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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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54 風結ノ章 五十四

富士江成親ふじえなりちかが因幡へ流されて十五年が経った。

幼かった万成は元服して、名を成正なりまさと改めた。


「成正、あれはどうなっておる?」

「何度聞かれても同じです。まだまだ時間と鉄、石が必要です」

「どれだけ使ってもいい!足りぬなら民より取り上げればよいことだ!」

「・・・・わかっています」


「一刻も早く、あれで都へ戻る!奴らを滅ぼせば、わが天下が舞い戻る!」

「・・・・・・」


「ああ、わしはもう一度、都へ帰りたい。早くせねばあの世の迎えが来てしまう。ちかごろ、毎夜、あいつが来るのじゃ・・・・」

「はい。わかっています」


父も衰えた。


嫌でも父を見るたびに感じさせられる。


あの逆らう者たちに情け容赦なく刃を向ける、あの父の姿はもうない。

流人として因幡へ来て、そこから国司まで這いあがった、あの父の姿は年と共に失われていった。






朽平くちひら、進みはどうか?」

因幡国府の御造所。

父・成親が国の財政を顧みることなく建てた、因幡国府で最も大きな建物。

六原の緋家あたりが見つければ、間違いなく軍勢を送り込んでくるだろう。


「若殿、毎日聞かれますが、そんなにすぐ出来上がる代物じゃないですよ」


「わかっている。おれも父上から毎日聞かれるのでな。確かめに来ているだけだ」


「ですが、これだけのものをひとりで動かすとなるともっと御霊石が必要です。もっと純度が高く、大きいものが」


「わかった。取り寄せさせよう」


朽平は少し顔を歪ませると、言った。

「しかし、こんなもの、何に使うのですか?どこかの国でも亡ぼすつもりですかね?」


「お前は知らなくてよい。お前の役目はこれを完成させることだけだ」


「ああ、そうですがね。それにしてもあまりに・・・・」



《《それ》》はあまりに不気味で、あまりに大きい。


「まあ、作り上げてみせますよ。聞いてみただけです。おれは他に興味もないんで」

朽平は言うと、仕事に戻って行った。




あまり時間もない。

父上も紀基も、それほど長くないだろう。



だが、これさえあれば、朝廷も六原の緋家一門も、富士江にひれ伏す日が来る。

それは、自分の代で成し遂げられる。



あと少しの我慢だ。










夜の帳が降りる。


成正は馬に跨り、屋敷を出た。


町を抜けて田畑を抜ける。

すると森が続き、山道が続く。


半刻ほど走ると、何もない野原の真ん中に立つ一軒の屋敷が見えてくる。



馬を降りて木に手綱を繋ぐと、桶に水を汲み馬に与える。

成正は門をくぐり、屋敷の中へ入る。


ただ広く何もない。


板の間を進むと、明かりのついた部屋で女が成正を待っている。


「待たせたな、夜和よわ

「若、お待ちしておりました」


夜和は床に指をついて頭を下げる。


白い襦袢だけを羽織り、長い黒髪を背中へ流している。


妖艶なほど白い肌。

切れ長の目、紅を差したように赤い唇。


開いた胸元を隠すことなく立ち上がると、成正の手を持つ。


「さあ、床へ」


「ああ」


夜和は灯台の火を一息で吹き消すと、奥の間へ成正の手を引いていく。


奥の間には床が敷いてあり、その部屋の隅の灯台に夜和が火をつける。


ぼんやりと照らされた部屋の中は布団以外に何もない。



「夜和・・・・」

成正は夜和を抱き寄せると、強く唇を合わせる。

夜和は逆らうことなく受け入れる。


そして唇が離れると、夜和は少し笑う。


「まったく、若は・・・・」


そう言って成正の狩衣かりぎぬ指貫さしぬきを降ろしていく。


成正を裸にすると、夜和も襦袢を降ろす。


白い肌のすべてがあらわになる。


夜和は恥ずかしがることもなくその身を成正に晒し、ゆっくりと抱きついて成正に頬を寄せる。


「若、今宵も夜和に、くださいませ・・・・」

耳に息を吹きかけるように囁く。



「夜和・・・・」









朝が来ると、成正はひとり目を覚ます。

夜和の姿はない。


屋敷の中どこにもいない。


それがいつものことだ。




成正は着物を身につけて外へ出ると、馬に跨り国府を目指して走る。





そういえば御霊石・・・・。

朽平が言っていたな。

まだまだ必要だと。




いつだったか、初めて御霊石が運ばれてきたとき。

成正が触ると、石は緑色に光った。

その光はとても眩しかった。


だが、その力は成正自身のものではない。

あの陰陽師が成正に植え付けていった力だ。




後にも先にも、あれほど強く光る御霊石を見たことはない。







「若!殿がまた・・・・」


屋敷へ帰るなり、家臣のひとりがそう言ってきた。


「・・・・またか・・・・・・」



そう言うと成正は大股で父・成親のところへ行く。






「きゃああっ!!」

女房が悲鳴をあげた。


「わしの命を狙いに来たのか!!」


血走った目で、手には刀を抜いている。



「父上、いかがなされたか?」


成正が言うと、成親が刀を振り上げた。


「またあいつが!あの娘がわしの命を狙いにきおった!!」


「そうですか。ですが、それは幻です。幻は刀では斬れません」


「いいや、あの娘、わしを殺す気じゃ!!」


「そうでしょうね。ですが、ここにはいません」


「・・・・どこに行った!?」


「最初からいませんよ」


そう言って成親の手から刀を取り上げる。


へなへなと座り込む成親。



「・・・・まったく、こうも毎日同じ幻を見るとは・・・・」



「す、すみません!若様!」

女房が成正に頭を下げる。


「今夜から、柱に縛りつけておけ」


「しかし・・・・」


「構わん」


「はい・・・・」




・・・・あれの完成を急がねば。


成親の死を待っている武家たちが、この因幡にはごまんといる。

すべてを力でねじ伏せてきたことの代償だ。

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