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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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59 風結ノ章 五十九

「きしゃあああっ!!」

もう一度、荊火いばらびが吼えた。


「ひゃあっ!?」

その声に驚いて、思わず悲鳴をあげる嶺巴。


そこには、裸で交わる男と女の姿・・・・。


男は仰向けになって、半ば気を失ったように白目を剥いている。

さっき聞こえていたような「はっはっ」という荒い息をしている。


そして、女は男の上に跨ったまま、むき出しの目玉でこちらを見る。


その異様な光景に、嶺巴は思わず腰が引けた。


その女には肌がなかった。


全身の筋と血脈があらわになり、黒く長い髪が風のない屋内で逆立つようになびいていた。


女はゆっくりと立ち上がると、にやりと笑った。

そしてほのかに体が光り出し、そこに白い肌の裸の女が現れた。


「い、今の、なんだいっ!?」

「きしゃああっ!!」



「おや、阿義あぎ。久しぶりだね?」


女はこちらへ近づいてくる。

真っ暗な屋内でもはっきりと見えるくらいの白い肌。

切れ長の目、赤い瞳がまっすぐにこちらを見ている。


・・・・目が赤い。妖・・・・。


嶺巴は腰の刀の柄に手をかける。


「きしゃああっ!!」


「ふっ、どうだい?死なない体は?」


「よ・・・・・わ・・・・・・・」


「おや、覚えが戻っているね。・・・・そうか、妃寐ひびか。まったく余計なことをするやつだね」


「お・・・・れ・・・を・・・こ・・・ろ・・・・せ・・・・・」


・・・・荊火?

今、おれを殺せ、そう言った?


「なんだい?死にたいのかい?」


「きしゃあっ!」


「あの時は死ぬわけにいかないって言ってたじゃないか。だから、死なない命をあげたのに。そのおかげでこんなに強くなれたんだろ?」


女は荊火の顎に手をそっと当てた。


「力が欲しいっていつも言ってたじゃないか。妹に会いたいんだろ?妹を守るんだろ?」


「す・・・・み・・・・・」


・・・・すみ?荊火の妹?


「ちょっと、どういうことだい!?説明しな!」

嶺巴が刀を抜く。


「・・・・何だい、あんた?」


「あたしは嶺巴!藍羽の娘!そんなことはどうでもいい!こいつに何をしたのか教えなっ!!」


「ふん。女からは精をいただけないからね。用はないよ」


「あんた、何者!?」


「・・・・・・わたしは、夜和。因幡に残る永遠の命を持つ神だよ」


「神だって!?」


「そうさ。この世に人が生まれる前からここにいるんだ。ずっとこの地を守ってきたのさ。怨みと憎しみだけを持ってね」


「・・・・何のことかわからないけど、ここで何をしようっての?」


「そんなこと、あんたに関係ないだろ?」


「そこにいるそいつ、あたしの仲間の仇の息子なんだ。せっかくここまで追い詰めてきたんだよ。このまま引き下がるわけにはいかないんだ」


「それこそあんたと何の関係もないじゃないか。それに、この男は渡せないよ。和邇賊わにぞく末裔まつえいを滅ぼすまで、あたしの手足となってもらうからね」


・・・・何を言っているの?こいつ。

でも、体が動かない。

威圧感!?

足が前に出ない。


「きしゃああっ!」


「そうね、阿義。あなたにも期待したわ。でも、あなたじゃ無理ってわかったの」


「しゃああっ!!」


「でも、せっかくそれだけ力を手に入れたのなら、わたしにその力を見せてちょうだい」


夜和の目が赤く光った。怪しく、深い光。


その光が荊火を見つめる。荊火の白い目が赤く染まる。


「荊火!?」

嶺巴が駆け寄ろうとする。


その嶺巴に向けて、荊火の鎖が飛ぶ。


きいん!!


咄嗟に刀ではじき返す。


「い、荊火っ!?」

「わたしのことをあまり人間に知られたくないからね。死んでもらうよ」

荊火が嶺巴に迫ってくる。


「ちょっと!荊火っ!?」








『兄様っ!』



「荊火っ!!」



嶺巴が荊火の繰り出す腕の鎖を刀で弾きながら逃げ回る。


・・・・これじゃ、あたしの方が先に動けなくなる!


疲れ知らずの荊火は休む間もなく鎖を振りかぶる。


きいん!!きん!!


・・・・まずいね、刀が折れそうだ!それに・・・・。


刀を持つ手が痺れてきた。


「仕方ないっ!!」


嶺巴は外へ向かって走り出す。



・・・・外へ・・・・・。


・・・・どっち?



やみくもに走り回る。



荊火の鎖は嶺巴が逃げ惑う間も、柱や壁を砕き続ける。


・・・・あ、あそこ!外だ!!


ずっと向こうに草原の風景が見えた。


追って来る荊火。



何とか!!蒼刃のところまで!!


きいん!!


逃げながら、鎖を弾き返す。




・・・・外へ、出たっ!!




「しゃああっ!!」


その瞬間、嶺巴の足に荊火の鎖が巻き付く。

「きゃあっ!?」


またも嶺巴は体を地面に打ち付ける。


「いったい!もう、こればっかりっ!!」



そう言いながら顔を上げる。


そこに、大男がいた。


「・・・・お前、あの時の・・・・・」


「あ、さっきの・・・・思い出した!」

さっき、国府の前で見かけた大声の男。

「但馬出石の国司・・・・・・」


「盗賊っ!!こんなところでお前を捕まえられるとはなっ!!」


緋道明は嶺巴の腕を掴むと、一気に持ち上げた。


「きゃああっ!!」





その光景が、嶺巴を追ってきた荊火の目に飛び込んできた。



『すみ!すみーっ!!』

『母様!!母様ーっ!!』



・・・・あの時の光景。


嫌がるすみを無理やり引きずる紀基。


連れ去られるすみ。

泣き叫ぶ母様。


おれは、何もできなかった。



見送るしかなかった。



だから、力が欲しいと願った。


もっと生きたいと願った。



その代償が・・・・・・この体。




何も守れないじゃないか!

母様も!

すみも!

おれ自身だって!


力?

命?

おれが求めたもの?



それはいったい、なんなのだっ!!

こんな力が、こんな命が、なんになるというのだっ!!



「きしゃあああああああっーーーーー!!」

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