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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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44 風結ノ章 四十四

「それは、何かい?こんな山奥の廃村で、誰かが鉄を打ってるってことか?」

嶺巴が言うと、皆秀が頷く。

「そうとしか、考えられないですよ・・・・」

「何のために?」

「わかりません。ですが、その正体を確かめないと・・・・」

「そうだな。こちらのことがわかると襲われるかもしれない」

白結丸が立ち上がりながら言う。

腰の刀を確かめる。


「そこへ行ってみよう。皆秀、案内してくれ」






「また妖だったりしてな」

「冗談にもならないぞ」

嶺巴の軽口に顔を歪める白結丸。


暗い山道を登っていくと、時折かんかん、と鉄を打つ音が聞こえてくる。

たたら場に着くと、巨大な窯と足で踏む大きなふいごが見えた。

簡素な屋根があり、そこに吊るした足場を踏むとふいごから風が出る仕組みになっている。


かん、かん・・・・。



「刀を打っているのか?」

「・・・・いえ、もっと厚いものを打つ音ですね」

白結丸が足を忍ばせながら中をのぞく。

「たとえば?」

「たとえば・・・・戦御体のこうとか・・・・」


「妖より悪い冗談だ」



そっと木の陰からのぞく。


何か、男がひとり炉の前でドロドロに溶けた鉄を型に流している。

風に乗って時折こちらまで熱気が届く。



「もう少し近づいてみよう」


「待て、あやつ。もうこちらに気づいておるぞ」


ミカナが言った。次の瞬間。


ばしゅっ!!


白結丸の足元の地面に矢が刺さった。


「いつの間に!?」


矢を番えて狙う暇などなかったはずだ。


だが、驚く暇もなく二本目の矢が飛んでくる。


今度は確実に白結丸を狙っていた。


「くっ!!」


ばしゅっ!!


矢だ届く瞬間、白結丸が抜き放った刀は矢を叩き落す。


「やるしかない!」


「仕方ないね!」


白結丸が飛び出すと、嶺巴が続く。


「・・・・なんというか、不思議な奴じゃな」

ミカナが皆秀の背中に隠れて言う。

「不思議な奴、ですか?」

「ああ、なんじゃろうな。言いようもない」



白結丸が一気に間を詰めるのを見ると、男は後ろへ高く跳ぶ。

そして空中で次の矢を放つ。


その矢を切り落とすと白結丸も男を追って跳ぶ。


男は地面に降り立つや否や、再び高く跳んで木の枝に立つ。

そして足が着くと同時にまた矢を放ってくる。


地面に足が着くと同時にその矢を切り落とす。


・・・・こっちがどこに行くか、わかって矢を放ってくる!


しかも、動きながら狙わずに放っているのに、まったく正確だ!


そう考えながら、白結丸は後ろへ体を逸らす。

白結丸の顔があったところを、次の矢がひゅんと音を立てて通り抜ける。


ざん!


矢は地面に突き刺さる。


男は再び木の枝から跳び上がった。


それを追って白結丸も跳ぶ。


ひゅん!!


風を切る矢の飛ぶ音。


空中で身をよじると、矢を躱す。


・・・・こんなに続けて矢を撃てるものなのか?


そして男が地面に降り立った瞬間。


「もらった!!」


嶺巴が男の前に飛び出した。


「嶺巴!危ない!!」


男は引き絞った矢を嶺巴に向ける。


「遅いよっ!!」


嶺巴が刀を振り下ろす。


男はそれを転がって避けると、矢を放とうと・・・・・・。




・・・・手を矢から離そうとした瞬間、急に男の体から力が抜けた。

男が地面にへなへなと転がる。




「?」



「あ、あ、あ、ああああああっ!!」


男が呻き声をあげる。


「な、なんだ!?どうしたんだい!?」


嶺巴を指さして、その指がぶるぶると震える。



「あ、あ、あああああああああああっ!!」




「ど、どうした!?」


「あたしにも、わからないよ!」


男はボサボサに伸び放題に伸びた髪の間から、目をのぞかせて嶺巴を見上げる。





「乳!!」





「は?」

「え?」



「こ、これが・・・・女の・・・・体!?」



男が嶺巴の大きく開いた胸元を目掛けて、じりじりとにじり寄ってくる。


「ちょ、ちょっと!気持ち悪いんだけど!」


嶺巴が襟を押さえながら二歩三歩と後ずさりする。



「お、女の・・・・足・・・・・・」




がんっ!!」




「きゅう・・・・・」


どさっ。



男は白結丸の拳で地面に倒れ込んだ。







あれは、ずっとずっと前。


おれが小さい頃。



ここには父上、母上。村長むらおさや多くの鉄打ち職人たちがいた。

但馬出石たじまいずしの職人たちの隠れ里。

そう呼ばれていた。


あるとき、知らない男がやってきた。

その男は村長のところで長々と話をしていた。

そして、ある絵図を置いて帰った。


それからこの村はいつも慌ただしくなり、職人たちが忙しそうに走り回るようになった。


父上は武家の血を引いていたが、鉄打ちとしても名が通った人だった。

普通の家にはないような、唐から持ってきた書や、経の写本などが揃っていて、父上の目を盗んで読み漁った。


それがとても楽しかった。



ある日、村長が皆を集め、ここから逃げるように言った。


みな、何のことかわからなかったが、長の言葉に従って荷物をまとめていた。


だが、その日の夜。



あいつらが来た。


家を一軒一軒回り、全員を村の中央に集めた。


おれは村で一番幼かった。

長から、一枚の大きな絵図を渡された。

そして父上と母上から、家の軒下へ隠れるよう言われた。


何が見えても、絶対に声を上げてはいけない。

何が起きていても、絶対に外に出てはいけない。




そして大きな体の男が郷の皆の前に立った。


「罪人、山城守やましろのかみ霞宗忠かすみむねただがこの郷で、戦御体の鉄を打っておったのはわかっておる!これは、我ら緋家一門、ひいては朝廷に対する謀反の罪である!よって、六原総代、緋紀基ひのりもとの命により、この緋次郎孝基ひじろうたかもと、この郷の者を全て処刑する!」


そこから見た光景は、まさに地獄絵図だった。


ひとりひとり、里の者が連れ出され、首を刎ねられた。


長、父上、母上・・・・・。

それだけじゃない。

いつも、当たり前にいた人たちが、目の前で骸になった。



そう、目の前で、おれが見ているすぐそこで、郷の全員が首から血を噴いて死んでいった。

助けを乞う女の声、子供の泣き声。怨み呪いをつぶやくような男の声。

母上が、首を斬られる瞬間、一瞬だけこちらを見た気がした。


あの時の光景が、十五年以上経った今でも忘れられない。

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