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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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52 風結ノ章 五十二



「さて、道明殿」

坂忠房は細い目で道明を見据えた。


但馬出石の国府。

襲撃があった日から十日余りが過ぎた。

役人たちに総力を挙げて盗賊たちを探させているが、未だ手がかりすらない。


道明としては御体蔵が壊滅したこの時期に、六原からの役人がここへやって来ること自体が不満でしかなかった。


「すでに達しがあったと思いますが、霞の末子のことはどうなっておりますか?」

忠房が細い目をさらに細めた。


「ふん。街道に関を置き、全ての荷を改めておる!だが、この但馬出石へは来ておらん!」


「そうですか。ですが、先日、この国府が盗賊の襲撃に遭ったとか?」


「それと霞の末子と何の関係がある?」


「おや、おかしいと思いませんか?」


「何がだ?」


「盗賊が、戦御体でなく、御霊石だけを盗んでいったことですよ」



・・・・・・。

この男、新しく六原の御体守みたいのかみになったと聞いた。

蛇のような印象、とても嫌な感じがする。




「貴様、何が言いたい?」


「霞の末子は戦御体を持っています。それは孝基様からの通達にもあった通り。そしてその盗賊は、戦御体でなく御霊石が必要だったのですよ」


「あの賊が霞の末子だったと言いたいのか?なぜ、わざわざ国府を襲う必要があるというのだ?」


「それはわかりません。戦御体の御霊石が何らかの原因で壊れた。もしくは・・・・」


「何だ?」


「・・・・もう一体、戦御体を作った」

忠房は低い声で言った。



「は?どこで?どうやって?」


「ですから、それはわかりかねます。ただの憶測にすぎません。それを調べるのが道明殿、あなたのお役目かと」


「・・・・・・わかっておる!」



「それと、もうひとつ」


「まだ何かあるのか?」


「実は、ここへ来る途中、老野坂の山の中で《《おかしなもの》》を見つけました。山賊たちの亡骸です」


「・・・・・・」


忠房が道明の顔を窺う。


「おや、「なにがおかしい?」とお聞きにならないので?」


「・・・・それがどうした、はっきりと言えばよかろう!?」

道明は胸の中に湧きあがるイライラを必死に飲み込んだ。


「その山賊、戦御体に乗っていたのですよ。山賊がどうして戦御体に乗っていたのでしょうね?」


「し、知らん!おれが知るわけなかろう!」


「実はわたし、この任を仰せつかる前から御体蔵に出入りしていましてね。古い絵図や書を見ていたのです。そして、その山賊の戦御体を見てすぐにわかりました」


「・・・・・・」

道明は背中にじっとりと汗が染み出るのを感じる。


「これは、”角鳴つのなり”。かつて六原で作られ、魁怨かいおんより先に但馬出石国府へ払い下げになった戦御体だと」


「山賊が・・・・盗んだのだろう?」


「そうですよ。普通、《《山賊は戦御体を盗みます》》。御霊石ではありません。御体のない御霊石に価値はありませんからね」


「・・・・・・むぅ。あの山賊が霞の末子だったと・・・・」


「今、ご自身でそうおっしゃいました」

忠房はニヤリと下卑た笑いをする。


「ですが、わたしの興味はここではないのですよ」


「貞基様が老野坂の役人を縛り上げて六原へ連れてきましてね。皆一様におかしなことを言うのです。”鬼に襲われた。もう、山賊は信用できない”と。意味がわかりませんでしたが、こう考えれば筋が通るのです」


忠房は道明へ間を詰めた。


「関所の役人たちは山賊へ戦御体を横流ししたのです。そして山賊たちが旅人を襲い、そこから分け前を受け取っていた。ところが何の理由か、山賊が裏切って関所を襲い、役人たちを縛り上げた。どうでしょうか?」


「荒熊が、裏切ったと!?」

思わず声を上げる道明。


「おや、その山賊は荒熊というのですか?はじめて聞きました」


「くっ!!」


「そうですね。あなたが一枚裏で噛んでいなければ出来ないことです」


頭がくらくらする。

何が起きているのか、目の前にいるこの男が何重にも見える。


・・・・・・いっそ、ここで斬ってしまえば。


「ああ、このことはわたししか知りません。まだ、六原へ知らせていませんので。ですが、書にしたためて隠してあります。わたしが死んだら、その書が見つかってしまいますよ」


「・・・・何が望みだ?」

・・・・もう、認めるしかない。道明の中で、何かが崩れた。


緋家の血を引きながら、遠縁のために都での緋家一門の繁栄の恩恵を受けることが出来なかった。それでも但馬出石の国司まで這いあがってきたのだ。ここまで来るためにどれだけのものを犠牲にしてきたか・・・・。

だが、それもここで終わった。


「ああ、心配には及びません。わたしが欲しいのは手柄です。わたしは、前任の佐伯のように御体にしか興味のない男ではありません。わたしは御体守で終わるつもりなど毛頭ないのです!」


そう言うと、忠房は立ち上がって、障子を開けて庭を指さした。


「霞の末子の首を取り、それをわたしにいただきたい。その手柄をわたしのものとしていただきたいのです。そのために、この戦御体、護堕天ごだてんをあなたに与えるために六原様に直訴してまでわたし自らが持ってきたのです!」


国府の中庭には、御体車が乗り入れられていた。


そこには大きな布を被った戦御体が横たわっている。



「あれは、今の六原で作ることが出来る最高の戦御体。どんな相手にも負けないでしょう」

そう言って、忠房はまたも蛇のような顔でニヤリとした。

「・・・・もし、あなたに使いこなすことが出来るなら、ですがね」

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