57 風結ノ章 五十七
「・・・・やっぱり何が何だかわからないねぇ」
嶺巴は首をひねった。
「ちょっと、言葉を修練してみようか?」
「しゃああ!!」
「あたし、あ・い・ば・れ・い・は」
「す・・・・・み・・・・・」
「いや、そうじゃなくて」
「しゃあああああ・・・・・」
「うん、駄目だね。こりゃ」
嶺巴は深く息を吐いた。
「それで、そのすみって誰なんだい?あたしに似てるのかい?」
「・・・・・・・・」
・・・・やっぱりわからないね。
「あ、出てきたよ!」
翌日の朝も、同じように男は廃屋敷から出てきた。
「行くよ!追いかけよう!」
「しゃああ!」
そう言うと、荊火は嶺巴の股の下に潜り込み、持ち上げて肩車する。
「ちょ、ちょっと!そうじゃないでしょっ!ひゃあっ!!」
そのまま荊火は六本足で地面を蹴って飛び上がり、木の枝を跳び移りながら男の馬を追う。
「うえっ!うはっ!?おほおっ!」
枝から枝へ跳び移るたびに嶺巴が呻き声をあげる。
◇
「すでに因幡へ入ってしまったではないか。間違いないのか!?」
緋道明は苛立ちが隠せない。
「わかりません。ですが、霞の末子が西へ向かっていたのは、これまでの街道の進み方からして間違いないでしょうな」
坂忠房は道明の苛立ちなど意にも介さないように答える。
役人を二十人ほど。御体車に護堕天、中御体を二体連れて但馬出石の国府を出た。
それから街道沿いに霞の末子の痕跡を追っているが、一向にその痕跡は見つからない。
「忠房殿、別にお主が付いてくることなどなかろうに」
「何を言いますか。もしものことがあれば、護堕天を回収しなければ。これは使い捨ててよいものではないので」
「・・・・・おれが負けるとでも言いたいのか?」
「ですから、もしもの話ですよ」
「・・・・・・」
「それに、御体守として、すべて見届けなければ六原様に報告できませんのでね」
「・・・・食えない奴だな」
「それと、約定を守ってもらわなくてはいけませんからね」
「わかっている!!手柄はくれてやる!」
「ですが、その前に、その手柄を上げてくださいよ」
「当たり前だ。そのためにここまで来たのだろう」
いちいち喋るたびにこちらの神経を逆なでする。本当にいけ好かない奴だ。
「ともかく夜通しの進軍で兵も馬も疲れています。こうなれば因幡国府に立ち寄り、そこで休ませていただきましょう。霞の末子のことも聞けるかもしれません」
「・・・・それを決めるのはおれだ」
「では、反対なさいますか?」
「いや、そうしよう」
苦虫を嚙み潰したような気分だ。
◇
「・・・・あの屋敷に入っていったね」
男の後を追ってきた嶺巴と荊火は、物陰から男が屋敷の門をくぐる様子をそっと見ていた。
「・・・・それにしても大きなところだね。屋敷というよりは・・・・国府?」
「・・・・・・」
「門兵がいるから、あたしが探ってくるよ!」
そう言って嶺巴が跳び出そうとした。
「しゃっ!」
その嶺巴の足に、荊火の鎖が巻き付く。
べちゃっ!!
「ふぎゃっ!?」
地面に突っ伏して顔から倒れる嶺巴。
「ちょっと!何すんのっ!?」
「・・・・・・」
無言で荊火が見る先に、屋敷へ近づいてくる一団があった。
「・・・・・・なんだい?こんな朝早く」
その一団は門兵としばらく何かやり取りをしていたが、あきらめたのか怒鳴り散らしながらどこかへ下がって行った。
「・・・・・・あの男、どこかで見た気がするけど」
腕を組んで首をひねる。
「・・・・・・思い出せない!まあ、いいか。今度こそ行くよ!」
嶺巴が勢いよく飛び出す。
「しゃっ!」
ばたっ!
べちっ!!
「うぎゃっ!?」
またも荊火の鎖が嶺巴の足に巻き付いた。
「何でまた同じことすんのっ!!」
「しゃっ」
屋敷の方を見る。
「・・・・今度はなに?」
またも屋敷に近づいてくる一団がある。
「あれは・・・・紅羽じゃないか!?」
◇
「今はたとえだれであってもお通しするなと言われておりますので」
「わたしたちが誰だかわかった上で言っているのか?」
「はい。もちろん承知しております」
「それは、六原いや、朝廷に対して因幡国府が矢を射るのと同じことだぞ?」
「ですが、国司殿からお通ししてはならぬと言われております!」
「そうか、わかった。この事は六原へ知らせておく」
「何卒、ご容赦を!」
・・・・因幡国司・・・・確か、富士江だったか?見られてはならないものを隠している?
「姉様、どうでしたか?」
伊佐が紅羽に聞く。
「いや、門前払いだ」
「・・・・そんなこと、ありますか?」
伊佐も驚きの顔だ。
「うむ。何かおかしいな」
紅羽は顎に手を当てる。
「それに、つい先ほど道明殿が来て、同じように追い返されたそうだ」
「・・・・ああ、追いつきましたね!夜通し進んできた甲斐がありました!」
嬉しそうな伊佐。
「では、先に白結丸様を見つけないと!!」
「とはいえ、どこを探せばよいものか?」
「紅羽姉様!」
時千代が声をかけてくる。
「どうした、時千代!」
「紅羽姉様、兵も馬も疲れております。どこかで休みましょう」
そういう時千代もかなり疲れた顔。
・・・・そんな時千代も、かわいい。
膝枕してあげたい。いや、してほしい。
「よし、どこか休めるところを探す。さきほど寺があったな。引き返そう!」
「えー、白結丸様はっ!?」
「とりあえず休んでからにしなさい!」




