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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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55 風結ノ章 五十五

「あのさ、荊火いばらび。あたし、ちょっと二・三日程度でよかったんだけど、こんな遠くまで来るって思ってなかったんだよ!?」


嶺巴の蒼刃は、荊火を追って山道を歩き続けていた。


「もう、どこへ連れて行こうってのさ!そろそろ休ませておくれよ!霊力がなくなっちまうよ!」


疲れ知らずの荊火は、休むことを知らない。


ひょいひょいと木の間を飛び回り、先へ行く。


嶺巴も何度も戻ろうかと思ったが、すでにここがどこだかわからない。


「ついて来いって言うからには、何かあるんだろうね!?」


「・・・・こい・・・・・すみ・・・・・・」


「だから、あたしはすみじゃないってぇの!!」







すると、突然森が切れ、開けた草原に出た。


「うわっ、まぶしぃ!」


そこは見渡す限りの一面の草原。

その中に一軒、屋敷が建っている。


「・・・・何だい?あんなところに・・・・」


近づこうとする蒼刃を、荊火が鎖を引いて止める。


「いけない・・・・・」


「近づいちゃいけないって?じゃあ何で連れてきたのさ?」


「・・・・・・・・」


「急に黙らないでおくれよ!」




「よ・・・・・・・・わ・・・・・・・・・・・」



「は?」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・なんか、わかんないけど。とにかく蒼刃を森の中へ隠して、休ませてもらうよ」







嶺巴が蒼刃の中で眠っていると、こんこん、と音がした。


「なんだい?朝か・・・?」


嶺巴が目をこすりながら繰り座の蓋を開ける。

荊火がそこにいた。

「・・・・く・・・・る・・・・・」

「来る?何が?」


辺りは薄暗くなっていて、月があたりを照らし始めている。

遠くに見える屋敷に、馬に乗った男が近づいてきた。


男は馬を降りると、馬に水をやって中へ入って行く。


「・・・・・・あんな崩れてる屋敷に人が住んでいるっての?」


「しゃああっ!」


「・・・・・・なにか、怪しいね」






嶺巴は蒼刃から出ると、草むらに身を隠しながら、低い姿勢で屋敷に近づく。


その屋敷は遠くから見るよりもずっと崩れかけていた。


入り口の屋根は何かに大きく壊されたように落ちかけている。


「・・・・なんだろう、まるで戦御体がつぶしたような・・・・」


「・・・・・・」


屋敷の奥は真っ暗だ。


「さっきの男、真っ暗な中よく入って行けたねぇ・・・・」



「・・・・中へ行くの?」


「しゃあああっ!」


「はぁ、気乗りしないねぇ・・・・」


「しゃああっ!!」

「はいはい、わかったよ!行けばいいんでしょ!」


嶺巴と荊火はそっと中へ入ろうとした時。


「はっ、はあっ!!」


男の声だ。


ぎしっぎしっ!!


「はぁ、はっ・・・・」


ぎしっぎしっぎしっ・・・。



・・・・これって・・・・・。


「ちょ、ちょっと荊火!外へ出よう!!」

「しゃああっ!」

「だめ!だめなの!こういう時はっ!!」

嶺巴は自分の顔が熱くなる。


荊火を無理やり外へ引っ張り出す。


「しかし、よくこんな気味の悪いところで・・・・お忍びかなぁ?」


「しゃああっ!!」


「もう、朝になって明るくなったら!それまで中をのぞくのは我慢しな!!」








朝日が昇った。


明るくなると、さらにあの屋敷の崩れ具合が鮮明に見える。


「こんなとこ、いつ崩れてもおかしくないじゃないか」


壁の外から見上げていると、中から人が出てくる気配がした。

「荊火、隠れな!」


荊火を壁の角に押し込める。

少しだけ顔を出して男の様子を見る。


男は何事もなかったかのように馬に跨ると、走り出した。



「・・・・・・もうひとり、いると思うんだよね、きっと」


「きしゃああっ!」


「女かな?たぶん」


「しゃああ!」


「中、入るの?」


「しゃああっ!!」


「どうしても?」


「きしゃああっ!!」


「わかった、わかったよっ!!」







屋敷の中は外から見た以上の荒れ具合だった。


蜘蛛の巣、這い回る鼠、瓦礫の山。


「あの男、何でこんなとこで一晩過ごせるかねぇ・・・・。しかも・・・・」


荊火の顔を見る。


「あんた、なんであたしをここに連れてきたの?」


「すみ・・・・・」


「だから、すみじゃないってば!」


呆れ顔で深くため息をつく嶺巴。


「それにしても・・・・なんというか、ここ、人が住んでいる感じがしないよ。あの男、誰といたのかねぇ」


「・・・・・・」



「ともかく、外へ出ようよ。気味が悪いよ」

「しゃああっ!!」






「もう少し、話せるようになってくれるといいんだけどねぇ」


外へ出ると、嶺巴と荊火は再び森の入り口で身を隠した。


「・・・・ここ・・・・・・」


「?」


「おれ・・・・・・・・・」


「ここおれ?・・・・ここほれ?」


「しんだ」


「しんだ?」


「しゃあっ」


「ここ、おれ、しんだ?」


頷く荊火。


「・・・・ここ、おれ、死んだ?」


・・・・ここで、荊火が死んだ?



「・・・・どういうことだい?」







ずっと、頭の中にかかっていたもや


あの霧が、思い出すことのなかったものを、すこしづつ意識の奥から引き出すように、荊火には見えてきた。

あの老江山おいえやまの霧の中、眠ることのない体が眠っていた。

あの時から。



その時から、少しづつ、人としての記憶が・・・・。

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