55 風結ノ章 五十五
「あのさ、荊火。あたし、ちょっと二・三日程度でよかったんだけど、こんな遠くまで来るって思ってなかったんだよ!?」
嶺巴の蒼刃は、荊火を追って山道を歩き続けていた。
「もう、どこへ連れて行こうってのさ!そろそろ休ませておくれよ!霊力がなくなっちまうよ!」
疲れ知らずの荊火は、休むことを知らない。
ひょいひょいと木の間を飛び回り、先へ行く。
嶺巴も何度も戻ろうかと思ったが、すでにここがどこだかわからない。
「ついて来いって言うからには、何かあるんだろうね!?」
「・・・・こい・・・・・すみ・・・・・・」
「だから、あたしはすみじゃないってぇの!!」
◇
すると、突然森が切れ、開けた草原に出た。
「うわっ、まぶしぃ!」
そこは見渡す限りの一面の草原。
その中に一軒、屋敷が建っている。
「・・・・何だい?あんなところに・・・・」
近づこうとする蒼刃を、荊火が鎖を引いて止める。
「いけない・・・・・」
「近づいちゃいけないって?じゃあ何で連れてきたのさ?」
「・・・・・・・・」
「急に黙らないでおくれよ!」
「よ・・・・・・・・わ・・・・・・・・・・・」
「は?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・なんか、わかんないけど。とにかく蒼刃を森の中へ隠して、休ませてもらうよ」
◇
嶺巴が蒼刃の中で眠っていると、こんこん、と音がした。
「なんだい?朝か・・・?」
嶺巴が目をこすりながら繰り座の蓋を開ける。
荊火がそこにいた。
「・・・・く・・・・る・・・・・」
「来る?何が?」
辺りは薄暗くなっていて、月があたりを照らし始めている。
遠くに見える屋敷に、馬に乗った男が近づいてきた。
男は馬を降りると、馬に水をやって中へ入って行く。
「・・・・・・あんな崩れてる屋敷に人が住んでいるっての?」
「しゃああっ!」
「・・・・・・なにか、怪しいね」
◇
嶺巴は蒼刃から出ると、草むらに身を隠しながら、低い姿勢で屋敷に近づく。
その屋敷は遠くから見るよりもずっと崩れかけていた。
入り口の屋根は何かに大きく壊されたように落ちかけている。
「・・・・なんだろう、まるで戦御体がつぶしたような・・・・」
「・・・・・・」
屋敷の奥は真っ暗だ。
「さっきの男、真っ暗な中よく入って行けたねぇ・・・・」
「・・・・中へ行くの?」
「しゃあああっ!」
「はぁ、気乗りしないねぇ・・・・」
「しゃああっ!!」
「はいはい、わかったよ!行けばいいんでしょ!」
嶺巴と荊火はそっと中へ入ろうとした時。
「はっ、はあっ!!」
男の声だ。
ぎしっぎしっ!!
「はぁ、はっ・・・・」
ぎしっぎしっぎしっ・・・。
・・・・これって・・・・・。
「ちょ、ちょっと荊火!外へ出よう!!」
「しゃああっ!」
「だめ!だめなの!こういう時はっ!!」
嶺巴は自分の顔が熱くなる。
荊火を無理やり外へ引っ張り出す。
「しかし、よくこんな気味の悪いところで・・・・お忍びかなぁ?」
「しゃああっ!!」
「もう、朝になって明るくなったら!それまで中をのぞくのは我慢しな!!」
◇
朝日が昇った。
明るくなると、さらにあの屋敷の崩れ具合が鮮明に見える。
「こんなとこ、いつ崩れてもおかしくないじゃないか」
壁の外から見上げていると、中から人が出てくる気配がした。
「荊火、隠れな!」
荊火を壁の角に押し込める。
少しだけ顔を出して男の様子を見る。
男は何事もなかったかのように馬に跨ると、走り出した。
「・・・・・・もうひとり、いると思うんだよね、きっと」
「きしゃああっ!」
「女かな?たぶん」
「しゃああ!」
「中、入るの?」
「しゃああっ!!」
「どうしても?」
「きしゃああっ!!」
「わかった、わかったよっ!!」
◇
屋敷の中は外から見た以上の荒れ具合だった。
蜘蛛の巣、這い回る鼠、瓦礫の山。
「あの男、何でこんなとこで一晩過ごせるかねぇ・・・・。しかも・・・・」
荊火の顔を見る。
「あんた、なんであたしをここに連れてきたの?」
「すみ・・・・・」
「だから、すみじゃないってば!」
呆れ顔で深くため息をつく嶺巴。
「それにしても・・・・なんというか、ここ、人が住んでいる感じがしないよ。あの男、誰といたのかねぇ」
「・・・・・・」
「ともかく、外へ出ようよ。気味が悪いよ」
「しゃああっ!!」
◇
「もう少し、話せるようになってくれるといいんだけどねぇ」
外へ出ると、嶺巴と荊火は再び森の入り口で身を隠した。
「・・・・ここ・・・・・・」
「?」
「おれ・・・・・・・・・」
「ここおれ?・・・・ここほれ?」
「しんだ」
「しんだ?」
「しゃあっ」
「ここ、おれ、しんだ?」
頷く荊火。
「・・・・ここ、おれ、死んだ?」
・・・・ここで、荊火が死んだ?
「・・・・どういうことだい?」
◇
ずっと、頭の中にかかっていた靄。
あの霧が、思い出すことのなかったものを、すこしづつ意識の奥から引き出すように、荊火には見えてきた。
あの老江山の霧の中、眠ることのない体が眠っていた。
あの時から。
その時から、少しづつ、人としての記憶が・・・・。




