51 風結ノ章 五十一
「母様、明日わたしたちは木津の温泉へ行ってまいります」
紅羽たちが千子の暮らす成相寺に来てから七日。
ようやく当初の目的だった温泉のある木津へ向かうことにした。
「あら、しっかり傷を癒してきなさいね」
「はい。戦御体と兵たちはここへ置いていきますので・・・・」
「紅羽様!六原の貞基様より伝令!!」
兵がひとりそう言いながら、二人のいる部屋の近くに来て片膝をついて頭を下げる。
「貞基?」
・・・・・・悪い予感しかしない。
「出来れば聞きたくないのだが・・・・」
「紅羽、せっかく京から来ていただいたのですから・・・・」
「はい、聞きます!申しなさい!」
「はい、大変申上げにくいことですので、貞基様が申された通りに申し上げます!」
兵は、すっと息を吸った。
「紅羽!おれの嫁になる前に、父上から霞の末子の討伐はお前と但馬出石国司の緋道明に任せることとなった!道明には戦御体・護堕天を与えると、父上が仰せだ!おまえたちも道明と合流し、霞の末子を追うこと!そして、父上はお前が、あの禿頭に火をつけてやりたいと言っておったことに大変ご立腹なので、手ぶらで帰るとかなり危ないと思う!後は頼んだ!!・・・・とのことにございます!」
「・・・・わかった。そのようにすると伝えよ。下がれ」
「はっ!!」
兵が一礼して出ていく。
・・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あの馬鹿!ほんとにそんなことまで爺様に喋ったのかっ!?」
怒る紅羽。
「あら、わたしも何度かあの頭に油を塗って火をつけてやりたいと思いましたよ」
「母様も?・・・・って、そういう朗らかな話ではありません!叔父上《白結丸》の討伐を命じられてしまいました!」
「あら、大変」
「どうしましょう!?母様!」
「白結丸は伊佐の想い人ですから、処刑するわけにはいきませんからね」
「そうです!白結丸は伊佐の想い・・・・・・え?」
「あら、気づいていなかったのですか?」
「え・・・・本当に?」
「まったく、一緒にいたのになぜ気づかないのですか?わたしは見ていてすぐわかりましたよ。紅羽もまだまだわたしの代わりはできませんね」
「・・・・・・なんか、悔しい」
◇
「で、どうなさるのです!?」
伊佐が身を乗り出してくる。
紅羽は、すぐに伊佐と時千代を呼んで貞基からの伝令のことを伝えた。
「とりあえず、白結丸の後を追うつもりだ。このまま何もしなければ、爺様のことだ、わたしたちの追討兵を出しかねん」
「では、では!白結丸様を追うのですね!!」
伊佐は、嬉しそうだ。
たしかに、言われてみれば伊佐は・・・・・。
・・・・やっぱりなんか、悔しい。
「・・・・丹後で会った時、因幡へ行くと言っていました。但馬出石国司の道明殿に追わせるということは、まだ因幡へ入っていないのだろうと思う。急げばこちらの方が先に追いつけるかもしれん」
「でも、追いついてどうするのです?」
時千代が首を傾げて言う。
「戦うのですか?」
不安げにこちらを見る時千代。
・・・・かわいい。
「わたしは、六原へ帰るつもりはありません。なので、白結丸と戦う謂れもありません」
「紅羽姉様!よろしいのですか?」
時千代が紅羽を見上げる。
「時千代、あなたは誇り高き緋家当主、浄基の御曹司です。ですが、あなたが継ぐべきは今の狂った六原ではありません。あなたまで孝基叔父上のように狂わせるわけにはいかないのです」
そう言って時千代の頭を撫でる。
「白結丸が何故、因幡を目指しているかわかりません。それを確かめたうえでしか言えませんが、護堕天が並の戦御体でないことだけは伝えねばならないと思います」
「姉様、護堕天という戦御体は何ですか?」
「以前、六原の御体守、佐伯信典という男に聞いたことがあります。護堕天は今までのどの戦御体よりも強く、軽く、固い。唐から呼び寄せた天賦の才を持つという御体匠、ほわ・・・・ほわ・・・・なんでしたっけ?」
「「ほわほわ?」」
伊佐と時千代が同時に首を傾げる。
「方腕胃炎?」
言いながら紅羽も首を傾げる。
「なんですか、それ?」
「紅羽姉様、もしかしたらホワンイェンかも?」
「時千代、それです!・・・・・って、何故、知っているのです?」
「ええと、お会いしたことがあります」
「そうですか」
・・・・時千代にも上を行かれた気がする。
「わたしは、その後も旅を続けて諸国を見て歩こうと思います。都にいては見えないものをたくさん見て歩きたいです。あなたたちはどうしますか?」
「姉様についていくに決まっているじゃないですか!あんな禿坊主爺のところになんて、戻りたいわけないでしょう!?」
伊佐が前のめりで言う。
「・・・・あなたがそれを言ったせいもあるんですよ?」
・・・・伊佐の場合は、とりあえず白結丸のところへ行きたいのだろうな。
「わたしも、紅羽姉様についていきます。紅羽姉様と一緒がいいです・・・・」
・・・・ああ、かわいい。たまらん。
「では、支度をなさい。明後日の朝にでもここを出ましょう。長居すれば母様に迷惑をかけるかもしれません」
紅羽はそこまで言って、顔をほころばせた。
「ふたりとも、ありがとう」




