人型の頭は牛鬼うしおにを模していた。

睨み怒る目、大きく裂けた口は牙を剥き、頭の両側に太く短い角が生えている。


その大きさは戦御体に乗っていても見上げるほど。

紅羽の彩芽の二倍以上の高さはあると思われた。


足の関節、胴体、腹。あちこちに御霊石が並べられて、ぼんやりと緑色に光っている。


「姉様・・・・」


伊佐もその異様な光景に言葉を失う。





『・・・・見つけた。和邇賊わにぞくの血を引く者』




牛鬼蜘蛛は大きく太刀を振り上げる。


ざざざっ!


ざざざっ!!



その巨大な牛鬼蜘蛛は、一気に紅羽と伊佐に向けて動き出す。


「来るぞ、伊佐!」

「はい、姉様!」


綾芽と杜若は太刀を抜く。



牛鬼蜘蛛が太刀を振り下ろす。



綾芽と杜若は左右に分かれて跳ぶ。



ざしゅううっ!!



牛鬼蜘蛛の太刀は地面を抉る。




・・・・大きいだけじゃない。力も強い!


「伊佐、あの太刀を受けては駄目!よけて!!」


「はい、姉様!」



その伊佐の杜若めがけて牛鬼蜘蛛が迫る。


ざざざっ!



「来るっ!!」


牛鬼蜘蛛は太刀を横へ一閃する。


杜若は地面を転がってそれを避ける。



ひゅんっ!!



空を切る音が響く。


「怖い・・・・。ものすごく、怖い!!」


続けて打ち込んでくる牛鬼。


それを紙一重で躱し続ける。




「うしろ、もらった!!」


その隙に紅羽の彩芽が牛鬼蜘蛛の後ろへ回る。



走って勢いをつけると、牛鬼蜘蛛めがけて太刀を振り上げながら跳び上がる。


その時、蜘蛛の腹の部分が少し動いたかと思うと、その先端が綾芽めがけてくっと上を向いた。


「え?」



ぶしゃあああっ!!



「うわっ!?」


牛鬼蜘蛛は腹の先から白い液体を噴出した。


その勢いがすさまじく、跳びあがった彩芽を押し戻した。



ずしゃっ!!


綾芽は地面に落ちる。


「くっ!?なんだ、この白い水は!?」


綾芽の体にまとわりつくようにねばねばとしている。



「ともかく、今は・・・・・・え?」



白い液体は少しづつ固まり始めた。


「なんだ?動かないぞ!?」


ばりばり・・・・。


表面が乾くにつれて白い液体は個体へ変わる。

綾芽が体を動かすと、固まった表面がばらばらと崩れ落ちる。


「大丈夫だ!乾けば、落ちるっ!!」


・・・・足が曲がらない。


「関節が、固まった!?」


牛鬼蜘蛛の巨大な影が彩芽を覆う。


「くっ!?足が、動かないっ!!」


牛鬼蜘蛛が彩芽に向けて太刀を振り上げた。

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