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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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33 風結ノ章 三十三

「さ、白結丸。こちらへ来て一緒にいただきましょう。お蓮が夕餉ゆうげの汁を作ってくれましたよ」


璃玖の優しい声。

微笑む顔。


どれをとっても母上だ。


うれしい。

元気な頃の母上に、もう一度会えた。


「母上」

白結丸は璃玖の手を握る。

・・・・温かい。


「どうしました?急に。何か変ですよ、白結丸」


「おれは、母上が大好きです」


「え?」

驚いた顔をした璃玖だったが、すぐにいつもの柔らかな笑顔になった。


「そう、ありがとう。わたしも、あなたがとても大切です」


「母上が、おれを守るために、とても辛い思いをしてきたことを知りました」


「・・・・・・」


「本当に、本当に、母上が大好きです」





白結丸は目を伏せた。






「だから、ここで、本当はずっと母上と一緒にいたい。だけど、それはできません!」


「・・・・何を言っているの?」


「あなたは母上ではない!」


「え?」


「もう母上のふりをするのはやめろ!おれに夢を見せるのはやめろ!」



璃玖の手を振りほどく。


「白結丸!?」

璃玖はよろけて床に手をつく。

「それ以上、母上の姿と声でおれの名を呼ぶな!母上を汚すな!!」






急に、目の前が暗くなった。


目を開けているのかどうかもわからない、真の暗闇。


「ここはどこだっ!?出てくるがいい、妖めっ!!」


腰の刀を抜く。


その時、どこからか声が響いてきた。

「・・・・わらわが見せたのは、夢などではない。お主の心根にあるもの。それをお主の目に見せた」


女の声。

とても冷たく、凍りつきそうな響き。

耳ではなく、頭の中に直接響いてくる。


風結の中にいるときのミカナの声と同じだ。


「なぜ、そんなことを!?」


「お主の心の中の覚えを、ここに留めるため」


「そんなこと、何の意味がある!?」


「妾は、お主の風の力が欲しい。麒麟の子が与えられた、平安の世に吹く、柔らかな風の力・・・・。それをお主の心の中に探しておった」


「・・・・何の話だ!?」


「ようやくわかった。もうすぐ、ここへ来る。お主のために生まれた、麒麟の・・・・」



そこで白結丸は光に包まれた。





「・・・・こいつも眠るのじゃな。知らんかった」


ミカナは馬の上から荊火いばらびを見下ろした。


荊火は地面に横たわり、六本の足をカタカタと痙攣させている。



「・・・・とりあえず、こいつにかまっておる暇はない!」


ミカナは馬を蹴った。

老江山おいえやまの山道を、馬は駆け登っていく。






「ねぇ、あ・・・・、・・・こ・・・・すみ・・・・・くれる?」



「あ・さ・!・・・・・でとりに・・・・・く!!」



・・・・・・?


「・ぎ、・・・・と・・・・・」

「あにさ・・・・・て!」



・・・・・・・。








・・・・やはりここは蔵馬ではない。

目の前に、先ほど見たお堂が建っている。


刀を握る手に力を入れる。

ゆっくりとひとつひとつ踏みしめながら、お堂の入り口に近づく。


すると、勝手に観音開きの扉が開いた。

ぎぃ・・・・。


ゆっくりと中へ入る。


そこには何もない、板張りの床が広がっていた。

柱が数本左右に均等に立ち、四方を壁に囲まれている。


そして、その奥に白い着物を着た女がこちらを見ている。

白い長い髪、青白い肌。その眼は碧く、氷のように冷たい。


「お前は、誰だ?おれをここへ連れてきたのはお前か!?」


「妾は妃寐ひび。人の心のおぼえを司りし神」


「神だと?」


「人は人知を超える力を持つものを神と崇める。ならば、その名は妾にこそ相応しい」


「神が人を喰うのか!?そんなもの、ただの妖にすぎないっ!」


「人を喰うなどという蛮神と一緒にするな!妾は人など喰わずとも永遠に生き続ける!」


酷い威圧感だ。

足が前に進まない。


それに、あの凍りつくような目。

あの目に睨まれるだけで、体が委縮する。



「おれには、その何とかいう力などない!」


「お主はまだわかっていない。麒麟に選ばれた、麒麟の子」


「そんなもの、おれには関係ないっ!!」


妃寐ひびに向かって一気に走る。


・・・・気持ちで負けるな!相手は妖だ!神のはずがない!



妃寐と白結丸はお堂から外へ飛び出した。


「えええいっ!!」


一気に間を詰めると、飛び上がり思い切り上から刀を振り下ろす。


その瞬間、妃寐の顔がゆがんだかと思うと、刀は空を切った。


「くっ!」


・・・・消えた!


次の瞬間、白結丸の体は真横に強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。


「ぐはっ!?」



ざざざざっ!!


地面を滑りながら転がる。


「な、なんだ!?」

体中が痛い。


何とか体を起こすと、そこには一頭の白い虎がいた。

その目はやはり碧く、氷の冷たさを放っている。


・・・・虎・・・・白虎?


白結丸を睨みつけるようにうろうろとしながら、時折、牙をむいて威嚇してくる。

たしか、皆秀の話にも、女が白い虎に姿を変えたと・・・・。


つくづく御伽草子通りか!



何とか立ち上がり、刀を構える白結丸。




「ぐるるるるる・・・・・」


低い唸り声をあげる白虎。



「くそぉっ!!」


再び刀を振り上げて走る。


白虎の顔に、刀を斬りつける!



ふっ。


白虎が白結丸の視界から消えた。

次の瞬間。


どふっ!!


「ぐっ!!」


背中に重い衝撃が走る。



「後ろっ!?」


振り向きざまに刀を横に振る。


・・・・いない!


いや、右っ!!



咄嗟に刀を構える。


きいいん!!


白虎の爪を刀で弾く。


白虎は空中でくるっと回ると、少し間を取って地面に降りる。

すぐさま、低い姿勢になって白結丸を警戒する。




・・・・こちらから打ち込めば躱される。どうすればいいっ?


「ぐるるるるる・・・・・」

低く唸る白虎。



・・・・。



・・・・落ち着け。こちらから打って出る必要はない。相手を待て。そうすれば動きが追える!




睨み合う白結丸と白虎。



・・・・・・・。



・・・・・・。



その時、白虎の前脚がふっと動いた。


・・・・来る!!


白虎はまっすぐ白結丸めがけて飛び上がった。



・・・・今だっ!!



空中の白虎の首めがけて刀を振るう。


すっ!


・・・・また消えた!?



どこだっ!?



後っ!?


振り向く白結丸の後ろ。


白虎が大きく口を開け、その牙が目の前に迫った。

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