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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
一章 風結 かぜゆい

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29 風結ノ章 二十九

「なんだ、これは?」


老野坂おいのさかの関所に着いた紅羽たちは、不思議な光景に出会った。

役人たちが皆、縛られている。


そして、皆が口々に「鬼だ!鬼が出た!!人と蜘蛛の鬼だ!!」と騒いでいる。


「姉様、どうしたらよいのでしょうか?」

伊佐が言う。

・・・・・・わたしに聞かれても・・・・初めてだし、こんなこと。


「紅羽姉様ーっ!!」


時千代が後ろの方から駆けあがってくる。


「どうした、時千代?」


「向こうから、貞基様たちが来ます!」


「・・・・・・え?」




「姉様・・・・・・」






「よし、このまま出立する!!」


「え?」

「いいのですか?」

伊佐と時千代が驚いた顔で紅羽を見る。



「わたしたちは暇をいただいている!お役目は後から来る貞基に任せておけばいい!先を急ぐぞ!」



「はい、姉様!よし、全軍、出立だ!!」

伊佐が兵たちに声をかける。

「おう!!」







「関所というのは、役人を縛るところなのか?」

「そんな訳がございません」

貞基が重国に尋ねると、重国は無表情で答える。


「ではなぜ、皆縛られておるのだ?」

「若、まず縛られていることがおかしいことに気が付いたまでは良いです。あともう一つ、先をお考え下さい」


「・・・・わからん」


「何者かがこの関所を襲った、と考えるのが普通です」


「・・・・へぇ」

「意味がわからないんですね?」


「縛られておるということは罪人に違いない!兵たち、こいつらを検非違使けびいしに引き渡せ!」

「はっ!!」


「なんでっ!?」



「若!申し上げます!」

いつもの兵がやってきて片膝をつく。


「なんだ、またお主か」

「・・・・これがわたしのお役目なので」


「よし、お主の名はたった今より”申上げ太郎”だ!」


「若、申上げます!」

「なかったことにしようとしているのか?」


「この先に山賊とみられるものが数人、倒れておりました!これにて御免!」


「あ、こら!逃げるな!申上げ太郎!」

申上げ太郎の姿はすぐに見えなくなった。


「なんじゃ、せっかく名を付けてやったのに」

「若、それは、えらい迷惑と言うものですぞ」

重国は無表情のまま言った。


「ですが若、今日はここまでですな。霧が出てまいりました」


「霧?」


「はい。霧の中の山道は危険です。しばらくここで霧が晴れるのを待ちましょう」


「そうか、霧は危ないな」

貞基はぼそっと呟く。



・・・・きっと、何のことかわかっていないな。

はぁ・・・・。


重国は深いため息をついた。









何だろうな、ここ。



どっちを向いても真っ白だ。



嶺巴れいは!ミカナ!皆秀かいしゅう!・・・・荊火いばらび!」




どこからも返事はない。




・・・・?




遠くに何か見える。



綺麗に手入れされた庭。

松とうぐいすが描かれた金の襖。

池には鯉が泳ぎ、菖蒲が咲いている。


ここは・・・?


内裏。


ふと、頭の中に浮かんだ。

もちろん、見たことはない風景。



武士のいで立ちの男。そして高貴な装束の女。


「これが、傀儡かいらいの秘薬。老江山おいえやま八百比丘尼はっぴゃくびくにから手に入れた。これを桐雅きりまさの口にするものに混ぜるがよい」

「これですべて、われらの思う通り・・・・。愉快じゃのう・・・」



季節が進み、秋になった。


女が横たわっている。

武士の男がそれを見下ろしてつぶやく。

「われら、ではない。わしのものじゃ」



景色が変わる。


川原に折り重なるたくさんの鎧をつけた武者たち。

皆、死に顔を晒している。

そしてそこに立つ、醜悪な首のない戦御体。



また景色が変わる。


都が燃えている。

炎が夜空を焦がしている。


「今日、わが子が生まれた!これは吉兆である!狙うは紀基の首ひとつ!」

誰かが叫んだ。



「わが首を取れ!そしてそれをお主の手柄として、緋家を統べよ!」


・・・・父上!





また景色が変わった。



「この子たちの命が助かるなら、わが身など何も惜しいことはありません!」

・・・・母上?


あの男、紀基が母上の手を引いていく。

だめだ、母上!そいつと一緒に行っては!


不意に母・璃玖が振り向く。


「白結丸!!」

璃玖が手を伸ばす


「母上!!」

白結丸も、必死に手を伸ばす。


だが、その手が届くことはなかった。








「はっ!?」


白結丸は目覚めた。

地面に横たわっている。


・・・・おかしい。

確かに馬に乗って山道を進んでいたはずだ。


何か、夢を見ていたような気がする。


頬を流れている涙を袖で拭う。

ゆっくりと立ち上がると、あたりを見渡す。


何もない山の中。

道が上へと続いていて、左右には木々が生い茂っている。

そして、霧。

先に何があるか、ほとんど見えない。



もしも、もしもだ。

皆秀の言っていた話が本当だとすれば、この先にお堂がある。

そこに八百比丘尼やおびくにがいるはずだ。


酒さえ飲まなければいいんだ・・・・よな?



ゆっくりと、足元を確かめるように上へと進む。




辺りに生き物の気配はない。


いや、この先・・・・。


何か、感じる・・・・・・。




その時、立ち込めていた霧がふいに晴れた。


青い空。緑の木々。


そして、白結丸の前に続く山道。



大きなお堂が見える。



・・・・なんだよ、話の通りじゃないか。




刀の柄に手をかける。


お堂の前に誰かがいる。


箒を手に、枯葉を掃いている。



「・・・・・・お蓮?」


「あ、白結丸様!・・・・またそんなに汚して!明日川へ行きますから、着替えておいてくださいよ!」


「あ、ああ。すまない」


夕餉ゆうげの支度はしてありますよ。璃玖様も手伝ってくださいました」


・・・・・え?


「母上が?」


「そうですよ?」

怪訝そうな顔のお蓮。


・・・・そうか、ここは蔵馬。


あそこに見えているのは・・・・法橋尼寺ほっきょうにじ


あそこへ行けば、母上が・・・・。


走り出す白結丸。


「あ、ちゃんと着替えてくださいね!」


お蓮の声が聞こえる。



勢いよく寺の中へ入る。


「おお、どうした白結丸!?」


「婆、母上は!?」

妙寂みょうじゃくは驚いた顔で白結丸を見る。


「なんじゃ、帰るなり」


「母上は!?母上はどうしている!?」


「部屋におるぞ。帰ったと、顔を見せてやりなさい」


「そうする!」


草履を脱ぎ捨て廊下を走る。


一番奥の部屋。


いつも母上がいた場所。




いつも通り、あそこに・・・・・・。

襖を開ける。



「母上っ!!」


「あら、白結丸!?どうしましたか?」


璃玖は少し驚いた顔をした後、すぐにいつもの優しい笑顔で白結丸を出迎えた。

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